第28話 フルツの村2
「ケイさん。いいですか、まず知るべきはラテの樹脂の特性についてです」
あまり時間がないからという理由で、村人への挨拶もそこそこに、僕はノニのレクチャーを受けていた。
ゼフィラとミモザは行商隊の様子を見に行っており、今は僕とノニの2人で研究室に籠っている。
現在、僕の手にはラテの樹脂の塊が握られ、その手を包み込むように、ノニの両手がかぶせられていた。
「私が流し込む魔力の感覚を覚えてください。ラテの樹脂は魔力の波動の種類によって、その性質を変化させます」
僕の手を通して、ノニの魔力がラテの樹脂に流れ込んでいく。その際、魔力の波長が細かく変化しているのが、感じ取れた。
どうやら長い波長と短い波長を交互に流し込むことで、ラテの弾力や色を調整しているようだ。
言うなれば、それぞれの波長が縦糸と横糸となり、編み物を織り上げていくようなイメージだろうか。
「どうですか?今の感じは掴めましたか?」
ノニの柔らかな手のひらが、僕の手から離れる。
そっと自分の手を開くと、そこには人肌と遜色ない手触りになったラテの樹脂があった。
「なるほど……すごく繊細な魔力操作が必要なんだね」
「はい。それが感じ取れたのなら、後は試行錯誤と修練あるのみです」
ノニの繊細な魔力操作は、今まで僕が扱ってきたものとは明らかに系統の違うものであり、すごく勉強になる。
僕はラテの塊をもう一つ手に取り、ノニの教えてくれた感覚を思い出しながら、丁寧に魔力を練り込んでいく。
さすがに、いきなりノニほどの精密さは出せないが、少し粗めの生地を織るくらいのイメージでラテを加工し、何とか見栄えはそれっぽく仕上げた。
「むむ……ふう、やっぱり、いきなりノニみたいにはいかないね」
「……なんで、いきなりできてるんですか……? 私はそこまで上達するのに10年は掛かりましたよ……?」
ふと見ると、ノニの目がどんよりと曇っていた。
うん……何ていうか、その、ゴメンね?
「いえ、もういいです。こうなったらこの3日で、私の持つ技術を全て叩き込みます」
「え、ちょ、ノニ、目が怖い……」
「さあ、覚悟してください。今日は寝かせませんからね!!」
よくわからないけど、ノニの闘志に火がついてしまったようだ。
よし、ならば僕もそれに応えねばなるまい。
ノニの頑張りを無駄にしないためにも、全力でやらせてもらおう!
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フルツの村に滞在して最初の夜。
行商隊が訪れたことにより、新たな品物や不足していた食料品の補充なども行われたため、中央広場でちょっとした宴会のようなものが開かれていた。
ゼフィラもエルフの長として宴会に招かれ、ミモザと共に、フルツの村人たちと親交を深めている。
そんな時、ゼフィラはノニの家の方から歩いてくる人影を見つけた。
「おや、ケイではないか? ノニが今日は徹夜だと息巻いておったが……」
「ああ……うん。その、今日は終わりになった……」
ちょっと、本気で頑張りすぎた。
まさか3日どころか、1日で全ての技術を習い終わるとは思わなかったよ……
「はいはい、ケイさんはすごいですねー。もう知りません。私はもう寝ます」と、ノニはふて寝してしまった。
誤解がないように言っておくけど、終わったのは、いわゆる作業手順のレクチャーだけであって、もちろんノニほどの技術レベルを得たわけじゃない。
ただ、それでもノニからしたら、とんでもないことらしい。
「申し訳ないことをしてしまったよ……」
「お主というやつは……いい加減、手心というものを覚えた方がよいぞ」
さすがにちょっと、いたたまれない気持ちになってきた。明日、ちゃんとお礼と謝罪をしておこう……
ということで、実は少し僕の身体はバージョンアップしている。
肌の色や質感は更に自然になり、顔の造りや表情も間近でマジマジと見なければ、偽物とはわからない程度にはなっていると思う。
ノニからラテの樹脂をたくさん提供してもらえたので、以前より多く身体を覆うことができ、より生身に近い見た目、感触になっていた。
「あ、あの……ケイさんですよね?」
