第13話 出発
学校が終わった後の帰り道。
アルメリアの言っていた、アニムの村への救援の話が伝わったのか、村の雰囲気が慌ただしい。
近所の人と集まって噂話をしている人、救援隊の荷物と思しきものをまとめている人、皆がなんとなく浮足立っている。
そんな中、ティリアと僕は、お店の前で何やら荷物を広げている、道具屋のエーリカに出会った。
「おや、ケイにティリア、いま帰りかい?」
いつもと変わらず、飄々とした態度のエーリカの頭上には、魔道具と思われる丸い物体がフワフワと浮いている。
エーリカは風魔法の達人でありながら、魔道具にも精通しているので、日頃から色々な魔道具の開発を行なっている……のだが、僕が見る限り、大体何の役に立つのか分からないものが多い。
「エーリカ、こんにちは。とりあえずその頭の上に浮いてるの何?」
僕の言葉に、エーリカは待ってましたとばかりに笑みを浮かべる。
「こいつは私の開発した、偵察用魔道具『鳥の目』だ。明日からの遠征に使えそうなんで、試運転中さ」
エーリカが合図をすると、頭上に浮かんでいた球体が、高度をあげて飛んで行った。
それを見送ったエーリカは、ゴーグルのような眼鏡を装着する。こちらから見ても、眼鏡の薄い硝子部分に何やら光点のようなものが、いくつも写っているのが確認できた。
「上空に飛ばした本体が、周囲の魔力反応を探知して、私の眼鏡に位置情報を送ってきてるんだ。これでこの周囲にいるエルフとか魔獣の位置が把握できるって寸法さ」
おお……レーダーみたいな役割ができるってことか。それは凄いな。飛ばしているのは、風魔法を使ってるのかな?
「そうだよ。基本的には魔道具に風魔法を封じ込めておいて、それを私の命令で発動させてる感じかな」
「え?それって、まさか遠隔操作してるってことなの?」
驚いた僕の様子に気付いたエーリカが、ニヤリと笑う。
「やっぱりケイはいいね。ちゃんと重要な観点が分かってる。そう、この魔道具が凄いのはそこだ。風魔法に指向性を持たせた魔力を乗せて、離れている『鳥の目』へ魔力のラインを繋いで操作しているんだよ」
そんな事が出来るのか。やっぱり賢者と呼ばれるだけのことはあるんだな。
空から戻ってきた魔道具を興味深げに見ている僕に、エーリカが顔を寄せてくる。
「興味あるなら、今度、詳しくレクチャーしてあげるよ。ところで、代わりと言ってはなんだけど、今度ケイを分解……じゃない、解体……でもない、えっと、うーん……遠回しに言うと、ちょっと中身見せて?」
「……いったい、どこを遠回ったの?」
一直線にも、ほどがあるでしょ……
ほら、僕を抱いたティリアが、ドン引きして後ずさってる。
「えっと……エーリカ様?そういうのはちょっと……」
「あ、いやいや、違うんだって!そんなんじゃないから!痛くしないから!ホント、ちょっとだけ、ちょっとだけ!」
不審者以外の何者でもないエーリカの態度に、ティリアの表情が「無」になる。
すごいな、あの無邪気なティリアにここまでの表情をさせる人は初めてだ。
「エーリカ様、失礼しますね。この件についてはゼフィラ様にご報告させていただきます」
「あ、ちょっと待ってティリア!なんで、そんな子供らしくない丁寧口調なの!? ティリアー!?」
ティリアは僕を抱いたまま、ものすごい早足でその場を後にする。
じゃあね、エーリカ。明日から頑張ってきて。
あと、ゼフィラから怒られるかもだけど、それは甘んじて受け入れてね。
――――――――――――――――
「あ! お母さん、ただいま!」
僕とティリアが帰宅すると、ちょうど外出から戻ってきたらしいシレネと鉢合わせをした。
「あら、ティリア、ケイちゃん、おかえりなさい」
いつも通り、ニコニコと優しそうな笑みを浮かべたシレネがティリアを出迎える。
仲の良い2人の姿を見ていると、ルティスに聞いたアレやコレやが疑わしくなってくるな……
「お母さん、どこに行ってたの?」
「ミモザの所よ。もうティリアたちも話は聞いたのかしら? 明日からゼフィラ様たちがアニムの村に出掛けることになるから、ちょっと打ち合わせをしてたの」
なるほど、やっぱり留守を守る側の人たちとしても、色々とやることがあるのだろう。
