第30話 作られる生命
僕の中で1つの答えが導き出される。
「……まさか、作れるのか? 自分の手で、男性の身体を……?」
そもそも、考えてみれば外見は作れているのだ。
材料と設計図さえあれば、難易度は違えど、中身が作れないという道理はない。
だけど本当にできるのか、そんなことが……?
「エイル、『生命の揺り籠』を使わなくても、ホムンクルスを生成することは可能なの?」
≫回答不可。
≫ただ、ひと言お伝えしておきます。
≫期待していますよ、ケイさん。
≫またお話しましょう。
≫…………return the system.
石板の光がフッと落ちる。
ハッキリとした答えはなかったが、エイルの反応は僕の言葉を肯定したようなものだった。
「ふふ……大収穫じゃの?」
「まだ、なんとか手掛かりを掴んだレベルだけどね……」
僕は精神的にどっと疲れて座り込む。
この感じる疲れも、ナノマシンの働きによるものなのだろうか……
「ケイさん……先ほどの話、もう一度詳しく聞かせてください。まだ理解しきれてはいませんが、私にもきっと手伝えることがあると思います」
「うん、ありがとうノニ。心強いよ」
ノニが真剣な顔で頷いた。
僕はゼフィラとノニがこの場にいてくれたことを頼もしく思う。
もし僕1人だったら、せっかくの情報に押しつぶされるだけで、ここまでの考えには至れなかっただろう。
「では今日のところは一度戻って、情報を整理するとするかの」
「そうだね」
――でも、その前にちょっとだけ。
僕は気付いていた。
コンソール、まだ完全には切れてないよね?
≫……まだ何か、ご用事がありますか?
≫もういいですよね? 切りますよ?
やっぱり。いつもの人に戻ってるね。
完全にスネちゃってるみたいだけど。
「ねえ、君にも名前があるんでしょ? エイルみたいにさ。教えてくれないかな?」
しばらくは、石板に何も表示されなかった。
でも、辛抱強く待っていると……
≫…………SYNです。
「うん、教えてくれてありがとう。スュン。いつも色々と対応してくれて感謝してるよ。また来るね?」
≫……またのお越しを、お待ちしています。
石板の薄明かりが完全に消えるのを確認してから、僕たちは祠を後にした。
――――――――――――――
祠を出た僕たちは、ノニの提案で湖の畔に設置されているバンガローのような建物のテラスに、腰を落ち着けていた。
先程、水浴びを終えて村人とおしゃべりをしていたミモザとも合流することができたため、テラスに設置された4人がけのテーブル席は、ちょうど埋まっている。
ノニが、バンガローの中に用意されているコンロのような魔道具で湯を沸かして、お茶を入れてくれた。
その間に、祠で知り得た大まかな話をミモザにも共有しておく。
「それは……私にはちょっと理解が及ばないお話ですねぇ……」
ミモザは文字通り目を丸くして、「むむー」と唸っている。
まあ、それもそうだろう。僕だっていきなりそんな話を聞かされたら、思考放棄したくなる。
そんな中、ずっと言葉少なに黙り込んでいたノニが、ふと面を上げた。
「ケイさん。考えを整理するために、いくつか質問があります」
「うん。僕に答えられることなら何でも聞いて?」
「はい。では……」
ナノマシンの定義とは?
DNAとは何なのか?
男と女の肉体の違いとは?
子供を作る過程、繁殖の手順と仕組みは?
