第22話 行商隊1
僕が皆に男性としての姿をお披露目した日から、おおよそ一ヶ月が経過していた。
この世界の秘密の一端がエルフの一族に公開され、僕が『男性』であると知られたことにより、僕の生活にどんな変化が起こるのか……
そんな僕の心配は、完全に杞憂に終わっていた。
「ケイちゃーん、抱っこさせて?」
「ケイくん、一緒にお話ししない?」
「ケイ、ちょっと改造されてみる気はないかい?」
最後のやつは論外として……あ、エーリカ逃げた方がいいよ? 今そこにシレネが……あー遅かったか。
まあ、そんな感じで、普段の毛糸人形姿の僕に対して、村人たちの反応はあまり変わらなかった。
まあ、少しばかり僕とのコミュニケーションを取りたがる人が増えたくらいかな。
ただ、1つ気になるのが、ティリアの態度だ。
いつもの人形の姿でいる時は、今までとそう変わらないのだが、練習のために土人形の男性体に「変身」すると、途端に態度がよそよそしくなる。
あまりに露骨に僕を避けるので、理由を聞いてみたリもしたのだが、どうも本人にもよくわかっていない様子だ。
……いや、まあ実際のところ見当はついてるんだけど。
とはいえ、この世界において、その感情について言及するには、慎重にならざるを得ない。
ティリアには申し訳ないと思いながらも、しばらくの間は、経過観察とさせてもらっていた。
そういった事情もあり、今までは男性体の身体の素材をティリアの土魔法で作ってもらっていたのだが、その材料生成の部分も自分で行えるよう特訓中だ。
最近は、シレネという一流の土魔法使いの先生に、文字通り手取り足取り教えてもらっているおかげで、何とかモノになってきた。
ティリアの補助無しでも男性体になれる、ということに、心情的にはやや複雑そうなティリアだったが、一応納得はしてくれているようだ。
あと、ついでにシレネには、武器になりそうな土魔法の使い方も叩き込んでもらっている。
というのも、この前の『エルフ喰い』と僕との戦いの内容を聞いたゼフィラは、だいぶ……ご立腹だったのだ。
「ケイよ、そんな無茶な振動魔法の使い方は、2度とするでない。今回は何とかなったかもしれんが、お主の身体は謎だらけなんじゃ。次も助かるとは限らんぞ!」
怒りながらも、最終的には泣きそうな顔になっていたゼフィラを見て、僕は平謝りするしかなかった。
まあ、そうそうあんな戦いが起こることはないと思うが、いざという時に無茶をしなくていいくらいの実力はつけておきたいと思っている。
「あ、いたいた。ケイちゃーん、ゼフィラ様が呼んでるよー」
そんなことを考えながら、魔力操作の練習がてら村の中を散歩していた僕を、ティリアが呼びに来た。
若干ギクシャクすることはあっても、もちろんティリアは僕を慕ってくれているし、僕もまた然り。
いつものように、居心地の良いティリアの腕の中に収まると、僕はゼフィラの元に向かったのだった。
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訪れたのは村の集会所。
以前、魔獣襲撃の後方基地として機能していた集会所の庭が、今日は明るい雰囲気で活気づいている。
庭のそこかしこに、テントや敷物が広げられ、さまざまな品物が並べられていた。
今日は、僕がこの村に来てから初めて、エルフの行商隊が来る日なのだ。
その行商隊は、エルフ族の各村だけでなく、人族やドワーフ族の一部の集落にまで足を伸ばし、様々な農作物や生活必需品の仕入れを行っているという。
基本的には村の長であるゼフィラが、それらの品物をまとめて仕入れ、村のお店などに卸す形を取っている。
ただそれとは別に、嗜好品として仕入れてきた色々なものを村人たちに直接販売(物々交換)しているらしい。村の人々の数少ない楽しみの1つだ。
「おお、ケイ。こっちじゃ」
集会所にいるゼフィラに呼ばれる。
そこには、ゼフィラの他に、キャスケットのような帽子を深くかぶった1人の女性が立っていた。
「紹介しよう。こやつが行商隊の隊長のルベルムじゃ」
「こんにちは。あなたがケイさんですね?」
10代半ばくらいの見た目。好奇心の強そうな、明るいブラウンの瞳に……茶色の髪?
