第14話 アニムの村
妖精の森とはユーフォニア大陸の南東に位置する広大な森林地帯である。
直線距離で抜けようとしても、数週間はかかるであろう森の中は、豊かな自然に溢れている反面、森に精通したエルフでもない限り、迷わずに踏破することは困難を極める。
そのためエルフ以外の種族からは、別名「森林迷宮」とも呼ばれており、エルフ以外がおいそれと立ち入ることは無い。
エルフという種が、他の種族から影響を受けることがなく独立性を保つことができる……言い換えれば、没交渉である理由もそのためである。
ちなみに妖精の森の南端は、大陸を横切る険しく巨大な山脈に突き当たる。
「果ての剣脈」と呼ばれるその山脈を踏破するために立ち向かい、帰ってきた者は誰一人存在せず、山脈の先に何があるのかを知る者はいない。
そんな妖精の森の中を、ゼフィラたち一行が進んでいた。
今日で、フラウの村を出発してから3日が経っている。エルフにしか分からない小道や、茂みの中の近道などを通り抜け、アニムの村まであとわずかのところまでたどり着いていた。
「ゼフィラ様、やはりこの状況は普通ではありません」
黙々と進むゼフィラの横に、アルメリアが並ぶ。
魔獣の襲撃を受けたアニムの村への救援という目的でここまで来たが、森の異変は明らかだった。
「いくら何でも、森が静かすぎます」
ここまでの道中、ゼフィラたちと魔獣との遭遇は発生しなかった。そう、ただの一度もである。
「儂らを誘い込んでいるつもりかのう。まさか、ヤツらがそこまで組織立って行動するほどの、知恵をつけたとも思えんのじゃが……」
「少なくとも、この周囲に怪しい魔力反応は無いみたいだね」
エーリカの手に、偵察から戻ってきた『鳥の目』が収まる。『鳥の目』の魔力探知の範囲内には、通常の原生生物と思われる弱い魔力反応しか見つかっていない。
「ふん……どうであれ、こちらとしてはやるべきことをやるまでじゃ。とにかくアニムの村に急ぐぞ」
ゼフィラの言葉に頷き、一行は目前に迫るアニムの村へと足を速めた。
――――――――――――――――
「お待ちしておりました。ゼフィラ様」
アニムの村に到着したゼフィラ達を、腕に包帯を巻いたエルフが出迎える。
「おお、お主はセロウか、久しいの」
「はい、私が副族長を拝命したとき以来でしょうか」
セロウと呼ばれた金髪のエルフが頭を下げた。
基本的に村の管理体制については、各村の族長に一任されており、アニムの村では族長の下に補佐として副族長を置く形が取られていた。
「リオンの具合はどうじゃ? フルツのノニは、もう来ているのか?」
「はい。ノニ様が先に到着して治療にあたってくれています。こちらへどうぞ」
セロウに先導されて、ゼフィラとアルメリア、エーリカの3人は族長のリオンの家へと案内される。
道すがら、ゼフィラは村の様子を確認するが、魔獣は村の中まで侵入しなかったようで、建物の被害などは見当たらない。
そのためもあってか、村人たちの雰囲気も決して重苦しいものではなく、むしろ士気は高く保たれているように見受けられた。
しばらく歩いて、到着した族長宅に上がり込み、セロウの先導で奥の部屋の扉を開ける。
そこにはベッドで半身を起こした、金髪ショートカットで包帯まみれの少女と、ベッドサイドのイスに座っている、腰まで長く伸びた銀髪を三つ編みにした少女の姿があった。
「おー、ゼフィラ様、来てくれたのか」
「ゼフィラ様、ご無沙汰しております」
「おお、リオン、思ったより元気そうではないか。ノニの治療のおかげかの」
意識不明と聞いていたリオンは、見た目こそ痛々しいが、しっかりと起き上がっており、顔色も悪くない。
「ああ、ノニが治療してくれたおかげで、この通りピンピンしてるぜ」
ニヤリと笑みを浮かべるリオン。
ゼフィラの後ろから部屋に入ったエーリカとアルメリアが、その姿を見て呆れた顔をする。
「なんだ、全然元気そうじゃないか。心配して損したな」
「身体強化魔法ばかり鍛えてるから、そんなことになるんですよ、脳筋」
「お、『暴風』に『獄炎』も来てたのか。火力バカのお前たちに言われたくないぜ。お前らこそもっと身体を鍛えろよ」
お互い軽口を叩き合うくらいには、気の置けない仲の3人のやり合いに、部屋の空気が少し明るくなる。
そしてそこからは、今回の襲撃についての詳しい情報共有が始まった。
「……なるほど。では、最初の襲撃以降は、特に目立った動きは無いのじゃな?」
「はい。ただ、明らかに何かがおかしいのは確かです。魔獣の姿は見えませんが、ひしひしと締め付けてくる気配のようなものを感じます」
