死線
戦場は、すでに原形を失っていた。
雪原は消え。
あるのは黒く濁った泥と血。
砕けた骨。
焼け焦げた肉。
折れた槍と剣。
死体の山。
その上を、さらに死者たちが踏み越えていく。
戦いは止まらない。
いや。
時間が経つほど激しさを増していた。
「押し込め!!」
第1将バルグ=ゼディアの咆哮。
巨大な戦斧が振り下ろされる。
衝撃。
アンデッド兵が十数体まとめて吹き飛ぶ。
鎧ごと砕け。
骨片となって散乱する。
だが。
その空いた穴を、即座に後続が埋める。
槍。
剣。
矢。
一斉に魔王軍へ叩き込まれる。
低位アンデッド。
本来ならば恐れるに足らぬ存在。
しかし。
数が違う。
装備が整っている。
統率されている。
そして何より――恐怖がない。
死を恐れず。
痛みもなく。
ただ前進する軍勢。
魔族兵たちですら、次第に顔色を変え始めていた。
「まだ来るのか……!」
「切っても止まらん!!」
叫び声。
重装兵が槍兵を叩き潰した直後。
別方向から剣が突き刺さる。
魔族兵の脇腹へ深く食い込む。
「ぐっ……!」
反射的に相手を斬る。
だが。
その間にさらに三体。
四体。
アンデッドが取り付く。
腕に噛みつき。
脚へしがみつき。
動きを止める。
「離れろォ!!」
戦斧が味方ごと振り下ろされる。
肉と骨がまとめて砕け散る。
乱戦。
完全な消耗戦だった。
右翼。
第5将グラド=メイガ率いる狼騎兵が再び突撃を敢行する。
「中央を裂くぞ!!」
高速機動。
雪煙を巻き上げながらアンデッド軍へ突っ込む。
先頭の騎兵が次々と死者を轢き潰す。
長剣が閃き。
首が舞う。
しかし。
今度は違った。
アンデッド側も対応している。
左右から槍兵が密集。
馬の脚を狙う。
一本。
二本。
何十本もの槍が突き立つ。
狼型魔獣が悲鳴を上げて転倒。
その瞬間。
無数のアンデッドが群がった。
騎兵が引きずり落とされる。
剣で数体を切り裂く。
だが。
腕を掴まれる。
脚を押さえ込まれる。
そして。
無数の刃が叩き込まれた。
「がぁぁぁっ!!」
血飛沫。
肉片。
瞬く間に飲み込まれる。
グラドが舌打ちする。
「鬱陶しい死体どもが……!」
再突撃を命じようとした、その時。
空気が変わった。
前線中央。
剣圧。
爆発のような衝撃。
魔族兵たちがまとめて吹き飛ぶ。
ガルド。
元剣聖。
その剣が戦場を切り裂いていた。
一閃。
重装兵三人の胴が同時に裂ける。
返す刃。
槍兵の首が飛ぶ。
さらに踏み込み。
剣圧だけで後方兵が吹き飛ばされる。
「止めろ!!」
「囲めぇ!!」
魔王軍が殺到する。
だが。
止まらない。
ガルドは前へ出る。
死者の軍勢を押し返そうとする魔王軍の楔を、逆に切り裂いていく。
その周囲だけ、明らかに戦況が違う。
しかし。
魔王軍もまた精鋭。
すぐに対応が変わる。
「魔導部隊、集中砲撃!!」
リュゼリアの命令。
上空に巨大な魔法陣が展開される。
次の瞬間。
雷。
炎。
闇槍。
無数の高位魔法がガルドへ降り注いだ。
轟音。
爆発。
黒煙。
周囲のアンデッドごと吹き飛ばされる。
大地が抉れた。
数十メートル規模の爆裂。
魔族兵たちすら距離を取る。
「今度こそ――」
その瞬間。
黒煙が裂けた。
ガルド。
片腕の鎧が吹き飛び。
身体の一部が抉れている。
それでも。
立っていた。
そして。
前へ出る。
「……化け物か」
グラドが呻く。
ガルドは答えない。
ただ剣を構える。
だが。
全体を見れば。
やはり押されているのはアンデッド軍だった。
十万という数。
それでも。
魔王軍は崩れない。
質が違う。
個の戦闘力。
連携。
魔法支援。
すべてが高水準。
アンデッドは確実に減っていく。
前線は少しずつ後退。
グランデールへ近づいていた。
城壁上。
アレインはその全てを見下ろしている。
無言。
感情も見せない。
だが。
その周囲の魔力が、わずかに揺れ始めていた。
一方。
魔王もまた、動かない。
玉座のように設けられた黒き椅子に腰掛け。
頬杖をつきながら戦場を見ている。
その目。
ただ一人を見据えていた。
アレイン。
互いにまだ動かない。
だが。
戦場全体が理解し始めていた。
本当の戦いは――
まだ始まってすらいない。




