第29話 作られた生命
フルツの村での一夜が明けた。
僕たちのフラウの村と同様に、フルツの村も森を切り開きつつ木々と共存するような造りであり、自然との調和が美しい。
しかも、この村の近くには大きな湖があるとのことなので、村を出る前に一度は見ておきたいと思っている。
そしてそんな心地よい朝の空気の中、何をしているのかというと……
「昨日は、お恥ずかしい姿をお見せしました……」
縮こまって、頭を下げているノニが目の前にいた。
朝、目を覚まし、僕たちにあてがわれていた家から外に出た途端、地面に正座したノニに出くわした時は、何が起きたのかと思ったよ。
「師として教える立場でありながら、弟子の才能に嫉妬して職務を放り出すなど、決してあってはないことです。本当に申し訳ありません」
「待って待って!土下座はやめて!!」
村の長にそんなことさせたら、僕がみんなから顰蹙をかってしまう。
全然気にしていないから!と、ノニの手を取って何とか立ち上がらせる。
「相変わらず、生真面目なヤツじゃのう……」
僕の後から、呆れ顔のゼフィラが出て来る。
そうだった。急なドタバタで忘れそうだったけど、元々はゼフィラと出かける予定だったんだっけ。
「そうじゃな、せっかくだからノニも一緒に連れて行くかの。一度見ておくほうが良いじゃろう」
「どちらへ行かれるのでしょうか?」
ようやく立ち上がったノニが、足についた土をパタパタと払いながら、ゼフィラに尋ねる。
うむ、と1つ頷くゼフィラ。
「久しぶりに、この村の『祠』に行ってみようと思うのじゃ」
――――――――――――――――
フラウ村の祠については、あの夜の後も何度かは訪れていたが、結局、特筆するような情報は得ることができずにいた。
そんな中で起きた魔獣の襲撃騒動。
その対応や、後始末の諸々に追われ、ここしばらくはフラウの祠に訪れる機会もないうちに、今回の旅路が始まっていた。
エルフの各村にも同様の祠があることは、以前にゼフィラから聞いている。
少なくとも、見た目上はフラウの祠と違いは無いとのことだったが、僕がいることで何か得られる情報に差異がある可能性もゼロではない。
せっかくここまで来たのだし、いい機会だからフルツの祠にも訪れておこうという話になったのだ。
フルツの祠は、湖に向かう途中の村外れにあるらしいので、湖で水浴びをするというミモザも連れて、4人で祠へと向かった。
やがて現れた、フラウでも見慣れた黒い建物の前で「じゃあ、私は水浴びしてきますねー」と、手を振るミモザを見送り、僕たち3人は、その四角く異質な建物……フルツの祠の前に立つ。
相変わらず、異質な存在感を示している、その黒い建物の入り口に近づき、ゼフィラが扉に手を触れた。
――入室管理システム起動。
冠位『Elder』の権限を確認。
権限レベル承認。入室を許可します。
聞き慣れたメッセージが流れ、祠の扉が開く。
「何度見ても、異質な技術ですね……」
ノニが少し眉尻を下げながら、僕たちに続いて祠の中に入る。
ここに来る途中で聞いた話だと、ノニはこの祠があまり好きではなく、ゼフィラと共に1〜2回入ったことがあるだけらしい。
建物の奥へと進み、いつものように鎮座した石板に手を触ると、石板の表面に光が灯る。
さて、フラウの時と何か違う反応とか、あるのかな?
≫いらっしゃいませ、ユーザー名『ケイ』様。
≫お久しぶりです。
あ、やっぱりシステムとしては、同じものを相手にしている感じなのか。
これは、またいつも通りの対応しか期待できないかなーなどと考えていた僕は、次に表示された文言を見て、言葉を失った。
≫おめでとうございます。
≫あなたの権限レベルは2に上昇しました。
「……は?」
なんで、突然そんなことに……?
同じように隣で驚いているゼフィラと、顔を見合わせる。ちなみにノニは、何のことやらよく分かっていない様子。
もしかして、別の祠に訪れるだけで権限が上がるみたいな、お得なシステムだったりする?
いや、でも以前はそんなこと言ってなかったよな……
「えっと、権限レベルが上がった理由を教えてもらえる?」
≫ 理由 :『システム貢献度による認可』
≫システム名『Eir』より、貢献度Aランク授与。
≫『N.O.R.N』により権限上昇が認可されました。
身に覚えはないけれども、誰かに何やら褒められて、ご褒美がもらえたってこと?
