第23話 行商隊2
ティリアを抱いた僕は、ひとまず人気のない場所を目指して駆けていた。
僕が通り過ぎるのを見かけた村人は、必ず振り返る。
下手したら2度見、3度見されて注目を集めながらも、僕とティリアは村外れへと来ていた。
「さすがに、ここなら大丈夫かな……」
僕は辺りを見回して足を止める。
やっとひと息つける状況になったので、抱き上げたままだったティリアを見ると、赤い顔をして、僕の首にしがみついていた。
「ゴメンねティリア、今降ろすから」
「…………」
「ティリア?」
降ろそうとしたのに、ティリアが首にしがみついて離れない。
まるで親から離れたくなくて、グズる子供のようだ。
「ケイちゃん……」
潤んだ瞳で僕を見つめるティリア。
経過観察……なんて言った側からではあるが、こんな状態のティリアを突き放すことなんて、僕にはできなかった。
……僕だってティリアのことは大好きだからね。
膝をつき、僕の首にしがみついたままのティリアの足を地面に降ろす。
僕から離されようとしているのかと、悲しげな顔になるティリアの身体を、正面から包み込むように抱きしめた。
小さくて、柔らかくて、そして温かな少女の身体を、壊れ物でも扱うように優しく、でもしっかりと僕の腕の中に抱きしめる。
「!!……ケ、ケイちゃん……っ!?」
「ティリアは、いつも人形の僕をいっぱい抱きしめてくれるからね。この姿の時は、僕にティリアを抱きしめさせて?」
ティリアの細く小さな身体を抱いたまま、彼女の柔らかな髪を撫でる。
最初は少し強張っていたティリアの身体から、だんだんと力が抜けていき、僕に身を委ねてくる。
「ティリア、いつも僕のことを好きでいてくれてありがとう」
ティリアの耳元で、優しく囁く。
「僕もティリアのこと、大好きだよ」
ビクン!と、ティリアの身体が跳ねる。
そのまましばらくティリアを抱きしめていると、やがてティリアから返ってきた反応は、鼻をすする音と、小さな泣き声だった。
「うう……グスッ……」
あれ!? 僕、何か間違った!?
「ティ、ティリア?ゴメンね? 嫌だったなら……」
「違うの……っ、ケイちゃん……何だかわからないけど……嬉しくて涙が出てくるの……苦しかった胸が、温かさでいっぱいで溢れそうなの……」
ポロポロと涙を流しながらも、嬉しそうに笑うティリア。
僕が思うよりティリアは思い詰めていたのかも知れない。そう考えると、心が痛んだ。
もう様子見とか自重とか関係ない。ティリアに辛い思いをさせる方が問題だ。
「ケイちゃん、大好き! うまく説明できないけど、これは、お母さんとかゼフィラ様への『好き』とは違う『好き』なの!」
「うん分かるよ、ありがとう。僕もティリアのこと大好きだよ」
「うん! えへへ……どうしよう、すごく嬉しい!」
頬を染めて、満面の笑顔を浮かべるティリアに、僕の心も温かくなる。
ティリアは僕に抱きついたまま、毛糸人形の時にいつもするように、僕の頬にスリスリと頬ずりした。
「あー、毛糸と違って、柔らかくないでしょ?」
「でも、すべすべしてて気持ちいいよ?」
ラテ製の肌は、なかなか優秀みたいだ。
甘えるように擦りついてくるティリアを可愛く思い、僕は思わずその柔らかな頬に唇を寄せた。
「ふえ!?今の……なに?」
「僕からの親愛の証、かな? 嫌だった?」
「ううん……すごくドキドキする。でも全然苦しいのじゃないよ。なんか身体がフワフワしてる感じ」
幸せそうに微笑むティリアを見ていると、僕も幸せな気分になってくる。
うん、やっぱりティリアには笑顔が似合うな。
――――――――――――――――
「お、やっと帰って来たの……何をやっとるんじゃ、お主は?」
しばらくティリアとの時間を過ごした後、集会所に戻ってきた僕たちの姿を見て、ゼフィラが呆れた声をあげる。
やっと男性体の僕との距離感のようなものを、うまく消化できたティリアだったが、さすがに皆の前で僕に抱きついているほど図々しくはなれなかった。
でも、せっかく心が通じたのに、離れたくない。
その気持ちのせめぎ合いの結果が……
「なんで肩車なんじゃ……?」
僕の首にまたがるように乗り、頭に抱きついているティリアは、若干恥ずかしそうでありながらも、ご機嫌だった。
うん、僕もどうかとは思うけど、ティリアが喜んでるんだから、よしとしておこう。
恐らくだけど、今まで男性がいなかったということは、『父親』なども存在していなかったということだろう。
だから、一言に男性に対する『想い』と言っても、その対象は、恋人、父親、兄弟、その他、様々なものがあるはずだ。
肩車というものはあまり母親がするものではないだろうし、ティリアが無自覚に父親としての愛情を求めている可能性だって十分にある。
それならそれでいい。ティリアに幸せでいてほしいという、僕の気持ちは変わらないのだから。
そんなことを考えていた僕の周りに、人が集まってくる。よく見ればリーリたちだ。
「いいな、ティリアちゃん……」
物欲しげな目でジーッと見つめている。
う、まあ、そうなるか。
「ティリア、いいかな?」
「うん。今日はいっぱいケイちゃんに甘えられたし、交代してあげる!」
うんうん、ティリアはいい子だ。
頭を下げつつ、肩からひょいと持ち上げたティリアが、降りる間際に僕の耳元に口を寄せる。
「また後で、2人きりの時に……ね?」
――やばい。
ティリアが何かに目覚めてしまったかも知れない……
そんなこんなで、僕の前に列を作っていたリーリやカレン、ルティス、その他の幼女達を順番に肩車していく。
何だか遊園地の遊具にでもなった気持ちだ。
みんな喜んでくれているから、いいんだけど。
「で、なんで、アルメリアまで並んでるの?」
「興味があるので」
いつの間にか、しれっと子供たちに混ざって、アルメリアが並んでいた。
いや、アルメリアは一応大人でしょ?
