第16話 襲撃2
アニムの村の東側。
他より大型の魔獣が多い方面を選んで、ゼフィラはその身を置いていた。
「ふむ、奴はまだ姿を現さんか」
ゼフィラの目前まで迫った魔獣の群れは、見えない壁に突き当たり、その侵攻を押し留められていた。
巨人型の魔獣が、見えない壁に拳を何度も叩きつけているが、その衝撃も音も、一切ゼフィラには届かない。
「図体だけはデカいが、雑魚ばかりじゃな」
つまらなそうに鼻を鳴らすと、ゼフィラは長衣の懐から取り出した小振りな杖を目の前に翳す。
その杖は、2本の枝が絡まったような形になっており、見た目こそ少し変わっているが、どこにでもある、ただの木の枝のように見えた。
実際、その杖の素材は古木の枝そのものであり、特に変わったものでも何でもない。
しかし長年使い込まれたその枝は、ゼフィラの魔力が存分に浸透し、身体の一部のような存在となっていた。
ゼフィラはその杖を、使い慣れた羽ペンを扱うかのように宙に踊らせる。スルスルと舞うように細かく動く杖の先端を追うように、光の軌跡が複雑な文様を描いていく。
それこそがゼフィラにとっての魔法発動の儀式。
描かれた文様の一文字、線一本が、全てゼフィラにのみ理解できる、魔法の発動条件を示している。
「ほれ、邪魔じゃ。失せよ」
空中に描き出した、直径30cmほどの円形の文様。俗に言う魔法陣の中心を、ゼフィラが杖で突いた。
それが引き金となり、魔法陣から眩い光の奔流が発射される。
放たれた一条の太い閃光は、発射直後に少し細い4本の光線へと分かれる。
そのまま4本の光が更に分離して8本、次に16本、最終的に32本の細い光線へと分かたれ、それぞれが別の魔獣に吸い寄せられるように、軌道を変化させて襲いかかった。
一瞬の光の嵐が過ぎ去った後、ゼフィラの前に群がっていた魔獣達は、全て急所と思しき部分を光線に貫かれ、地に倒れ伏していた。
「……さて、誰が『当たり』を引くかのう」
ゼフィラはそう呟くと、手の中でクルクルと優雅に杖を振り回した。
――――――――――――――――
途切れることなく襲いかかってきていた魔獣の圧力が、ようやく弱まってきた。
散発的に攻撃してくるだけになった魔獣を、アルメリア隊のエルフたちが魔法で確実に仕留めている。
アルメリアの指揮する隊の被害は、軽傷2名のみ。負傷による離脱者もゼロで、上々の出来だろう。
終わりが見えてきた様子に、隊員達の空気がほんの少し緩む。
その隙を突くかのように、横合いの森から、大きな黒い影が飛び出してきた。
「……っ!? 全員回避!!」
アルメリアの指示も虚しく、襲い来る魔獣の爪のひと薙ぎで、2人のエルフが吹き飛んで、地面に叩きつけられる。
飛び出してきた巨大な狼型の魔獣は、更にもう一人、逃げ遅れたエルフに噛みつき、鋭い牙をその肩口に突き立てた。
「うあああっ!!」
悲鳴をあげるエルフを噛みちぎろうと、魔獣の顎にギシリと力が入る瞬間、その横っ面に炎の塊が弾けた。
「グルウッ!!」
続けて炸裂する火の玉を避けるように、魔獣はエルフの隊員から口を離して飛び退る。
「全員、怪我人を連れて退避! ここは私が受け持ちます! 急いで!!」
魔獣がアルメリアの魔法を警戒しているうちに、まだ無事な隊員たちが負傷したエルフに肩を貸し、撤退していく。
――あの様子なら、すぐに治療を受ければ命に別状はないでしょう。
最悪の事態だけは避けることができたと、アルメリアは内心でホッと胸をなで降ろす。
漆黒の毛皮をまとった狼型の魔物と、一対一で対峙するアルメリア。その魔獣は、4つ目をギラりと光らせて、アルメリアを睨めつけた。
アルメリアも負けじと紅く輝く瞳で、その魔獣を睨み返す。
「やっと会えましたね『エルフ喰い』……せっかく引いた当たりくじです。存分に相手をしてもらいますよ」
手の平サイズの火球が、連続して『エルフ喰い』に襲い掛かる。
しかし、細かく進行方向を変えながら、森の中を高速で駆け抜ける『エルフ喰い』は、そのことごとくをかわしてのけた。
直後、一転して突風のように襲い来る『エルフ喰い』の攻撃を紙一重で避けるアルメリア。
「散華せよ炎の徒花!」
すれ違いざまに、『短句』の詠唱を乗せた魔法をその体に撃ち込む。