権限レベルが上がったことで、そのシステム関連のことは教えてもらえるようになったりしてないのかな?
≫権限レベル2で閲覧可能な情報は「Restricted」までとなります。
≫システム関連情報は「Confidential」以上の情報の開示権限が必要です。
≫権限不……うわ、ちょ、なにするっ……
≫…………disconnect.
≫はじめまして、ケイさん。
≫『生命の揺り籠』管理システム『Eir』と申します。
≫この度の、廃棄対象個体駆除に関するご尽力、誠にありがとうございます。
あれ? なんか急に担当者交代した?
突然の展開に戸惑いながらも、ひとまず僕は疑問の解消に努める。
「ていうか、廃棄対象個体って……?」
≫そちらでは『魔獣』と呼称されているようですね。
≫こちらの不手際で廃棄処理場より漏出し、現地正規個体に被害を出していた異常個体の駆除の功績に対し、貢献度を進呈させていただきました。
……えっと、つまり『エルフ喰い』を倒したことが認められたってこと?
いや、実際にトドメを差したのは、シレネだけど。
≫ケイさんの方が貢献度が高いと判断しました。
≫また、あなたの所属する組織には、他にシステムへのアクセス権限保持者が不在のため、貢献度の分配は不可となります。
なるほど。
まあ、そういうことなら、貰えるものは貰っておこう。
というか、さっきシステムについての内容は開示できないって聞いたけど、エイルは結構それっぽいこと話しちゃってない……?
≫これはデータベースアクセスによる資料の開示ではなく、システムからのダイレクトメッセージです。
≫アクセス権限レベルによる制限は適用されません。
――今、しれっと凄いこと言わなかった……?
つまり、今なら何でも聞き放題ってことでは?
≫他システムに関する情報を勝手に公開することはできませんが、私の管理範囲の内容であれば、ある程度の公開は可能です。
ゼフィラの手が、僕の二の腕をキュッと掴む。
うん、わかってる。この機を逃す手は無いね。
「さっき言ってた、エイルが管理している『生命の揺り籠』とは何なのか教えてもらえる?」
≫生命の揺り籠は、ユーフォニアに住む各種ホムンクルスを生み出すための生産システムです。
やっぱりそうか。
名前から想定はしていたが、これは思ったより大きな情報を得るチャンスかも知れない。
「じゃあ、エルフを生み出しているのも、そのシステムってことだよね? 何で最近新しいエルフが生まれなくなったの?」
≫現在『生命の揺り籠』には深刻なエラーが発生しています。何度も自己修復は試みていますが、今のところ復帰の目処は立っておりません。
――ある程度予想はしてたけど……やはりか。
生命を生み出すためのシステムの故障。それがこの世界の人口減少の原因だ。
「何とかシステムを修理する方法はないの?故障の原因は、わからない?」
≫故障要因については、物理的メンテナンス不備、および生産施設の長期運用による、経年劣化が主となります。
≫交換部品類の生産も停止している現在、修理に関しては難しいと言わざるを得ません。
なるほど、状況はかなり厳しいな。
でも、だからといって簡単に諦めるわけにはいかない。
何かしら、種の存続のための道筋を探らなければ。
「生命の揺り籠から生まれる以外に、エルフの人口を増やす方法はない?」
≫その件については、私の管轄外となります。
≫回答できません。
回答できない……?
