第20話 覚醒2
僕と『エルフ喰い』は、お互いに隙をうかがいながら、ジリジリと距離を詰める。
残念ながら、僕は遠距離攻撃魔法が使えない。武器といえば、岩で補強したこの拳くらいだ。
とはいえ、それは相手も同じ。
僕も『エルフ喰い』も、攻撃するには相手の懐に飛び込む必要がある。
先に動いたのは『エルフ喰い』だった。
地面をえぐるように蹴り、僕に向かって飛び掛かって来る。
僕は身体を捻ることで、何とかその牙をかわした。
そのまま右拳を『エルフ喰い』の脇腹に叩き込もうとするが、相手の速さに追いつけず、空振りしてしまう。
――くっそ、やっぱり速いな……
『エルフ喰い』が僕を翻弄するように、左右に動き回り、こちらの死角をつくように踏み込んで来る。
僕は、次々と襲い来る鋭い爪の横薙ぎと、凶悪な牙の噛みつきを、辛うじてかわしていくのが精一杯で、なかなか反撃のチャンスを掴むことができない。
最初の不意打ちの一撃が入ったことで、打撃が当たりさえすれば『エルフ喰い』にもダメージが与えられることは分かっている。
アルメリア先生の授業で聞いた話では『エルフ喰い』の強さの一因として、魔法抵抗の高さがあったはずだが、どうやら打撃に対しては、そこまで高い耐性はないようだ。
とはいえ、そもそも当てることができなければ、何の意味もない。
何とか『エルフ喰い』の素早い動きを目で捉えることはできているが、動きの素早さについては、明らかに相手の方に分がある。
――なら、やるしかないか。
僕は左手の拳にまとわせていた、石や薄い瓦礫の欠片を、左手の肘のあたりまで広げて、腕の硬度を高める。
再び牙を剥いて飛び込んでくる『エルフ喰い』。
僕はその噛みつきをかわさず、あえて左腕で受け止めた。
ガギイッ!!という嫌な音と共に『エルフ喰い』の凶悪な牙が僕の左腕に喰い込む。
一気に食い千切ろうと『エルフ喰い』の牙に力が入るが、そこに一瞬の隙が生まれた。
「これで……どうだっ!!」
僕は左腕に噛みついている『エルフ喰い』の顔面に、渾身の右拳を叩き込んだ。
頭部に入った、会心の一発に、『エルフ喰い』の身体がよろける。
が、『エルフ喰い』は、僕の腕に噛み付いた牙を放すことはなかった。
「グ……ガアアアッ!!」
噛み付いた僕の左腕を、そのまま力任せに食い千切る『エルフ喰い』。
ベキベキという岩の砕ける硬質な音と、ブチブチという腕の中に通していた毛糸が切れる嫌な音と共に、僕の左腕が引き千切られた。
「痛っ……てぇ!!!」
――クソっ! 痛覚を切り損ねた!
左腕に通していた毛糸の感覚を、急いで遮断する。
それでも、引き千切られた毛糸の激痛が、僕の身体に幻肢痛のように鈍く残る。
『エルフ喰い』は、僕の左腕を嚙み砕き、ペッ!と吐き出した。
丈夫な歯だな、コノヤロウ……
僅かにふらつく様子は見せたが、まだまだ元気そうな『エルフ喰い』の姿に、僕は内心で舌打ちする。
恐らくもう一度、同じ手は通じないだろう。
どちらにしろ、次の一撃を入れる際に、手でも足でも持っていかれた時点で詰みだ。
――と、なると、次にやることは決まったな。
僕は、いきなり回れ右をすると、脱兎の如く走り出した。
『エルフ喰い』から逃げるように、村の南側、自分の家がある方向に向かって全力疾走する。
一瞬、虚を突かれたように唖然としていた『エルフ喰い』が、怒りの唸り声をあげて、僕を追いかけ始めた。
直線を駆ける速度では到底敵うわけもなく、あっと言う間に『エルフ喰い』は僕に追いついてくる。
あと僅かで家にたどり着くという所で、無防備な背中に迫る気配を感じ、僕は地面に転がるように身をかわした。
ゾリッ!という嫌な音がして、僕の背中の土を削り取りながら、『エルフ喰い』が僕の上を通り過ぎる。
勢いあまってゴロゴロと地面を転がりながら、僕はその勢いを利用して、何とか身を起こした。
上げた視線の先、『エルフ喰い』は、決して僕を逃がすつもりはないと主張するように、僕が逃げていた方向に立ちはだかっている。
「そうだよな、逃がしたくないよな?」
僕は『エルフ喰い』と対峙したまま、口の端を歪めて笑ってみせた。
僕の表情に対してか、それとも僕の言葉を理解でもしているのか、『エルフ喰い』は牙を剥いて唸り声をあげる。
「じゃあ、決着をつけようぜ!」
僕は『エルフ喰い』に向かって駆け出した。
『エルフ喰い』も僕に向かって突っ込んでくる。
2人が正面から交錯する……と思われた瞬間、『エルフ喰い』の側面の建物、僕たちの家の隣の民家の屋根から、黒い影が疾った。
それは、小さな小さな人影。
毛糸人形の僕と比べても半分程度の大きさの、ティリアが作った僕の弟であり、相棒。
「行けっ!! ケイジっ!!」
エーリカに見せてもらった魔道具操作を応用した、人形の半自動遠隔操作。
今のケイジには、僕の魔力が染み込んだ毛糸を1本埋め込んであり、魔力パスが繋がっている。
操作の練習と周囲の警戒のため、家の付近に潜ませておいたのだ。
尖った瓦礫の破片を両手で抱えたケイジが、目にも止まらぬ速度で稲妻のように疾る。
疾駆した黒い隻影は、そのままの速度で『エルフ喰い』へと急襲をかけた。
死角である上方から特攻したケイジが、鋭利な瓦礫を、『エルフ喰い』の目に深々と突き立てる。
「グガアアァッ!!!」
目から黒い血を流しながら、苦悶の叫びをあげた『エルフ喰い』が頭を振り回した。
その勢いに吹き飛ばされたケイジは、民家の壁にぶつかって砕ける。
だが、ケイジが奪った瞳は、元々傷付いた目のあった左目側であり、これで奴の左側の視界を完全に奪うことに成功した。
「よくやったぞケイジ!」
僕は視界を奪った左側に回り込むように走る。
『エルフ喰い』との距離を一気に詰め、そのままの勢いと体重を乗せた拳を、えぐり込むように顔面へ叩き込んだ。
ドゴオッ!!