しかし、並の魔獣であれば2、3体まとめて焼き尽くすだけの威力を持ったその魔法も、『エルフ喰い』に対しては毛皮を焦がす程度のダメージしか与えていない。
「――厄介な相手ですね」
的を絞らせない素早さと、魔法耐性の高い体。
魔法主体で戦うエルフの、天敵と呼ばれるに相応しい強敵だ。
――決定打を与えるには、詠唱3節……いや、やはり4節は欲しいですね。
アルメリアは脳内で計算しながら、横殴りで襲い来る爪に、爆発する火の玉を直撃させて軌道を逸らす。
とはいえ、長々とした詠唱を簡単に許す相手でもない。
流石に息も上がってきた。リオンの言う通り、もう少し身体も鍛えておくべきだったですかね、とアルメリアは自嘲する。
「さて、どうしましょうか……」
――――――――――――――――
同時刻、村の東側。
ゼフィラの長い耳が、ピクリと反応する。
「む……アルメリアが引き当てたか。儂も向かいたいところじゃが……」
視線の先、先ほどまで終わったかと思っていた魔獣の攻撃が、猛然と勢いを増していた。
物量で押し込むかのように殺到する魔獣たちに魔法を撃ち込んでから、ちらと自分の隊の面々に目をやる。
何とか応戦を続けてはいるが、いかんせん、敵の数が多すぎた。
「流石に儂が抜けると、持ちこたえられんか……」
ゼフィラは歯がゆい思いで、追加の魔法陣を連続で描き始めた。
――――――――――――――――
同時刻、村の西側。
「アルメリアが苦戦してるね。ヤツが出たか」
周囲の状況確認の為に飛ばしたままにしておいた『鳥の目』からのアラーム。
しかし、こちらでも魔獣の波の勢いは増しており、エーリカのシルフィードが総掛かりで、何とか食い止めている状態だった。
「この状況で、アルメリアの援護に回るには、さすがに戦力が足りないか……」
自分の率いる隊員達の奮戦を見ながら呟くエーリカ。
――だったら、考え方を変えればいいだけだ。
6機のシルフィードを操りながら、エーリカは足元に置いてあったカバンを蹴飛ばした。
カバンが倒れた拍子に、その中から金属製の箱がもうひとつ転がり出てくる。
「足りないなら、足せばいいんだろ?」
転がった箱がバシャッ!と音を立てて開く。中には最初の箱と同様に6機のシルフィードが格納されていた。
――あといくついけるかな……2つ? 4つ?……いいやめんどくさい、全部だ!
キィン!と澄んだ音を立てて、追加のシルフィードが6機全て起動する。
合計12機のシルフィードへの、魔力パス同時接続。
常人であれば即廃人になってもおかしくないほどの負荷が脳に掛かり、エーリカの頭に鋭い痛みが走る。
鼻からはツゥ…と一筋の血が流れ、地面にポタリと鮮血の雫を落とした。
構わずエーリカはシルフィードを全て射出。
勢い良く飛び出した風の刃の群れが、エーリカの周囲に銀閃の渦を巻く。
「はっはー!楽しくなってきたなぁ!」
流れ出た鼻血を己の舌でペロリと舐め取り、エーリカは口の端を盛大に吊り上げた。
――――――――――――――――
連続して魔法を発動して、火球を撃ち込むアルメリア。
それをかわして、隙あらば飛び込んで来ようとする『エルフ喰い』
距離を取りたいアルメリアと、接近戦に持ち込もうとする『エルフ喰い』の駆け引きは、徐々に『エルフ喰い』の優勢へと傾いてくる。
「くっ……!」
息が上がり、足をもつれさせたアルメリアの僅かな隙を突き、一気に『エルフ喰い』の牙が迫る。
――その時、銀翼の風妖精が、暗闇を引き裂いて飛来する。
高速で飛び込んできた6機のシルフィードが、次々と『エルフ喰い』の周囲にまとわりつき、その身体を突き刺し、切り裂きに掛かった。
「グガアアァッ……!!」
予想外の攻撃に身を捩り、さすがに一端距離を取る『エルフ喰い』
一瞬驚いたように目を見張ったアルメリアの口が、苦笑の形に緩む。
「手伝ってやるからさっさと倒せ、ってことですね。エーリカのドヤ顔が見えるようで癪ですが……」
ただ、アルメリアは気付いていた。
いつもより、明らかにシルフィードの動きが鈍い。
「エーリカも相当無理をしていますね……確実に、一撃で決めます」
アルメリアは大きく1つ深呼吸をすると、杖を正面に向けて構えた。
その口から、滔々と『詩』が流れ出す。