「あ、この髪の毛が気になります?森の外だとやっぱりエルフって目立つので、染めてるんですよ。耳も帽子で隠してるし」
ああ、なるほど。
やっぱり森の外に出るエルフっていうのは珍しいんだね。
「まあ、全くいないわけではないですけどね。て言うより、珍しさで言ったらケイさんに勝るものはないでしょう?」
そう言って、グイッと顔を寄せてくる、ルベルム。
おお? この距離感の詰め方と好奇心の強さ……誰かを彷彿とさせるな……
「ルベルムはエーリカの娘じゃ」
ルベルムの肩を掴んで、逆にグイッと僕から引き剥がすゼフィラ。
あー、それだ。エーリカほどのヤバさ……ゲフンゲフン、えっと、熱心さ?はないけど、近しい熱量は感じる。
「あはは、母さんが迷惑かけてるみたいでゴメンね」
「いやいや、迷惑なんかじゃないよ。それに、僕も色々と教えてもらったりして、すごく助かってるし」
実際、エーリカに教えてもらった遠隔操作技術が無かったら、今頃、僕もティリアも『エルフ喰い』にやられてしまっていただろう。
僕の人形遠隔操作は、エーリカの完全思考操作と違い、基本的な命令だけ与えて後は自律行動をさせる半自動遠隔操作だ。
細かい動きの操作まではできない代わりに、魔力パスへのリソースをあまり必要としないという利点がある。
エーリカは、僕がその話をすると、それはもう目を爛々と輝かせて食いついてきたものだった。
最近では、お互いの技術をすり合わせて、2人で新しい遠隔操作魔法の技術体系を作っていたりもする。
「へぇ、母さんとそこまで気が合う人って初めてかも。本当にケイは変わってて面白いですね」
僕を覗き込み、好奇心に輝く瞳を楽しそうに細めるルベルム。
血は繋がってなくても、間違いなく親子だと思える仕草だ。
「その辺にしておけ、それよりルベルム、例のものを出してくれんか?」
「はいはい。もう用意してありますよ」
ゼフィラに促されてルベルムが取り出したのは、白っぽい何らかの塊だった。
大きさは片手で持てるくらいで、それが3つほど。
触ってみると、ゴムのような弾力がある。
「ゼフィラ、これは……?」
「ラテの木の樹脂の塊じゃ。色々と使い道はあるのじゃが、フルツのノニは、義肢の表面加工に使っておるのう」
首を傾げる僕に、ゼフィラは含みのある笑顔を浮かべる。
「治癒魔法の専門家のノニは、不慮の事故で身体の一部を失ったエルフのために義肢も作っておるのじゃ。その技術は一級品での、まるで本当の人肌と変わらん見た目と評判じゃのう」
そこで僕はハッと顔をあげる。
ようやく気付いたかという、ゼフィラの表情。
「やれそうかの?」
「やってみるよ」
僕はティリアに降ろしてもらうと、地面に手を付いて土人形を生成し、一体化する。このあたりはもう慣れたものだ。
それから、ラテの樹脂を1つ手に取ると、自分の魔力を染み込ませる。感覚としてはミモザのところでパン生地をこねていたのに近いかな。
ひとまず樹脂を手の表面に貼り付けてみる。
ふーむ。魔力の通し方によって、少し赤みがかったり、色が変わるようだ。この辺は今度ノニに聞いてみたいところだけど……
まあ今回はとりあえずテストだし、そこまでこだわらないこととする。
樹脂が薄い肌色っぽくなるように調整して、それで顔を覆ってみた。
ゼフィラがあらかじめ用意してくれていた鏡を見ながら微調整。
髪の毛と眉、黒目の部分は土の黒をそのまま活かし、白目は樹脂そのままの白、唇は少し赤みを強く。
まあ、こんなものか。若干マネキンっぽさは否めないけど、初めてにしては上々ではなかろうか。
鏡の中には、それなりに整った顔立ちの青年が映っている。
「どうかな?ゼフィラ?」
元々、発声に合わせて唇を動かす練習もしているので、ぱっと見なら普通の人と変わらなく見えるだろう。
ゼフィラは、僕の顔を見てポカンと口を開けていた。
「はっ……!? う、うむ。なんというか、結構な破壊力があるのぅ……」
「破壊力……?」
「あ、いや、何でもない。うむ、なかなか良いと思うぞ」
よくわからないけど、好感触?
「ほうほう、これが噂の”男性”というやつですか。なるほど、これはなんというか……心……いや本能のようなものが刺激されますね」
不意に横からニュッとルベルムの顔が割り込んできた。
好奇心と思慮深さの光が混ざった、ブラウンの瞳が僕をジッと見つめる。
「私はこれでも色々な所を旅して、沢山の人と会ってきました。人を見る目も相当にあるつもりです。そんな私が断言します。あなたはきっとこの世界に一石を投じる存在になるでしょうね」
「そ、そうかな……」
「そうですよ。ほら、周りを見てください」
言われて、ふと周りを見回すと、さっきまで行商の商品を見るのに夢中だった村人たちが、全員手を止めて僕を見つめていた。
たくさんのエルフの少女、幼女たちが、あるものは目を丸くして、ある者は頬を染めて、ひと言も発せずに、ただ僕を見ている。
「ケ、ケイちゃん……」
弱々しいティリアの声。
声の方を見ると、いつもと違い、見下ろす形になるティリアが、顔を真っ赤にして、胸を押さえていた。
「ケイちゃん……どうしよう……胸が、苦しいよぉ……」
しまった、ティリアには刺激が強すぎたのか……!?
いや、どんな劇薬なんだ僕は?
「ごめん、ゼフィラ、ルベルム。ちょっと席を外すね」
僕は胸を押さえてしゃがみ込んだティリアを、横抱き……いわゆるお姫様抱っこで抱き上げ、その場から駆け出した。




