押し流される決断
王城、会議室。
以前とは、空気が違っていた。
南方奪還以降――
教会の発言力は、明らかに増している。
席に着く貴族たちの視線。
その多くが、同じ方向を向いていた。
枢機卿。
その背後に連なる教会勢力。
「……本日は、意見書が提出されております」
進行役の声が響く。
羊皮紙が広げられる。
「グランデール領の奪還について」
ざわめき。
だが、驚きは少ない。
すでに根回しは済んでいる。
「アンデッド、およびリッチに支配された土地を放置することは――」
読み上げが続く。
「魔王軍に占拠されているのと同義」
はっきりとした断定。
「よって、速やかな軍事行動を提案する」
沈黙。
その言葉が、場に落ちる。
「……反対だ」
すぐに、レオンが口を開く。
迷いはない。
「現状、戦力は消耗している」
事実を並べる。
「北方は辛うじて持ちこたえたに過ぎん」
「南方も、教会の力に依存した結果だ」
視線を向ける。
枢機卿へ。
「今、新たな戦線を開くべきではない」
明確な否定。
その横で。
「……私も反対です」
聖女が静かに続く。
「グランデールの現状は不明瞭です」
「軽々に手を出すべきではありません」
理にかなった意見。
だが――
「しかし」
別の声が上がる。
南方貴族の一人。
「今こそ、好機ではないか」
次々と声が続く。
「南方は奪還された」
「勢いがある今、北も取り戻すべきだ」
「民もそれを望んでいる」
賛同の頷き。
数が、多い。
レオンの眉がわずかに動く。
「……勝算はあるのか」
冷静に問う。
その問いに、答えたのは枢機卿だった。
「ございます」
迷いなく。
「実験兵器のさらなる投入」
一拍。
「加えて――情報がございます」
場の視線が集まる。
「魔王軍は現在、軍備を整えております」
静かに言う。
「そして」
ゆっくりと。
「グランデールへ進軍する動き」
ざわめきが広がる。
「……確かなのか」
重臣が問う。
「はい」
枢機卿は頷く。
「さらに――魔王自ら出陣するとの情報」
空気が凍る。
魔王。
その存在の重み。
「……ならばなおさらだ」
レオンが言う。
「その戦場に踏み込むなど――」
言いかけて。
止まる。
視線が、ぶつかる。
賛成派の数。
明らかに多い。
それでも。
レオンは、立ち上がる。
ゆっくりと。
そして――
闘気を放つ。
空気が、変わる。
重圧。
呼吸が詰まる。
何人かの貴族が、言葉を失う。
沈黙。
強制される。
力による支配。
だが。
「……それでも」
声が上がる。
南方貴族。
顔を歪めながらも、踏みとどまる。
「今、取り戻さねばならぬのです!」
続ける。
「我らの土地を!」
「民を!」
その声に、他の者たちも続く。
「機を逃せば、二度と戻らぬやもしれぬ!」
「教会の力がある今ならば!」
闘気の圧の中で。
それでも、声は消えない。
レオンの目が細くなる。
止められない。
この流れは。
力だけでは。
枢機卿が、静かに口を開く。
「魔王軍と死霊王」
淡々と。
「両者がぶつかるでしょう」
全員が聞く。
「その戦いを見守り」
一拍。
「弱った方を叩く」
冷酷な戦略。
「それにより」
ゆっくりと視線を巡らせる。
「大陸の脅威は、一挙に取り除かれます」
誰も、すぐには否定できない。
合理的。
そして、魅力的。
レオンは、黙る。
言葉が出ないのではない。
出しても、届かないと分かっている。
味方もいる。
だが、足りない。
数が。
流れが。
すでに決まっている。
静かに。
ゆっくりと。
闘気が収まる。
重圧が消える。
それが意味するもの。
敗北。
「……」
レオンは目を閉じる。
そして、開く。
「……認める」
短く。
それだけ。
決定だった。
ざわめきが広がる。
賛成派の安堵。
あるいは、勝利の色。
会議は終わる。
だが。
その決断がもたらすものは――
まだ、誰にも見えていなかった。