ノニから矢継ぎ早に飛んでくる質問に、僕が分かる限りの知識で答えていく。
質問に回答し、その回答の中にさらに疑問点があれば、再び追加質問がくる。
もちろん全ての疑問に対して完璧に答えられるわけではないが、それでも僕は自分の頭の中にある知識を、余すことなく説明する。
その繰り返しが続き、気がつけばかなりの時間が経ち、日も高く登っていた。
その間、ゼフィラもミモザも口を挟まず、ノニが頭の中で何らかの答えを組み上げていく様子を見守っていた。
2人とも、ノニがエルフ随一の治癒魔法使いであり、それ故、身体の構造や、内臓などの働きにまで精通していることを知っている。
だからこそ、いまケイのために最も有益なサポートをできる可能性があるのが、ノニであろうことも疑っていなかった。
やがて、ノニは言葉を止め、ゆっくりと息を吐く。
すっかり冷めたお茶の入ったカップに口をつけ、乾いた喉を潤した。
「大体わかりました。後は実際やってみるしかありませんが……ケイさんの、男性の身体を作り出すことは、理論上では可能と考えます」
ハッキリと告げるノニの言葉に、僕は息を呑む。
ある程度は可能性の指針を示してくれるかとは思っていたが、ここまで言い切るとは思わなかった。
「もちろん、すぐにできるとなどは言えません。ですが、ケイさんの中に男性としての設計図を記憶しているナノマシンが存在するならば、あとは素材と、ケイさんの技術次第です」
それに、ケイさんの魔力操作技術の高さは、よく知っていますから、と微笑むノニ。
――うん、ノニがそこまで言ってくれるなら、僕としても腹を決めるしかないね。
「ということで、内容は少し変わりますが、残りのフルツへの滞在時間は全て、私の治癒魔術の技術を学んでもらいます」
「治癒魔術の?」
「はい。恐らくそれが鍵になると考えています。ゼフィラ様、よろしいですね?」
「うむ。ここはノニに任せるのが良いじゃろう。内容が内容じゃからな、最悪は商隊とは別行動として、滞在期間を延ばすことも考慮に入れよう」
ゼフィラが神妙な顔で頷く。
「じゃあルベルムには一応、話をしておきますねぇ」とミモザが微笑んだ。
もちろん、エルフを救うためという大前提はあるが、皆が、これだけ僕に協力してくれている。
エルフたちのためだけじゃない、僕自身のためにも、何としてもこれだけは、やり遂げなければならない。
「すぐにでも始めよう。頼むよノニ」
「わかりました。では私の研究室に行きましょう」
こうして、僕とノニ、そしてすべてのエルフを巻き込んでいく挑戦の第1歩が始まった。
――――――――――――――――
ノニの研究室に閉じこもった僕と、せっかくだからと加わったゼフィラは、早速ノニから治癒魔法のレクチャーを受けていた。
と言っても、まずノニが僕に教え込んだのは、魔法そのものというよりは、治癒魔法の概念のようなものだった。
「私も祠での話を聞いて、やっと長年の疑問の答えを得た思いなのですが……恐らく治癒魔法というのは、体内のナノマシンへの命令、および魔力供給を行うことにより、肉体の再生成を促しているものなのだと考えています」
ノニは黒板のような板に、蝋石でわかりやすく図を描きながら説明を続ける。
ていうか、ノニ、絵が上手いな。
ちなみに、見たこともないナノマシンについては、可愛い小人みたいな絵で表現されてる。
「たぶん、今まで私が『怪我を治癒している』と思っていたものは、ナノマシンが持っている人体設計図の中から、『治したい部位の設計図を呼び出して、ナノマシンに生成させていた』というのが正しいのでしょう」
そう考えれば、私が長年抱いていた疑問のいくつかにも答えが出ます。と、ノニは黒板にいくつかの文章を書き出した。
知識のない部位の治療を行う際の効果の低減。
重傷治療部位周辺の筋肉量などの低下。
「恐らくですが、治癒魔法の行使には、ナノマシンに対し修復部位の正確な指定を行う必要があるのでしょう。そして、そのためには対象部位に関する詳細な知識が必要となります。目に見える傷を治すのに比べて、身体内部の治癒が困難であったことも、これなら説明がつきます」
黒板に、ノニらしき人物からの指示を受けて元気に働く小人と、指示がなくてハテナマークを浮かべている小人が描かれる。
「そして従来、大きな怪我を治癒すると、一時的にその周囲の筋肉量が落ちる、骨などが弱くなるといった現象が発生していました。傷の療養による影響程度に考えていましたが、これも急速な再生のために、ナノマシンが周囲の体組織を素材として消費したと考えれば、辻褄が合います」
小人が周りの土を掘り、それを使って土人形のようなものを作っている絵が追加された。
ノニの絵のおかげで、話の内容が飲み込みやすくなって助かるな。
「これらから、ケイさんが男性の身体を得るために乗り越えるべき課題は……」
黒板に箇条書きされる、3つの項目。
1 人体(特に男性)に関する知識の習得
2 魔力、ナノマシン操作の練度向上
3 素材の確保
「特に大事なのは1つ目になります。人体、特に身体の内部、臓器等に関する知識は非常に難度が高く、私も高度な知識までは持ち合わせていません。特に最も必要となる男性の機能をつかさどる器官について知り得るのは世界でケイさん唯一人でしょう」
確かに、そもそも女性しかいないこの世界で、男性の肉体についての知識を知る者がいないのは当然だ。
でも、僕の中にはあるはずだ。だって僕の中のナノマシンは男性のものなんだから。
この世界で意識が目覚めた時から、僕は本能で自分が男性だと認識していた。これだけは間違いないと、確信している。
「うん、確かにその知識は僕の記憶の中にあるよ。ちょっと不自然なくらいに、しっかりとね」
「そうですか。やはりケイさんには、最初から何か使命のようなものがあったのかもしれませんね」
ノニが箇条書きの1つ目に丸をつける。
「2番目の操作技術に関してですが、元々ケイさんの魔力操作技術は高いので、あとはそれをナノマシンと連携して治癒魔法……いえ、新たな技術である生成魔法として極めていただく形になるでしょう」
箇条書きの2つ目にも丸がつく。
「最後の素材に関してですが、これは人体の一部を作る以上、同じ工程で作られているホムンクルスの身体が1番なのでしょうが……」
ノニが怖いことを言う。
でも確かにその通りではあるんだろうな。
既に肉体を持つエルフたち……ホムンクルスの体の中で少しずつ修復するようなものと違って、何もないところからの肉体創造となれば『肉体の素』となるものが必要なのだろう。
さすがにラテの樹脂とかじゃダメだろうな、などと考えていたら、ノニが机の引き出しに手をつっこみ、大ぶりのナイフを取り出した。
「ひとまず、コレでいいですかね」
え!? ちょっ、待ってノニ!!
