祈りは届かない
王都ルミナスの一角。
再建された大聖堂には、静かな光が満ちていた。
高い天井。
色硝子から差し込む朝の光。
焼け落ちた過去を感じさせないほど、そこは整えられている。
人々は列をなし、祈りを捧げていた。
復興。
癒し。
救済。
誰もが、それを求めている。
その中心に、一人の少女がいた。
エリシア。
聖女。
純白の衣に身を包み、静かに祈りを捧げている。
その姿は、変わらない。
数年前と。
あの戦いの前と。
ただ一つ。
その祈りが、誰に向けられているのか。
それだけが、変わっていた。
祈りが終わる。
ゆっくりと目を開く。
人々は安堵したように息を吐き、頭を下げる。
聖女の祈り。
それは、今や王国にとって欠かせない“力”となっていた。
「……お疲れ様です」
神官が声をかける。
エリシアは小さく頷く。
だが。
そのときだった。
「……聖女様」
別の声。
少し緊張を含んだもの。
振り返る。
そこには、見慣れた顔があった。
王城付きの使者。
「勇者様より、お話が」
その一言で、理解する。
ただ事ではない。
⸻
玉座の間。
エリシアは静かに歩いていた。
足音が響く。
かつて、三人で並んで歩いた場所。
レオン。
そして――
ガルド。
自然と、記憶が蘇る。
前を歩く背中。
何も言わずに敵を斬り伏せる姿。
振り返って、短く言う。
「遅れるな」
それだけ。
それだけだったのに。
不思議と、安心できた。
足が止まりそうになる。
だが、止めない。
今は違う。
扉が開く。
中へ。
レオンがいた。
いつもの場所に。
だが、いつもとは違う空気。
「……来たか」
短い言葉。
エリシアは頷く。
「何か、あったのですね」
問い。
レオンは一瞬、言葉を選ぶ。
ほんのわずか。
だが。
それだけで、十分だった。
「……グランデールに接触した部隊が壊滅した」
事実。
感情は乗せない。
だが。
それでも重い。
エリシアの指先が、わずかに震える。
「……そう、ですか」
静かに受け止める。
予想していた。
ある程度は。
だが。
次の言葉は、予想していなかった。
「……一体に、やられた」
沈黙。
理解が追いつかない。
「……一体?」
確認する。
レオンは頷く。
そして。
「名を、名乗ったらしい」
一拍。
その一瞬が、やけに長く感じる。
そして。
「……ガルド」
世界が、止まる。
音が消える。
呼吸が、浅くなる。
エリシアは、何も言えなかった。
言葉が出ない。
理解してしまったから。
意味を。
それが何を指すのかを。
「……間違いでは、ないのですか」
かろうじて絞り出す。
声が震える。
抑えきれない。
「剣の特徴が一致している」
レオンは言う。
「無駄のない剣」
「見えたときには終わっている」
一つずつ。
突きつけるように。
「……あいつだ」
断言。
逃げ道はない。
エリシアは、俯いた。
白い手が、強く握られる。
震えている。
止まらない。
「……生きて、いたのですね」
違う。
分かっている。
“生きている”わけではない。
それでも。
そう言うしかなかった。
「……違う」
レオンは否定する。
静かに。
「生きてはいない」
現実。
残酷なほど、はっきりと。
エリシアは目を閉じた。
思い出す。
三人で戦った日々。
笑ったことは、少なかった。
だが。
確かにあった。
あの時間が。
「……会いに行きたい、ですか」
不意に、レオンが言う。
問い。
試すようなものではない。
ただの確認。
エリシアは、すぐには答えなかった。
長い沈黙。
その間に、何度も考える。
行けば、何かできるのか。
戻せるのか。
救えるのか。
――違う。
分かっている。
それは、自分のためだ。
ガルドのためではない。
ゆっくりと、目を開く。
「……いいえ」
小さく答える。
「行きません」
はっきりと。
レオンは何も言わない。
その答えが、どういう意味を持つのか。
理解しているから。
「……あの人は」
エリシアは続ける。
「もう、選んでいます」
一拍。
「私たちが、どうこうできる存在ではありません」
それは、諦めではない。
理解。
受け入れ。
そして。
線引き。
聖女として。
一人の人間として。
その上で。
「……だからこそ」
小さく息を吐く。
「私は、祈ります」
それしかできない。
それだけしか、許されていない。
レオンは、わずかに目を伏せた。
「……ああ」
短く答える。
それでいい。
それが、今の最善。
沈黙が落ちる。
だが。
先ほどまでとは違う。
少しだけ、整理された沈黙。
エリシアは静かに頭を下げる。
「失礼します」
踵を返す。
歩き出す。
一歩。
また一歩。
止まらない。
止まれば、崩れる。
だから。
歩き続ける。
大聖堂へ戻る。
祈るために。
誰のためかは、分からない。
それでも。
祈るしかない。
それが、聖女だから。
外では、光が差していた。
王都ルミナスは、今日も動いている。
復興の中で。
痛みを抱えたまま。




