迎撃
グランデール。
死者の街。
その最上部、城壁の上にアレインは立っていた。
灰色の空。
吹き抜ける冷たい風。
その瞳は、遥か北を見据えている。
やがて。
ガルドが静かに膝をつく。
「……来ます」
短い報告。
アレインは動かない。
ただ。
「数は」
淡々と問う。
「確認できるだけでも二万五千前後」
ガルドの声も低い。
「中央に魔王。各将も随伴しております」
空気が重くなる。
城壁の周囲に立つアンデッド兵たち。
誰も声を発しない。
ただ、命令を待っている。
アレインは、ゆっくりと目を閉じる。
そして。
「……迎撃する」
それだけ。
命令は即座に全軍へ伝達された。
グランデール内部。
鐘が鳴り響く。
だが、生者の街のような混乱はない。
秩序だった動き。
静かな準備。
アンデッド兵たちが次々と持ち場へ向かう。
十万弱。
それが、現在の死霊軍。
ただの亡者ではない。
グランデールは、すでに一つの国家だった。
鍛冶場は稼働し続け。
武具工房も存在する。
かつての住民たち。
死してなお働く職人たちによって。
装備は維持されていた。
低位アンデッドですら。
粗末な布切れではない。
鉄鎧。
槍。
剣。
弓。
統一された装備。
統率。
規律。
まるで正規軍。
いや――数だけなら、すでに王国軍を超えている。
そして。
アレインは、さらに命じる。
「……市街戦にはしない」
ガルドが顔を上げる。
「住民を巻き込む必要はない」
元グランデール住民。
アンデッド化した彼ら。
戦力には数えない。
それがアレインの方針だった。
「場外で迎え撃つ」
「は」
ガルドは即座に立ち上がる。
指揮官として動き始める。
「第一軍、前進」
「第二軍、左翼展開」
「弓兵隊、丘陵部へ」
アンデッド軍が動く。
足音だけが響く。
叫び声はない。
恐怖も、興奮もない。
ただ命令通りに。
淡々と。
死の軍勢が、城外へ広がっていく。
その先。
雪原の向こう側。
黒い波が見える。
魔王軍。
整然とした陣形。
中央には巨大な旗。
魔王の紋章。
その魔力だけで空気が歪む。
両軍。
距離、数キロ。
だが。
すでに互いの存在感は感じ取っていた。
死の気配。
圧倒的魔力。
それらが雪原でぶつかり合う。
やがて。
魔王軍が停止する。
中央。
漆黒の外套を纏う魔王が前へ出る。
その視線。
一直線に、城壁上のアレインへ。
「……あれが」
第2将リュゼリアが小さく呟く。
「死霊王」
禍々しい。
だが、静かだ。
威圧感だけが異常。
一方。
ガルドもまた前線から魔王を見据えていた。
「……凄まじい魔力ですな」
「当然だ」
アレインは短く返す。
「魔王だ」
それ以上の感想はない。
恐れも。
侮りも。
ただ、事実として認識している。
そして。
魔王が、一歩前へ出た。
声が響く。
「アレイン」
低く。
だが戦場全体へ届く声。
「ようやく会えたな」
城壁上。
アレインはゆっくりと視線を向ける。
「……お前が魔王か」
静かな返答。
「随分と好き勝手してくれた」
魔王が笑う。
「我が将を二人も落とされてはな」
「邪魔だったから殺した」
即答。
周囲の魔族たちの空気が変わる。
怒気。
だが。
魔王だけは笑みを崩さない。
「なるほど」
面白そうに。
「気に入った」
一歩。
さらに前へ。
「配下になれ、アレイン」
突然の言葉。
ガルドの目が細まる。
魔族たちもざわつく。
「死者の軍勢。実に良い」
魔王は続ける。
「我が軍に加われば、大陸はすぐに終わる」
だが。
アレインの返答は、一瞬だった。
「断る」
即答。
沈黙。
次の瞬間。
魔王の笑みが、深くなる。
「……そうか」
残念そうですらある。
そして。
空気が変わる。
魔力。
双方から膨れ上がる。
雪が舞い上がり。
大地が軋む。
ガルドが剣を抜く。
魔王軍も武器を構える。
両軍。
完全に臨戦態勢へ入る。
魔王は最後に言う。
「では――力で従わせる」
アレインもまた。
ゆっくりと剣を抜いた。
「……やれるものならな」
次の瞬間。
開戦の角笛が、雪原へ響き渡った。