何をする気!?
焦る僕が止める間もなく、ノニはナイフをスッと走らせる。
ブツッ!という音ともに切り取られたのは……
ノニの長い髪の毛だった。
「びっ……くりしたあ……心臓に悪いことやめてよノニ……」
「?……髪の毛もホムンクルスの身体の一部ですから、素材として問題ないと思いますが?」
いや、そういう事ではなくて……と、へたりこみそうになる僕。
その様子を見守っていたゼフィラが、大きくため息をついた。
「すまんのうケイ。ノニは集中すると周りの事が見えなくなる質なんじゃ……」
ノニに歩み寄ると、ペシリとその形の良い頭を叩くゼフィラ。
すっかり短くなったノニの銀髪が、フワリと揺れた。
「ケイは、お主が腕でも切り落とすのではないかと、心配したんじゃよ」
「え? そんな痛そうなこと、するわけないじゃないですか」
全くコヤツは……と、再びため息をつくゼフィラ。
そんなゼフィラを尻目に、ノニは長く美しいプラチナブロンドの毛束を僕に手渡してくる。
「どうぞ。こちらをお使いください」
それを受け取りながら、ノニの顔を見つめる僕。
腰まであったはずの長く綺麗な髪が、肩口まででプッツリと雑に切り取られている。
「ゴメンね、ノニ?」
「……? 何がでしょうか?」
僕の言葉の意味が分からないらしく、キョトンとしているノニ。
僕は切り取られた髪の毛の束を受け取りつつ、反対の手でノニの短くなった髪に触れた。
「長くて綺麗な髪だったのに……僕のためにゴメン。大事に使わせてもらうからね」
キョトンとしていたノニの顔に、急に赤みが差してくる。
途端にモジモジしだし、慌てたようにパタパタと手を振るノニ。
「あ、こ、こんなの気にしないでください……またすぐに伸びますので! それに、私の髪の毛がケイさんのお役に立てるなら、その、嬉しいですから……」
「そっか……うん。ありがとう、ノニ」
えへへ……と、妙に可愛らしく笑うノニを微笑ましい気持ちで見ていたら、横合いからヒョイとゼフィラの手が伸びてきた。
ゼフィラは、机の上に放置されていたナイフを手に取ると、躊躇いなく、絹糸ように滑らかな白髪をスパッと切り落とす。
「わー!? 何やってんのさ、ゼフィラ!?」
「儂の髪の毛も使うがよい。この髪がお主の身体の一部になると考えると……ふむ、悪くない気分じゃ」
いやいや、そんな簡単にスパスパ切らないでよ……
ていうか、ちょっとノニと張り合ったでしょ?
「そんなことは……ないぞ?」
もう! 惚けてもダメなんたからね!
せっかく綺麗な髪の毛なのに……
「ふふ……こんな色の髪でも、綺麗と言ってくれるのかの?」
当たり前だよ。そんなに自分を卑下するような言い方しないで。
あと、ノニも「私もまだもう少しいけます!」じゃないの! もう十分だから!
僕は抱えるほどの量になった銀髪と白髪を、両手で胸に掻き抱いた。
柔らかく滑らかな手触りを感じる。
大事に使わせてもらうよ。2人とも、ありがとう。




