祝賀の裏側
王都。
夜。
王城の大広間は、かつてないほどの賑わいを見せていた。
南方奪還。
それを祝う宴。
煌びやかな燭台。
豪奢な料理。
音楽が流れ、貴族たちの笑い声が響く。
だが――
その空気の中心にいるのは、誰か。
一目で分かる。
「いやはや、枢機卿猊下のご功績、まさに神業にございますな」
杯を掲げる中年の伯爵。
その視線の先。
枢機卿。
柔らかな微笑を浮かべ、言葉を受け流している。
「神の導きに過ぎませぬ」
謙遜の形を取りながらも。
その場の視線は、すべて彼に集まっていた。
「いえいえ、あのカイゼル=ロドゥスを討ち取るとは……」
「もはや王国の柱は教会と言っても過言ではありますまい」
言葉は次々と投げかけられる。
称賛。
賛美。
露骨なほどに。
「今後とも、ご指導賜りたく」
「我が家も、教会の御方針に全面的に従う所存にございます」
頭を下げる貴族たち。
その数は、一人や二人ではない。
明らかに――流れができていた。
少し離れた位置。
レオンは、その光景を静かに見ている。
杯にはほとんど口をつけていない。
隣には、聖女。
そして、数名の重臣。
「……見事なものだな」
低く呟く。
皮肉とも、感心ともつかない声。
重臣の一人が苦笑する。
「風は、あちらにございますな」
視線を向ける先。
枢機卿の周囲は、人だかり。
対して。
こちらは、まばら。
「……致し方ありますまい」
別の重臣が言う。
「結果を出した者に、人は集まる」
事実。
それ以上でも以下でもない。
その時。
「殿下」
声がかかる。
振り向けば、ノルディア公爵――いや。
新たに大公となったヴァルドが立っていた。
「……いや、大公」
レオンが言い直す。
ヴァルドはわずかに首を振る。
「いまだ慣れませぬ」
短く笑う。
「このような大任……」
だが、その目には覚悟がある。
「北方防衛の功」
レオンが言う。
「当然の評価だ」
周辺所領の監督権。
それも含めて。
異例の昇格。
それが意味するもの。
ヴァルドは理解している。
「……教会への牽制、でございますか」
小さく、しかしはっきりと。
レオンは答えない。
だが。
沈黙が、それを肯定していた。
「……ありがたく、お受けいたします」
ヴァルドが頭を下げる。
「我らは、変わらず盾であり続けましょう」
その言葉に、レオンはわずかに頷く。
その時。
近くで別の会話が耳に入る。
「しかし、勇者様も大したものですな」
「ええ、過去の戦果を見れば……」
小声。
だが、聞こえる。
「今回の南方の件は……まあ、仕方ありますまい」
「ええ、相手が悪すぎた」
言葉は柔らかい。
だが。
どこか距離がある。
評価はしている。
だが、今の主役ではない。
そんな響き。
「それでも、あのお方に逆らう気は起きませぬがな」
「当然です。あの戦いぶりを見ておりますから」
小さく笑い合う。
敬意はある。
だが。
それは過去のもの。
今、この場の中心ではない。
さらに別の一角。
「公爵家も大公とは、随分と持ち上げられたものだ」
「王としても、均衡を取らねばならぬのでしょう」
「とはいえ……結局は教会の力がなければ、南は戻らなかった」
現実的な声。
冷静な分析。
それもまた、事実。
宴は続く。
音楽。
笑い声。
杯が交わされる音。
だが。
その裏で流れる力関係は、はっきりとしていた。
教会。
その影響力は、明らかに増している。
レオンは静かにそれを見ている。
何も言わない。
ただ。
すべてを受け止めている。
その視線の先。
枢機卿が、ふとこちらを見る。
目が合う。
一瞬。
微笑。
穏やかな。
だが、その奥にあるものは明確だった。
勝者の余裕。
レオンは、わずかに視線を逸らす。
杯を持ち上げる。
口には運ばない。
ただ。
その場に立ち続ける。
宴は、華やかに続いていた。
だが――
その裏で。
王都の力の均衡は、静かに変わっていた。




