神の名の下に
王都ルミナス。
その中心部、王城の奥。
かつては王の私的な会議室であった場所は、今や別の意味を持っていた。
枢密院。
王国の意思を決定する新たな機関。
その扉の前には、騎士ではなく、神官たちが立っている。
静かに。
だが、確実に。
この国の重心は変わりつつあった。
⸻
室内には、重い空気が満ちていた。
円卓。
そこに座るのは、王国の重臣たち。
貴族。
将軍。
そして――教会。
赤衣の男。
枢機卿が、静かに口を開く。
「グランデールの件、すでに報告は受けておりますな」
穏やかな声。
だが、場の全員がその言葉に反応する。
誰もが知っている。
そして、触れたくない話題。
「剣聖ガルド」
その名を、あえて出す。
わずかなざわめき。
抑えきれない動揺。
「……死してなお、王国に刃を向ける存在」
静かに続ける。
「これを、放置するおつもりですかな」
視線が動く。
勇者レオンへ。
だが、レオンは沈黙している。
発言権はある。
だが、この場は“議論”の場。
まずは出させる。
それを理解している。
代わりに、一人の貴族が口を開いた。
「現状、戦力が足りん」
苦い声。
「死霊王に加え、剣聖まで相手にする余裕はない」
事実。
否定しようがない。
枢機卿は、頷く。
「ええ、承知しております」
あっさりと認める。
だが。
「だからこそ、です」
言葉を重ねる。
「これはもはや、“戦争”ではない」
一拍。
「異端の排除です」
空気が、変わる。
その言葉は、重い。
戦争ではない。
つまり。
別の論理で動くということ。
「死霊王」
「アンデッドの軍勢」
「そして、かつての剣聖」
一つずつ並べる。
「これらはすべて、“神の理から外れた存在”」
静かに断じる。
誰もすぐには反論できない。
理屈としては、通っている。
「ならば」
枢機卿は、わずかに微笑む。
「対処するのは、我々の役目でしょう」
教会。
その領分。
それを、明確に言い切った。
ざわめきが広がる。
「……教会が、動くというのか」
警戒を含んだ声。
枢機卿は頷く。
「ええ」
迷いなく。
「すでに準備は進めております」
その言葉に、数人が顔をしかめる。
事後承認。
つまり。
すでに動いている。
「何を、するつもりだ」
低い声。
問い詰めるように。
だが、枢機卿は動じない。
「大したことではありません」
穏やかに言う。
「調査と、対抗手段の確立」
言葉だけなら、問題はない。
だが。
それを信じる者は、少ない。
「聖女の力も、お借りすることになるでしょう」
その一言で、空気が凍る。
レオンの目が、わずかに動いた。
初めての反応。
「……エリシアを使う気か」
静かに問う。
だが、その声には明確な圧があった。
枢機卿は、笑みを崩さない。
「使う、とは人聞きが悪い」
軽く首を振る。
「聖女は、神に仕える身」
「その力を正しく用いるだけです」
正論。
だからこそ、厄介。
「死霊王という“異端”に対し、最も有効なのは神の力」
「違いますかな?」
誰も、否定できない。
それが事実だから。
レオンは沈黙する。
考えている。
ここで拒否するか。
それとも。
許容するか。
だが。
完全に止めることはできない。
今の王国は、教会の支援なしには立っていられない。
復興。
治癒。
民心。
すべてにおいて。
「……範囲を限定しろ」
やがて、レオンが口を開く。
「王都内、および周辺に限る」
条件提示。
「グランデールへの直接的干渉は認めない」
線を引く。
はっきりと。
枢機卿は、その言葉を聞いて――
満足げに頷いた。
「ええ、もちろん」
あっさりと受け入れる。
だが。
その目は笑っていない。
「現時点では、それで十分です」
“現時点では”
その一言が、静かに残る。
誰もが、それに気づく。
だが。
今は、踏み込めない。
均衡は、まだ保たれている。
だが。
確実に。
何かが動き始めている。
⸻
会議が終わる。
人々が去っていく。
最後に残ったのは、枢機卿だけだった。
静かな部屋。
その中で、彼は小さく息を吐く。
「……剣聖ガルド」
その名を、もう一度口にする。
興味深そうに。
「死霊王アレイン」
さらに一つ。
並べる。
「そして、勇者レオン」
指で机を軽く叩く。
リズムのように。
「均衡、ですか」
小さく笑う。
「つまらない」
その声には、わずかな本音が混じっていた。
静かな世界。
動かない力。
停滞。
それは、彼にとっては“良くないもの”だった。
「少し、動いていただきましょう」
誰にともなく、呟く。
神の名のもとに。
その意思が、本当に神のものかは――
誰にも分からない。




