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エルフの森で人形は目覚める 〜男がいない世界で、人形の僕だけが男でした〜  作者: 那霧 たすく


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第19話 覚醒1


 ――時は少し遡る。


 ティリアは、突然いなくなってしまったケイを、必死に追いかけていた。

 ケイには集会所で待っていろと言われたが、ティリアは、どうしてもそれを受け入れることができなかった。

 もしここでケイを見送ってしまったら、もう2度とケイとは会えないのではないか?

 なぜか、そんな不安がティリアの心に渦巻いていた。


 ケイが向かった方向は、自分達の家がある方向だったはずだ。

 それだけを頼りに、ティリアは懸命に走る。


 もう少しで家に着くという所まで来たとき、ティリアはついにケイを見つけた。

 安堵に胸をなで下ろしながら、ティリアは後ろからケイに近づく。

 ケイは、なぜか路地裏からティリアたちの家の方向を窺っているようだ。

 こちらに気付かないほど、何かに気を取られている様子のケイに声を掛ける。


「ケイちゃん……こんな所で何してるの……?」


 驚いたように振り向くケイ。

 間髪入れず、ケイはティリアの肩に飛び乗ると、その柔らかな手でティリアの口を塞いだ。


『ティリア、声を出さないで! それと魔法で土壁を作って、なるべくたくさん!』


 ケイが、焦ったように魔力パス越しの念話を繋いでくる。

 しばらく前、ケイが普通に話せるようになった時、ゼフィラから不要になった魔力パスを切るという話をされたのだが、ティリアの希望で切らずに残してもらった。

 ティリアはケイと2人だけで内緒話ができることが嬉しかったのだ。

 念話を通じて、言葉と一緒に伝わってくるケイの気持ちは、いつだって優しく、温かかった。


 でも、今は違う。

 こんなにケイの緊張感が伝わってくるのは初めてだ。

 

 ティリアは頷いて、とにかくケイが指し示す場所へと魔法で土壁を生成する。

 あのケイがここまで焦っているのだ。きっと急ぐ必要があるのだろう。

 そう考え、無心で土壁を作っていたティリアだったが、直ぐに何かが近づいて来ていることに気付いた。


 何なのかはわからない。

 ただ、とても恐ろしいものだということだけは分かった。

 土壁を作る手が震える。


『土壁にはできるだけ魔力を込めて! 大丈夫、ちゃんと考えがあるから。僕を信じて?』


 ――うん……信じるよ。

 ケイちゃんが大丈夫って言うなら、私は信じる。


 ティリアは最後の魔力を振り絞り、土壁を作り上げる。

 魔力をありったけ詰め込んだ土壁が出来上がると同時に、ケイがティリアの肩から飛び降りた。

 そしてケイが土壁に手を付いた瞬間。

 

 ティリアの目の前から、全てが失われた。


 ティリア達を守ってくれるはずだった土壁も、いつもティリアと一緒にいてくれたケイも、一瞬で瓦礫と共に吹き飛ばされた。


 あまりに一瞬の出来事に、ティリアは何が起こったのか全く分からなかった。

 ただ、目の前には見たこともない、大きな狼の姿をした魔獣がいる。

 その魔獣が振り払った爪のたった一撃で、ティリアの大事だったものが失われたのだと、ようやく脳が理解した。


 魔獣の4つ目のうちの1つは、瞼から裂けるように傷ついており、残った3つの瞳が、獲物を見つけた歓びに歪む。

 ティリアは全く動くことができず、腰が抜けたように、その場にへたり込んだ。


 魔獣の赤く染まった大口が、ゆっくりと開かれた。

 震えるティリアの頭を覆い尽くすように、鋭い牙の羅列が閉じられていく。

 それがティリアには、とてもゆっくりに感じられた。


 ――ああ、私、死ぬんだ……

 ――お母さん、ゼフィラ様……今までありがとう……


 魔獣の顎が噛み合わされ、ティリアの視界が闇に包まれていく。


 ――ケイちゃん……大好きだよ……


 グシャッ!!という何かが潰れるような音が、静寂の中、大きく響いた――




 


 

 襲い来るであろう痛みを覚悟して身構えていたティリアだったが、いつまでも訪れないその時に疑問を感じ、ソロリと顔を上げた。

 