セロウが、これまでのいきさつや、村の状況を皆に説明する。
それに対し、ノニも大きく頷いた。
「それは私も感じました。この村に来るまで魔獣が襲ってくることはなかったのですが、明らかに森の雰囲気が普通ではありませんでしたので」
ノニたちフルツの村の救援隊が来る際も、ゼフィラたちと同様の状況であったらしい。
「やはり、ヤツら何か狙っておるの。恐らく近いうちに行動を起こすじゃろう。それとリオン、ヤツがいたというのは確かなのじゃな?」
「ああ、間違いない。この前は不意を突かれちまったが、次はそうはいかないぜ。今度こそぶっ殺してやる!」
鼻息も荒く、起き上がろうとしたリオンの頭を、ノニがガッシリと鷲掴みにして、ギリギリ締め付ける。
「少しは大人しくしていなさい。傷が開きます」
「痛い痛い!わかった!わかったから!」
無理矢理ベッドに押し込まれるリオンを横目に、セロウがため息をつく。
そんな騒ぎの中、ゼフィラはひととき目をつぶると、数秒で考えをまとめ上げた。
「セロウ、すまんがアルメリアやエーリカたちと協力して、各村の人員を振り分けた攻撃隊を組織してくれ。隊長は儂、アルメリア、エーリカ、セロウじゃ。ノニには村全体の防衛の指揮と、後送された負傷者の治療を担当してもらう」
「承知しました」
エルフの長老たるゼフィラが居ることで、自然と村の指揮系統が、ゼフィラを頂点としたものに移行することになる。
ゼフィラの指示を実行するため、早速セロウやアルメリアたちが連れ立って部屋を出て行き、残ったのは各村の族長3人のみとなった。
ゼフィラが部屋の端に余っていた丸椅子をベッド近くに引きずってきて腰掛けると、居住まいを正す。
「さて、ではこんな状況ではあるが、お主たちに話しておきたい事がある。荒唐無稽な内容に聞こえるかもしれんが、聞いてくれ……」
――――――――――――――――
「……にわかには信じがたい話ですね。それは間違いないのですか?」
全ての話を聞いたノニは、流石に平静を保つことができずにいた。
・ 本来、生物には繁殖のための生態として、男性と女性という性別が存在する。しかし、現在のエルフたちは全員が女性体である。
・ エルフを始め、この大陸に住む全ての種族たちは、何者かにより作られた生命体……ホムンクルスであると考えられる。
・ 人口減少の原因は、何かしらそのホムンクルスの製造元で起きている問題のせいではないかと推察される。
・ そして、それら全ての情報をもたらす要因となったのが、ゼフィラが召喚の儀で招き寄せた人形の魂……ケイという男性である。
長年ゼフィラが挑んできた伝説の儀式が成功したというだけでも驚くべきことであるのに、それをキッカケに、自分たちの生命の在り方さえ揺らぐような話が出てきてしまった。
「真実であると証明できる証はない。が、儂は八割方、間違いないと考えておる」
「そう……ですか。そのケイという人物……人形は、今もフラウの村にいるのですか?」
「もちろんじゃ。元気にパンとか風呂とか作っとるよ」
目を細めて笑うゼフィラの表情に、ノニは心中で驚きを隠せなかった。
あの生真面目なゼフィラに、ここまで柔らかな表情をさせるケイという人形に、強い興味が湧く。
「パンは分かりますが、風呂とは……?」
「……興味があれば、アルメリアに聞いてみるといい。あ奴め最近、風呂のことしか考えとらん節があるのでな」
「あの研究熱心なアルメリアが、そこまで執心するとは……相当に奥深いものなのでしょうね……」
ああ、まあ、うん、そうじゃの、と歯切れの悪いゼフィラの様子に首を傾げるノニ。
と、そんなやり取りを完全に無視して、今まで黙っていたリオンが口を開いた。
「なあ、ゼフィラ様。正直、あんまりよく分かってないんだけどさ。もしアタシたちがホムンクルスってやつだったとして、今、アタシたちがやるべきことは変わるのか?」
リオンの紅い瞳が、真っ直ぐにゼフィラを射抜く。
「……いや、今のところは特に変わらんの。まずは全員で生き延びる。全てはそこからじゃな」
「そうか、なら悩んでも仕方ない。アタシはアニムの村を守ることに全力を尽くすだけだ」
見方によっては、思考放棄とも取れるだろう。
だが、本当に大事なことだけは見失わない、まったくブレることのない、真っ直ぐな心根。
「くふふ……お主のそういうところ、嫌いではないぞ?」
どこかホッとした様子のゼフィラ。
その様子に、ノニは多少なりとも平静を失っていた己を恥じた。
胸元を押さえて深く息を吐くと、冷静に頭を切り替える。
――エルフ種の存続のため、まずは魔獣の討伐だ。