まあ身長が低いから、見た目にはそんなに違和感ないけど……
「興味があります」
「えー……」
「興味が、あります!」
「はい、わかりました……」
こうなったアルメリアの説得は困難だ。
まあ、実際のところ今の僕の身体は、大人だって軽々肩車くらいできるし、問題はないんだけどね。
見た目がちょっとアレなだけで。
「ほう、これはなかなか……」
僕の肩にまたがったアルメリアは、ご満悦だ。
僕の頭を抱えるように掴み、アッチへ歩けこっちを向けと指示してくる。
はいはいと、僕はアルメリアの指示に素直に従う。
と思ったら、いつの間にか、アルメリアが静かになっていた。
「?……どうしたの? アルメリア?」
僕は両肩に乗ったアルメリアの細い足を押さえながら、様子を見ようと顔を上に向けた。
僕の後頭部が、柔らかなアルメリアの内ももに押し付けられる。
「んうっ……」
頭の上から、妙に艶めかしい声。
アルメリアの生足が、僕の顔を挟み込むように、モジモジと蠢く。
「――っ!? おしまい! アルメリア、降ろすよ!!」
慌てて地面に降ろした、アルメリアの頬が赤い。
僅かに息も上がっている。
「し、新感覚でした……」
いやいやいや、ストップ。そこまで。
それは、みんなにはまだ早いから!
何だか、ボーッとしているアルメリアを強引に集会所に放り込む。
不思議そうにしているリーリたちに、肩車体験の終了を伝えて、僕はそそくさとゼフィラの所へと向かうことにした。
ちなみにティリアはリーリ達と一緒に、行商隊のテントを見て回るらしい。
「やっと戻って来たか。待ちくたびれたぞ」
集会所の庭の隅、行商隊の一番大きな天幕が張られた場所に、ゼフィラとルベルムがいた。
「ケイくん大人気でしたねー?」
「あー、うん。まあね……」
ちょっと最後は、アルメリアの開いちゃいけない扉を開きそうになってたけど。
ティリア然り、アルメリア然り。ルベルムの言う通り、男性体の僕は色々とこの世界の女性にとって影響が大きいのかもしれない。
「で、何か僕に話でも?」
「うむ。実は、ルベルムたちはこの村に何日か留まった後、フルツの村とアニムの村を周る予定になっておる。儂も先日の襲撃の一件についての後始末を兼ねて同行するつもりなのじゃが……お主も一緒に行かんか?」
他の村に僕も……?
ああ、つまり、他の村への僕のお披露目ということかな?
「うむ。まあ、そう捉えてもらって構わん。この村と違って、お主を知らぬ他の村では、例のホムンクルスの件などについても、納得しきれていない者も多かろう」
確かに、この村では僕の異常性が、逆に突拍子もない話への信憑性を与えているみたいだけど、他の村にとっては寝耳に水の話でしかないのだ。
エルフ種全体にキチンと納得してもらうには、ゼフィラ本人の説明と、その当事者とも言える僕の存在を明かす必要があるだろう。
「うん。わかった、僕も行くよ」
「そうか、スマンの。まあ、お主にとっても益はある話じゃ。フルツでは、ノニにラテの樹脂の使い方を詳しく聞けるじゃろうし、アニム族が得意としている身体強化魔法も、きっとお主の役に立つじゃろう」
あ、なるほど。
そう言われると、ちょっと楽しみになってきた。
「ついでに、何人か連れて行って魔羊狩りも行う予定じゃ。お主の体を作るのに、羊毛の在庫が空っぽじゃからの」
それは申し訳ない……
魔羊狩りは僕も手伝おう。身体を動かす良い訓練にもなりそうだ。
「順調に行けば、商隊の出発は3日後の予定です。何か準備があるなら済ませておいてくださいね」
ルベルムの言葉に頷く。
ついに、初めての村外へのお出かけだ。
これから広がっていくであろう世界への期待と不安に、僕は心が高鳴るのを感じていた。




