第35話 模擬戦1
「始め!!」
セロウの試合開始の合図。
よし、まずは少し距離を取って、リオンの動きを見極める……
そう思った瞬間、既に僕の目の前にはリオンの拳があった。
「……っ!?」
何とか首をひねった僕の鼻先を掠めるように、リオンの拳が撃ち抜かれる。
はあ!? 初手いきなり顔面とか狙う!?
「へえ、本当に目は良いみたいだな。それに最低限の動きはできるようだ」
「最低限って!? いきなり本気で殴りかかっておいて、これで終わってたらどうするつもりだったんだよ……」
「うん? 何言ってんだ、まだ準備運動だろ? 身体強化すら使ってないぞ?」
マジか……?
これは、ちょっと甘く考え過ぎてたかもしれない……
「よし、じゃあ行くぞ。少しは楽しませてくれよ?」
リオンの瞳が金色に光る。
ヤバい!?
僕は両腕に土魔法で生成したガントレットを装着しつつ、後方にステップして距離を取る。
しかし、そんな僕を嘲笑うように、リオンが一足で僕の懐に飛び込んできた。
「フッ……!!」
リオンの左ジャブ。
だが、それは軽いフェイントだ。
僕は右拳のガントレットでそれを受け流す。
――受け流したはずのガントレットが砕け散った。
重い衝撃が、身体の中心まで響く。
なんて馬鹿力だっ……!?
息つく間もなく、追撃の右ストレートが来る。
受け切れるか!? かわすか!?
一瞬の逡巡。
「……え?」
気がついた時には、僕は闘技場の地面の上で天を見上げていた。
リオンの拳が僕の額の前で寸止めされている。
くそ、やられた……
僕から見たら、非の打ち所のない完璧な右ストレート。それすら、ただのフェイントだった。
完全に意識外からの足払いを食らった結果、このザマだ。
まさに、ぐうの音も出ないとはこのことだな。
「ふーん、まあこの程度か。どうする? まだやるか?」
つまらなそうに、鼻を鳴らすリオン。
僕は上半身を起こすと、チラッと観客席に目をやった。
なんだー、もうおしまい? という声が聞こえる。
パラパラと、社交辞令的な拍手が鳴る。
そして、ゼフィラの……悔しそうな顔が見えた。
「ごめん、リオン……もう1回いいかな?」
「ん? まあ、いいけど。どうする? もう少しハンデがいるか?」
僕は立ち上がり、一度目をつぶる。
――K1からK4、全員集合して指定位置につけ。
Ksたちに指示を出しつつ、僕は闘技場の地面を強く踏みしめた。
地面からメキメキと音を立てて2本の岩の短剣が生み出される。シレネとの特訓の成果である、僕の新技。
「いや、いいよ……僕も全力で行くから」
地面から生み出された短剣を横から蹴飛ばす。
2本の短剣はクルクルと回りながら宙を舞い、僕の両手に収まった。
「へえ? 少しは、やる気になったってことか?」
リオンが面白そうに笑う。
僕はそれに答えず、構えを取る。
もう終わりかと思って気を抜いていた観客たちが、ざわめき出した。
「行くぜ?」
再び、何の躊躇いもなく、一瞬で距離を詰めてくるリオン。
僕はそれを迎撃するように、左手の短剣を投擲した。
「せっかく用意した武器を、いきなり手放してどうする!」
僅かな動きで、短剣を回避するリオン。
その回避の動きに合わせるように、僕はもう1本の短剣を投擲。
「甘い!!」
リオンは、駆け込んでくるスピードを一切落とさず、拳で短剣を迎撃する。
正面から飛んでくる短剣に拳を叩き込んで折り砕き、そのままの勢いで僕に肉迫。
遠慮なしの一撃で、今度こそ僕の結界を破壊……したはずだった。
「なに……!?」
僕に向かって踏み込んだ最後の一歩。
その踏み込んだ足元の地面が陥没した。
正確に踏み込んだ一歩分だけ空いた穴に、足を取られたリオンは、体勢を崩して思わず膝をつく。
そして顔を上げたリオンが見たものは、自分の額に突きつけられた僕の拳。
「はい、僕の勝ち。どうする? まだやる?」
さっきのリオンの攻撃を、まるっきりお返しした形だ。
僕は左右の短剣を囮にして、リオンに気づかれないように土魔法で小さな落とし穴を作り、躓かせた。
最初から穴を掘ったりしたらリオンにはすぐ気づかれただろう。だから僕は短剣で気を逸らした上で、本当に最後の一歩分となる位置にだけ正確に穴を開けた。
リオンの動きと位置を闘技場の四方に配置したKsとの情報連携で正確に把握し、シレネとの訓練で身につけた正確な土魔法操作技術があったからこそ、できた技だ。
まあ、結局はリオンが僕を舐めていたから、うまく引っ掛けられたのだと思う。
観客席が大きくざわめいた。
まさか自分たちの族長が、こんなに簡単に1本取られるとは、村人の誰も想像していなかったのだ。
ゼフィラとミモザが、パチパチと熱心な拍手を送ってくれている。
「……くっ……ハハッ! やってくれるじゃねーか!」
ゆらりとリオンが立ち上がる。
その瞳は金色に輝き、風も無いのにその金髪が逆立つように揺れた。
「これで1対1だ。決着つけようぜ?」
……だよねえ?