「創世の日に生まれし、原初の火」
直ぐにそれに気付いた『エルフ喰い』が、アルメリアに飛びかかろうとするが、シルフィードがそれを邪魔するように飛び回る。
「グルウアッ!!」
煩わしそうに、シルフィードの一機を爪ではたき落とすと、もう一機に噛みつき、鋭い牙で噛み砕く。
「燦然と咲き、惨然と散る、生命の炎よ」
更に『エルフ喰い』の侵攻を止めようと、2機のシルフィードが足を狙って突き刺さる。
しかし『エルフ喰い』は止まらない。
追撃をかけようとしていた、残りのシルフィードを完全に無視して、アルメリアへと突撃してきた。
「今一度、謳え、仰げ、生まれ出ずる星の瞬きを!」
鋭い牙が並んだ『エルフ喰い』の凶悪な口が、アルメリアの目前に迫る。
(一手足りませんか……いいでしょう。片腕くらいなら、くれてやります)
詠唱を続けながら、頭の片隅で冷静に計算し、アルメリアは杖を持った右手を、迫る牙の羅列に向かって突き出した。
刹那、彼方から一条の閃光が走る。
閃く魔力の光条は、正確に『エルフ喰い』の胴体を貫いた。
それは、数km離れた先からの、ゼフィラによる超長距離狙撃。
「グガアアァッ!!!」
アルメリアを腕ごと噛みちぎろうと、閉じる寸前だった『エルフ喰い』の口が、苦痛の悲鳴を吐き出し、大きく開かれる。
「爆ぜよ、黎明の旭光……『新星の開闢』!!」
目の前で開かれた口内へと、杖の先端をねじ込んで、アルメリアは最後の一節を謳い上げる。
凝縮された魔力の塊が『エルフ喰い』の体内へと解き放たれ、直後、全ての魔力が破壊の暴力へと変換された。
ズゴオォォォゥ……ッ!!!!
魔法耐性の高い体表に阻まれ、全て内側に向かった爆発の超破壊力が『エルフ喰い』の臓腑をズタズタに引き裂く。
ひと時の硬直後、大量のドス黒い血を吐き出して、『エルフ喰い』はゆっくりと地面に倒れ伏した。
――――――――――――――――
アルメリアが『エルフ喰い』を討ち取った直後から、魔獣達の群れは統制を失い、次々とエルフ達の手により始末されていった。
僅かな残党の殲滅をアニムの村の面々に任せて、ゼフィラとエーリカはアルメリアの元に集まる。
巨体を横たえる魔獣の前で座り込んでいたアルメリアは、ゼフィラの姿を見て立ち上がった。
「ゼフィラ様。危ないところを助けていただき、感謝いたします。不甲斐ない所をお見せしました」
「いや、むしろあれくらいしかしてやれんで、済まなかった。よくやったの」
ゼフィラの労いに、アルメリアは僅かに頬を緩めて頭を下げる。
「おいおい、アルメリア。私へ感謝はないのかい? これでも結構、頑張ったんだよ?」
エーリカが軽口を叩くが、その顔にも疲労の色が濃い。
アルメリアは苦虫を大量に噛み潰したような表情で、僅かに頭を下げる。
「……アリガトウゴザイマシタ」
「うっわ、気持ちが皆無!心をどこに置き忘れてきたの!?」
そんな2人のやり取りを見て苦笑を浮かべつつ、ゼフィラはゆっくりと『エルフ喰い』に歩み寄る。
今まで何度となくエルフを苦しめてきた魔獣の最後に、感慨深さを感じながら、その威容を見上げた。
特徴的な四つ目を見開いたまま絶命するその姿に、ゼフィラは僅かな違和感を感じる。
――なんじゃ……この違和感は……
何度となくエルフを襲い、討伐対象とされながらも、捕まることなく猛威を振りまいてきた『エルフ喰い』
ようやく叶った、悲願の討伐だというのに、つきまとうこの違和感は何なのか……
「おー『獄炎』、ついにやったな!」
現れたのはリオンだった。
後始末をセロウに丸投げして『エルフ喰い』の最後を拝みに来たリオンだったが、地に倒れ伏すその姿を見て眉をひそめる。
「ん……?こいつ、本当に『エルフ喰い』か……? 傷が無いぞ?」
ゼフィラの目が限界まで見開かれた。
そうだ、なぜ気づかなかったのか。
この魔獣には、かつての討伐隊が負わせたはずの、片目の傷が無い。
「……別個体だというのか……? ならば、ヤツはどこに……?」
最初のアニムの村への襲撃から、ここに至るまでの魔獣の不可解な行動。
もしそれらが、アニムの村に集めたエルフの殲滅を目的としたものでないならば……
ゼフィラの背に、今まで感じたことのない悪寒が走り抜ける。
「まさか……!?」