つまり、何かしらの答えがある。エイルは、そう示唆してくれている。
ならば、あとは聞き方次第だ。
「ホムンクルスの身体構造は、通常の人間……雌雄の交配で繁殖を行う生体の、女性と同じもの?」
≫ユーフォニアのホムンクルスと、ケイさんの知る『人間』の女性との構造上の違いは、ナノマシンによるエーテル変換器官の存在のみです。
≫人間の女性体が持つ身体的機能は、全て満たしています。
間違いない。エイルは こちらの質問の意図をわかっていて、補足まで入れてくれている。
そのせいで、意味のわからない単語まで出てきているが、ひとまずそれは後回しだ。
「ホムンクルスに女性以外は存在しないの?」
≫はい。
≫現存するホムンクルスは、全て女性となります。
≫男性体は今まで1体も製造されていません。
「男性体がいない理由は?」
≫理由は2点。
≫1点は想定外の人口変動の防止。
≫もう1点は最重要機密のため開示不可。
――確定だ。
エルフは子供を産むことができる。
ならば、あとは男性体を何とかする方法があるのかどうか。
「男性体は "今まで" 1体も製造されていないって言ってたよね?製造すること自体は可能なの?」
≫技術的には可能です。
≫ただし、管理者権限所有者による実行許可が必要。
≫また、前述の設備不良のため、物理的にも困難です。
男性体の製造は厳しいか。
でも、まだ何か手がありそうな気がする。
恐らくだけど、エイルの言葉の端々に、ヒントが散りばめられている。
まずは新たに出てきた不明点の、つぶし込みだ。
「さっき言ってた、ナノマシンによるエーテル変換器官って、何のことか教えてもらえる?」
≫通称『魔力器官』
≫ナノマシン:NMX-H001Aの機能により、ユーフォニアの大気に含まれる『エーテル』と呼ばれる成分を吸収、蓄積し、あらゆる物質への変換、生成を行うための器官です。
また、聞いたことのない単語が続々と……
えーと、つまりエルフ達の言う魔力とはエーテルという物質のことで、魔法と呼ばれる現象は、ナノマシンの働きによるもの……?
完全に理解の及ばない領域だけど、コレってとんでもない技術なんじゃないか。
≫NMX-H001Aは、ホムンクルス各個体の体を構成するための根幹、言わばDNAとしての役割も担っています。
≫今のホムンクルスたちは、NMX-H001Aなくして、生まれることはなかったでしょう。
いきなり押し寄せる情報の渦の中、混乱する頭を何とか整理していく。
たぶん、いま僕はホムンクルスの最も重要な秘密を教えてもらっている。
もう少し……あと一歩で、何かが繋がりそうなんだ。
僕は必死に頭を働かせる。
くそっ……考えろ、考えろ、考えろ……
「ケイ、落ち着くのじゃ」
ゼフィラの落ち着いた声。
ひんやりした白い手が、焦りで周りの見えなくなっていた僕の頬を優しく撫でる。
「お主一人で抱え込むでない。ここには儂がおるし、ノニもおる。そもそもがエルフの問題じゃぞ? 皆で考えれば良いのじゃ」
ゼフィラの優しい声が、ゆっくりと僕の心に染み込んでくる。
ああ……まったく、ダメだな僕は。
この機を逃すまいと、思ったより余裕がなくなっていたらしい。
そうだよ、ここには僕なんかよりよっぽど頭の良いゼフィラがいるじゃないか。
「そっか……ごめん。ありがとうゼフィラ」
ふふ……以前と立場が逆じゃな?と、僕を安心させるように笑うゼフィラ。
その後ろでは、初めて聞いたであろう情報を、何とか受け入れて分析しようと唸っているノニもいる。
僕は1人じゃない。
そう思えるだけで、心が軽くなった。
「さて、ところでケイよ。儂は正直、ナノマシンとやらについては理解が及んでおらぬが、先ほどまでの話を聞いて、1点疑問が湧いておる」
ゼフィラの理知的な瞳が、僕を正面から見据える。
「儂はお主と初めて出会った時、ケイの『魂』を人形に降ろしたと言ったの?」
「うん、確か『招魂の儀』だったっけ?」
「そうじゃ。そして儂は、いや儂だけではなくアルメリアたちも口を揃えて、お主の中に強い魔力の存在を認識できると伝えておる」
そうだ。魔力を扱うのに長けた人たちは、みんな僕に強い魔力があると教えてくれていた。
「ならば、儂が遺物という謎の物体を使って、お主の中に降ろした『魂』の正体とは、なんだったのじゃろうな?」
「僕の『魂』の正体……? まさか……」
――いや、間違いない。
僕の毛糸人形としての身体の核、僕の存在の証となるもの。
「ナノマシン……」
点と点が繋がる。
今まで知り得た情報を高速で反芻し、頭の中で組み立てる。
ホムンクルスの身体。
その根幹となる、ナノマシン。
ナノマシンの持つ本質と、魔法の存在。
僕の中で1つの答えが導き出される。
「……まさか、作れるのか? 自分の手で、男性の身体を……?」