リオンがこんな不意打ちで納得するはずがない。
ここからが本番だ。
「ああ。今度こそ僕も全開で行くからね? 後でそんなの卑怯だとか言わないでよ?」
「上等だ……っ!」
リオンの全身から金色の魔力があふれ出した。
明らかに、先程までとは放つ圧が違う。
「ちょっとリオン! やりすぎよ!」
セロウが制止しようとするが、既にそんなものは耳に入っていない。
僕も土魔法を発動し、リオンを迎え撃つ準備をする。
僕を取り囲むように生えてきた大量の短剣が、そのまま宙に飛び上がり、僕の周囲に固定された。
左右の腕に寄り添うように3本ずつ。さらに背中に隠れるようにさらに6本で、計12本。
「なんだ、今度は『暴風』の真似事か? 色々と手を出すのは感心しねーが、まあ好きにすればいいさ。その辺に隠してる小さいのも使って構わねーぜ?」
――K1たちの存在もバレてるか。
これで不意打ちもできなくなった。
まあ、それならそれで、有効に使わせて貰うだけだ。
僕はK1とK2を闘技場の監視・情報収集用に残すと、K3とK4を呼び寄せて、足元に配置する。
「よし、思い残すことはねーな? はじめるぞ」
……えっと、それ、準備の話だよね?
間違っても命に関わる的な、何かじゃないよね?
そんな軽口を叩く暇もなく、リオンの魔力が跳ね上がった。
もはやセロウの号令など不要。それが開戦の合図だ。
まずはリオンの突撃を、僕が迎え撃つ。
まだ攻撃範囲に入らないうちから突き出した、僕の拳に連動して岩の短剣たちが追従する。
この短剣はエーリカの魔道具とは違って、ただ浮かせているだけの代物なので、自在に飛ばすなんてことはできない。
ただ僕の拳の動きに伴って『僅かに軌道をずらした』短剣がリオンに襲い掛かる。
岩で固めた僕の拳と、それに追従する短剣の4連撃。
「ははっ!!面白いことやってくれるな!」
リオンは地面に踏み込んだ足を軸にするように身体をひねると、回転しながら蹴りを放つ。
僕の拳を避けながら、僅かに遅れて襲いかかる3本の短剣をまとめて蹴り飛ばすリオン。
はあっ? どんな軌道で蹴ったら全部撃ち落とせるんだよ!?
僕は内心舌を巻きながらも、さらに追撃を緩めない。
すかさず反対の拳からの4連撃。
リオンは蹴りの勢いで一回転しつつ、今度は普通に両手の拳で、僕の拳と短剣全てを迎撃する。
こちらの拳一発に対して、両手とはいえ4発の拳を放って、僕のガントレットと短剣を全て弾き返してみせるリオン。
「まだまだぁ!!」
僕の背後に設置していた短剣が、すぐさま次弾として3本ずつ両手に補充される。
続けざまに放つ左右の連撃。
しかし、それら全てが、輝く魔力に包まれたリオンの高速連打で撃ち落とされた。
「はっ!……もう弾切れだろ……うわっ!?」
僕が用意した12本の短剣全てを叩き落としたリオンが、余裕ぶって何か言おうとした所に、さらに追加の短剣を叩き込む。
焦って上体を思い切り反らしたリオンの上を、ギリギリで3本の短剣が通り抜けた。
そのままバック転して距離を取ったリオンが見たものは、僕の足元に隠れるように潜んでいたK3とK4が、せっせと追加の短剣を地面から引き抜き、予備弾として僕の背中に放り投げている姿。
「ちっ……避けられたか……」
不意をつけたと思ったんだけどなあ。
一息ついて体勢を立て直す僕を、驚いたように見つめていたリオンの瞳が、三日月のように細められ、その口元に隠しきれない獰猛さを秘めた歓喜の笑みが浮かぶ。
「フッ……アハハハッ!!……ケイ、お前面白いなあ!!」
「そりゃあどうも。疲れたから、そろそろ終わりでもいいかな?」
「バカ言うなよ。せっかく楽しくなってきたんだ。最後まで付き合ってくれよ」
うん、まあ、僕も言ってみただけだよ。
こんな中途半端でリオンが満足するとは思ってない。
それに……ここまで来たら、僕も今の自分の実力が、どこまでリオンに通じるか試してみたい。
気づかないうちに、僕の口元にも、うっすらと笑みが浮かんでいた。
その笑みが、リオンと同種のものであることに、向かい合ったリオンだけが気付いていた。
「さあ、続けようか、リオン」