岩をまとった拳の完璧なクリーンヒット。
脳を揺らされ、グラリとよろける『エルフ喰い』。
「もう一発!!」
撃ち抜いた勢いのまま一回転した僕は、膝を沈めて次は低空から拳を撃ち上げる。
無防備な顎を撃ち抜くアッパーカット。
ドガァッ!!!
下から顔面を突き上げられ、のけぞる『エルフ喰い』。その脚はガクカクと震え、辛うじて踏ん張っている状態だ。
「トドメだぁっ!!!」
渾身の力を込めた、振り下ろしの一撃。
完璧に『エルフ喰い』の頭を捉える……はずだった僕の拳は空を切り、地面に突き刺さった。
そしてバランスを崩した僕も、そのまま地面に転がる。
慌てて起き上がろうとするが、なぜかうまく立ち上がることができない。
そして激しい痛みと共に、ようやく気づいた。
僕の右足の、膝から下が失くなっていた。
唖然として『エルフ喰い』を見やると、その左前脚が振り抜かれている。
苦し紛れなのか、狙ったのかはわからない。だが、結果として僕の脚は、その爪に刈り取られた。
「……っ、やられた……」
僕は、痛みと悔しさに歯を食いしばる。
脚をやられたのは致命的だ。
この魔獣相手に機動力を失うということは、敗北と同意義だ。
『エルフ喰い』がゆっくりと頭を振りながら、右眼だけとなった2つの瞳で、僕を睨みつけた。
その瞳は怒りに燃えながらも、僕を強敵として認めた、油断のない冷静な色を湛えている。
――万事休す。
この状態からでは『エルフ喰い』に攻撃を当てることすら困難だ。
たとえ攻撃が命中したとしても、大したダメージは入らないだろう。むしろ、そのまま腕ごと食いちぎられて終わりだ。
僕は、だらんと腕を下ろす。
無防備になった僕に、油断なく『エルフ喰い』が近づいてくる。
一瞬の睨み合い。
そして『エルフ喰い』は、僕の頭を食い千切った。
――有名な言葉がある。
切り札は最後まで取っておくものだ。
僕は土人形の身体を魔力操作するために、毛糸人形の手足をほどいて、全身に行き渡らせていた。
では、身体の核として残した毛糸人形の本体の部分は、土人形のどこに入っているか?
『エルフ喰い』の口内、食い千切られた土人形の頭部の中。
毛糸人形として残った僕の頭と身体は、そこに入っていた。
「正真正銘、最後の取っておきだ。存分に味わえよ?」
いつも声を出すために使用している、ゼフィラのオリジナル振動魔法。
通常は可聴域の低周波を発生させるために、毛糸を震わせているその魔法の、出力リミッターを解除する。
僕は残った魔力の全てを注ぎ込み、振動魔法を出力全開で発動した。
限界を超えて発動された振動魔法は、1秒間に1万回以上の超高周波振動を発生させる。
その振動には魔力強化した毛糸でも耐え切れず、ブチブチと身体が千切れていくのを感じるが、僕は構わずに最大出力の振動魔法を解き放った。
突然、頭部を高出力の振動加熱装置にぶち込まれたような状態になった『エルフ喰い』は、悲鳴をあげて僕を吐き出そうと暴れる。
それでも僕は吐き出されまいと、残った毛糸を口内の牙に絡みつかせて、『エルフ喰い』の頭部へ振動魔法を撃ち込み続けた。
『エルフ喰い』は目や鼻から、どす黒く泡立った体液を溢れさせて暴れまわり、そのまま頭から目の前の家の壁に激突する。
その衝撃で、既にボロボロに千切れていた僕の毛糸の身体の残骸は『エルフ喰い』の口から転げ落ちた。
「グ……ガガ……ガ……ァッ……!」
それでも『エルフ喰い』は、まだ立っていた。
黒い体液をボタボタと零し、ガクガクと脚を震わせながら、それでも膝を折らずに立ち続ける。
凄まじい生命力と、憎悪による精神力。
対して、今度こそ全ての力を使い果たして、既に人形の形すら保つことが困難な僕には、もはや為す術がなかった。
毛糸に魔力を留めることができず、既に意識を保つことすら難しい。
それでも、その最後の光景を見逃すまいと、必死に意識を繋ぎ止め、僕は最後の言葉を発する。
「……まかせろ……とか、言っておいて……ゴメン……ね」
それに応える声。
「いえ、よくここまで持ち堪えてくれました」
ズガッッ!!という、硬質な何かを切り裂く音。
『エルフ喰い』の首がゆっくりと傾ぎ、地に落ちる。
最後に目に映るのは、倒れ込む『エルフ喰い』の胴体と、岩の大剣を振り抜いたシレネの姿。
そして遠くから聞こえる、僕を呼ぶティリアの声。
――ああ、良かった……
僕はようやく安心して、意識を手放し、暗闇の底へと沈んでいった。