宴会に参加していたフルツの村の若いエルフの女の子たちが、何人か連れ立って、おずおずと僕に近づいて来る。
「うん。はじめまして、よろしくね?」
「わぁ……一度お会いしたかったんです! ケイさんは、お人形だって聞いていたんですけど、私たちと変わらない見た目なんですね?」
物怖じしない様子で、僕を取り囲んでくる女の子たち。
遠巻きに見ている他の村人たちも、僕への興味が隠しきれない様子だ。
「ノニの義肢の技術は知ってるでしょ?それを使わせてもらってるんだ」
「ああ!そうなんですね! あの……ちょっと触ってみてもいいですか?」
遠慮がちではありながら、目をキラキラさせて身を寄せてくる少女に、僕はちょっとしたサプライズを仕掛けることにする。
「もちろんいいよ。そうだな、ちょっと握手でもしようか?」
「はい!ありがとうございます!」
僕は右手を差し出し、少女の手を握る。
すると、僕の手の感触を確かめるだけのはずだった少女の顔に、僅かな戸惑いと驚きが浮かんだ。
「え!?なんで?あったかい……?」
少女は僕の手の平から、確かな体温を感じていた。
今日、ラテの成形を試していた時に思いついた技術で、元々はノニがラテを柔らかくして加工する際に使用していたという温熱魔法を、ラテの肌の下にある土人形の体に掛けることで、擬似的に体温を発生させたのだ。
「す、すごいです。普通の人と変わらない……いえ、私たちより身体も手も大きいですね。手を握ってもらうと、何だかドキドキします」
僕の手を握りしめて頬を染める少女と、それを見て、続々と集まり始めるエルフの女の子たち。
「あの、私とも握手してください!」
いつの間にか、僕の握手会のようなものが始まってしまった。
しかも、色々と要求に応えているうちに、握手だけでなく、肩を組む、頭を撫でる、後ろから抱きしめるなどと、お願いがエスカレートしてくる。
「はいはい、きちんと並んでくださーい。お1人様10秒で、お願いしまーす」
何か知らないうちに、有志による列整理や、なかなか離れない子を剥がす担当までできていた。
僕、いつの間にこんな人気アイドルみたいになったんだろう?
そんな疑問を抱きながらも、僕は次々とエルフの少女たちの要望に応えていく。
「はーい、本日はここまでになりまーす」
あらかた……というか、宴会に参加してた人全員じゃないかと思われる人数との握手会(?)が終わったのは、1時間くらい経った頃だった。
「続きは、また……えっと、明日もやります?」
いつの間にか会場の取りまとめみたいな役割になっていた最初の少女が、小首を傾げる。
「あーうん、みんなが希望するなら……」
「ありがとうございます。みんなー、明日も開催しまーす」
やったー!という黄色い歓声があがる。
喜んでもらえるのは嬉しいけど、何かちょっと違う気がするのは、気のせいだろうか?
「まあ、人気なのはいいことじゃが……」
呆れた顔をしたゼフィラが近寄ってくる。
ちなみにミモザは早々に就寝したとのこと。さすがパン屋さんだけあって、早寝早起きが身体に染み付いているらしい。
ワイワイと村の少女たちが解散していくなか、ゼフィラはそっと僕の手を触った。
僕の手の平にゼフィラの温かな体温を感じる。恐らくゼフィラも、僕の熱を感じてくれているだろう。
「本当に体温を感じるのう……もはや本当に人形なのか、怪しくなってきておるわ……」
僕は、薄く笑みを浮かべるゼフィラの滑らかな頬に、反対の手を添えた。
どこまでも柔らかく、温かな感触。
気持ちよさそうに目を細めるゼフィラを見て、僕は嬉しさの反面、心にチクリと刺さるような苦しさを感じてしまった。
僕の身体は人形だ。
見た目こそ、少し生身に近づけたかもしれないが、文字通り一皮むけば、その下には土でできた体があり、更にその中にあるのは、ただの毛糸の塊に過ぎない。
いくらゼフィラやティリアたちに好意を向けられても、僕から返せるのは、上辺だけの、触れ合いくらいだ。
もっと、応えてあげたい。
男性としての本当の愛を与えてあげたい。
ゼフィラたちの想いに、本気で向き合って応えるために、もっとできることはないのだろうか。
そんな秘めた思いが、ゼフィラと触れ合った熱と溶け合うように、僕の中に揺蕩っていた。