詳しく話を聞くと、ゼフィラがいない場合には、残った四賢者の誰かが、族長代行として村を取りまとめるのが習わしとのこと。
そして今回は、シレネがその役目を負うらしい。
「ティリアたちは直接学校から帰ってきたの? 村のみんなの様子はどうだったかしら?」
「うーん、何だかみんなソワソワしている感じだったかな……あと、エーリカさんがちょっと変なこと言ってた」
ティリアと並んで家に入ろうと、ドアのノブに手を掛けていたシレネの動きが、ピタリと止まった。
「……エーリカは、何て言ってたの?」
「え? えっと、ケイちゃんを解体……とか何とか?」
「ティリア、お母さんは用事を思い出したから、ちょっと出掛けてくるわね」
くるりと回れ右をすると、シレネは僕たちを置いて、再び村の中へと歩き去って行った。
――しばらく後に、道具屋の方向から誰かの悲鳴が聞こえた気がするけど、ひとまず聞こえないフリをしておく。
エーリカ、明日、大丈夫かなあ……
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その夜、僕はゼフィラに、いつもの地下室へと呼び出された。
既に何度となく訪れたゼフィラの研究室は、雑然としながらも、あるべきものがあるべき所にあると感じられるくらいには見慣れてきている。
そして、いつも通り僕はゼフィラに抱き上げられた。
「ケイよ、あの話を他の村の族長に伝えようと思う。アニムの族長は話せる状態に回復できるか分からんが、最低限の情報共有は必要じゃろう」
あの話……祠で聞いたホムンクルスの件だ。
結局、今のところハッキリとした裏付けまでは取れていない段階だが、ゼフィラにとっては、信じるに値する状況証拠はあると考えているらしい。
村人たち全員に話を伝える前に、まずはそれぞれの村のトップと、話を共有しておこうということなのだろう。
「本当なら、ケイにも同行してもらいたい所なのじゃが、今回はそんな状況でもないのでな。それはまた今度じゃ」
確かに僕がいる方が、説明する際に多少なりとも信憑性が上がるとは思うが、今回はそれどころではないみたいだ。
「うん、わかった。くれぐれも気をつけてねゼフィラ。魔獣と戦うことになるんでしょ?」
「ふむ。まあ、アルメリアとエーリカもおるし、その辺りは何とでもなるじゃろうよ。ただ、最近の魔獣の動きは今までにないものじゃからの、今の内にこちらから攻め込んで、今度こそヤツの首を取ってやるわ」
ヤツとは『エルフ喰い』のことだろう。
エルフの天敵とも言える、凶暴な魔獣……
「そんなに心配するでない。それより儂らがいない間、ティリア達の面倒を頼むぞ。何かトラブルがあったとしても、ミモザとシレネがいるから心配ないと思うが、子供たちの気持ちの問題は別じゃからの。気をかけてやってくれ」
「……わかったよ。こっちのことは心配しないで行ってきてくれ。ティリア達は僕がちゃんと面倒見ておくよ」
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「くふふ……頼もしいの。まかせたぞ」
まかせろという意思を込めて、ゼフィラの胸元をポンポンと叩く。
微笑んだゼフィラが、「お、そうじゃ忘れておった」と、何かを思い出したように手を叩いた。
「ティリアから話は聞いたぞ。エーリカのやつは、しばいておいたからの」
ああ……うん。
エーリカ……明日、ダメかもしれないな。
――――――――――――――――
翌日の朝、快晴の空の下、ゼフィラたちを含む救援隊が村の入り口に集結する。
ゼフィラ、アルメリア、そしてなぜか頭にタンコブを作ったエーリカ。その他要員を合わせて20人ほどの隊列だ。
特に悲壮な雰囲気があるわけではないが、皆が引き締まった表情で、これから挑む荒事に対する覚悟が見て取れた。
「さて、では行くかの。留守はたのんだぞ」
ゼフィラの気負いのない号令のもと、隊列が揃って出発していく。
「みんな頑張って!早く無事に帰ってきてね!」
僕がティリアの腕の中で愛想よく手を振ると、隊列みんなの表情が少し緩む。
ゼフィラが、アルメリアが、エーリカが、それぞれ笑顔で手を振り返してくれた。
全員、何事もなく、無事に帰ってきてくれることを祈るばかりだ。