 相変わらず、ティリアの視界は闇に包まれている……そう思った矢先、それはすぐ目の前にある黒い何かが視界を塞いでいただけなのだと気づく。


 それは人の背中だった。

 全身が真っ黒な人影が、ティリアを守るように目の前に立ちはだかっている。

 身長は、この村の誰よりも高いだろう。

 身体つきもガッシリとしており、細身ながらも筋肉質で、ティリアが知るエルフの人達とは体型も異なる。


 ただ、その人影が着ている真っ黒な服のフォルムには、見覚えがあった。

 それはシレネに手伝ってもらいながら、ティリア自身が一生懸命に縫って、作ってあげたお気に入りだ。


「遅くなってごめんね、ティリア」


 いつもより少し低い声。でも、聞き間違えようのない、ティリアの大好きな優しい声。


「……ケイちゃん……なの?」


 首だけで少し振り向いた横顔は、暗く影のようになっていて、ハッキリとした表情までは見えなかったが、間違いなく、ケイの面影があった。


「うん、僕だよ。怖い思いさせちゃったね。もう大丈夫だから」

 

 見開かれたティリアの眼から、大粒の涙が溢れる。


「う……ぐすっ……ケイちゃあん……!」


「さあ、あとは僕に任せて。ティリアは隠れてて」


 優しい言葉とは裏腹に、警戒を解かない様子のケイに、ティリアは先程まで魔獣に襲われていたことを思い出して、慌てて周りを見回す。


 魔獣は少し離れた所で、こちらを睨みつけるように唸り声をあげていた。

 その顔には、何かに殴られでもしたかのような、真新しい傷がある。

 この期に及んで、やっとティリアの中に、ケイの見た目の変化や、この状況に対する疑問が浮かんできた。


 一体……何が起こってるの……?


 ――――――――――――――――

 

 『エルフ喰い』の一撃で、土壁と共に吹き飛ばされた時、僕は咄嗟に、その土壁だった土塊の中に潜り込んでいた。


 その土はティリアの魔力を大量に含んだものであり、僕にとっては馴染み深く、そして『扱いやすい』ものだった。

 自分の魔力を大量の土砂に流し込み、ティリアの魔力と混ぜ合わせる。更に僕は自分の身体を構成している毛糸の手足を少しずつ解き、土の中に広げていった。

 

 今日まで鍛え続けてきた、魔力による物体操作。

 その中でも、ティリア達を驚かそうと、隠れて練習していた取っておき。

 

 人形の僕を「核」とするように、土が集まり、人型を形作っていく。

 土人形は、僕の大量の魔力により、まるで本当に生きた人間のように自然な姿へと仕上がった。


 更に魔力で身体の硬度を高めるついでに、辺りに散らばった家の壁の破片など、硬そうな物体を取り込み、両手を覆うガントレットのように配置する。


 毛糸人形のケイの感覚が全て、土人形のケイと同期するようにアジャストされた。

 開けた視界の先、ケイの目に飛び込んできたのは、ティリアの頭に喰い付こうとしている『エルフ喰い』の姿だった。


「何してやがるんだ! この野郎!!!」


 僕は最大魔力を脚に注ぎ込み、思い切り地面を蹴る。

 一瞬でティリアの前に飛び込み、岩の拳で『エルフ喰い』の横っ面を思い切り殴り飛ばした。


 完全に不意を突かれ、僕の一撃を喰らった『エルフ喰い』が、もんどり打って吹き飛ぶ。

 僕は、怯えて目をつぶっているティリアを守るように立ちはだかった。


 僕は、ついに『エルフ喰い』と対峙した。

 

 

――――――――――――――――



「あとは僕に任せて。ティリアは隠れてて」

 

 僕の言葉に、ティリアは戸惑った様子ながらも、素直に頷いてくれた。


「うん……ケイちゃん、頑張ってね」

 

 突然色々なことが起きて、混乱しているだろうに、ティリアは僕を信頼して、何も聞かずにその場を離れていく。

 僕は身構えたまま、ティリアが十分距離を取り、姿を消すまで、『エルフ喰い』から決して目を離さなかった。

 『エルフ喰い』も、自分に怪我を負わせた僕を睨みつけるように、牙を剥いて低い唸り声をあげている。


「よくもティリアを泣かせたな。覚悟はいいか?」


「グルルルル……ガアッ!!」


 僕と『エルフ喰い』の、最初で最後の対決が始まる。


 

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