静かな戦い
謁見の間。
空気は、張り詰めていた。
剣を交える戦いではない。
だが――
これは紛れもなく“戦い”だった。
言葉と立場、そして正義を巡る戦。
玉座の前。
レオンは静かに座している。
その下に並ぶ重臣たち。
そして正面には――
枢機卿。
大司教らを従え、堂々と立っている。
沈黙。
先に口を開いたのは、枢機卿だった。
「此度の南方奪還――」
穏やかな声。
だが、どこか誇らしげに。
「すべて、神の導きによるものにございます」
ゆっくりと視線を巡らせる。
「我ら教会が積み重ねてきた研鑽」
一拍。
「そして――実験の成果」
はっきりと、言い切った。
ざわめき。
だが否定の声は上がらない。
「第三大将カイゼル=ロドゥスの討伐」
「南方全域の奪還」
言葉を重ねる。
「これらすべては――我らの手によるもの」
誇示する。
隠しもしない。
むしろ。
正面から押し出す。
「証明されたのです」
視線が、レオンへ向く。
「我らの研究は、正しかったと」
静かな圧。
レオンは動かない。
ただ、聞いている。
枢機卿は続ける。
「無論」
わずかに表情を緩める。
「王都での一件につきましては、深く遺憾に思っております」
形式的な謝意。
だが。
「被害に遭われた方々には」
手を広げる。
「教会の財より、十分な補償を行う用意がございます」
はっきりと。
金で償う。
そう言っている。
重臣たちの間で、小さく頷く者が出る。
現実的な対応。
否定しにくい。
「……ふむ」
一人の老臣が口を開く。
「結果として、南方は取り戻された」
事実を述べる。
「それも、完全に」
別の者が続く。
「我らでは成し得なかった成果だ」
声が増えていく。
「功績は、認めるべきではないか」
「教会の力があってこそ、今がある」
次第に。
流れが、できていく。
賛美。
肯定。
それが多数派になる。
さらに。
南方から逃れてきた貴族たち。
その何人かが、前に出る。
「……我らの領地は、戻りました」
震える声。
「家も、民も……救われたのです」
深く頭を下げる。
「教会には、感謝しかございません」
重い言葉。
現実の重み。
それが、場を支配する。
レオンの胸中で、何かが軋む。
本来なら、裁くべきだった。
謹慎を破り、禁じた実験を強行した。
直近では王都にも被害を出した。
明確な罪。
政治的にも、削ぐべき勢力。
だが――
結果。
南方奪還。
しかも、完全な形で。
さらに、旧南方貴族たちの支持。
ここで処罰すれば、どうなるか。
分かりきっている。
混乱。
分裂。
王都は、さらに揺らぐ。
「……」
沈黙。
レオンは目を閉じる。
考える。
何が最善か。
何を守るべきか。
正しさか。
秩序か。
やがて。
ゆっくりと、目を開ける。
決断は、下された。
「……枢機卿」
静かな声。
だが、場を支配する。
すべての視線が集まる。
「今回の件」
一拍。
「教会の功績は、認める」
ざわめき。
肯定の声。
だが続きがある。
「一方で」
視線が鋭くなる。
「王命に背き、独断で行動した事実も消えぬ」
枢機卿の目が、わずかに細まる。
だが、何も言わない。
「……だが」
レオンは続ける。
「現下の情勢を鑑み」
言葉を選ぶ。
「今回は――罪は問わぬ」
決着。
それが告げられる。
空気が揺れる。
「教会の政治活動についても」
さらに続ける。
「これを認める」
明確に。
「明日より、出仕せよ」
完全な復帰。
それを意味する。
沈黙。
そして。
枢機卿が、ゆっくりと頭を下げる。
「……御意に」
その声には。
勝者の余裕が、滲んでいた。
重臣たちの多くが頷く。
納得。
あるいは、流れに従っただけか。
どちらにせよ。
決まった。
戦いは終わった。
だが――
静かな戦いの結果は。
決して、小さくはなかった。
王都の均衡は、変わった。
教会は、再び力を得た。
そしてレオンは。
玉座の上で、ただ静かに前を見ていた。
その選択が何をもたらすのか。
まだ、誰にも分からなかった。




