圧倒
雪の中。
二つの存在が、静かに向き合う。
ゼルク=ハイド。
アレイン。
間にある空気が、張り詰める。
先に口を開いたのは、アレインだった。
「……退かないか」
淡々と。
感情のない声。
「ここを素通りするなら」
わずかな間。
「追わない」
それだけ。
交戦の意思すら、必要ないと言わんばかり。
その一言。
ゼルクの表情が、歪む。
「……は?」
低く。
そして。
怒りが、爆ぜる。
「舐めてんのか……!」
殺気が膨れ上がる。
魔力が暴れる。
抑えない。
最初から――全力。
「上等だ……!」
腕を振り上げる。
魔力が収束する。
空間が軋む。
地面が震える。
周囲の魔族すら、一歩引く。
「消し飛べ!!」
放つ。
高位魔法。
圧倒的な質量。
暴力そのもの。
光が、アレインを飲み込む。
轟音。
爆発。
雪も、地も、空気も巻き込んで吹き飛ばす。
戦場が揺れる。
「……っ!」
ガルドが目を細める。
その威力。
桁が違う。
周囲の魔族も、息を呑む。
「……今のは」
「直撃だぞ……」
黒煙が立ち込める。
視界が閉ざされる。
誰もが、結果を待つ。
そして。
煙が、ゆっくりと晴れていく。
そこに。
立っていた。
「……は?」
ゼルクの声が、止まる。
アレイン。
無傷。
衣の乱れすらない。
ただ、そこに立っている。
何事もなかったかのように。
静かに。
「……終わりか?」
問い。
ただの確認。
その一言。
次の瞬間。
アレインの姿が、消える。
否。
速すぎて、見えない。
気づいた時には。
目の前。
すでに、間合いの内。
「――」
ゼルクが反応する。
だが、遅い。
剣が振るわれる。
魔力を帯びた刃。
高位魔法と剣技の融合。
圧縮された一撃。
音すら、遅れる。
一閃。
それだけ。
次の瞬間。
ゼルクの体が、止まる。
時間が、止まったように。
そして。
ずれる。
静かに。
上半身と下半身が、分かれる。
血が、遅れて噴き出す。
「……あ、」
声にならない声。
そのまま。
崩れる。
雪の上に、落ちる。
終わりだった。
一撃。
あまりにも、あっけない。
戦場が、沈黙する。
誰も、動けない。
「……これほど、とは」
ガルドが呟く。
低く。
確かに驚きが混じる。
記憶にある強さ。
数年前。
勇者と戦った時。
あの時より――明らかに上。
「……さらに、強くなっている」
事実を認める。
そして。
魔族側。
静止していた兵たちが、我に返る。
「……副官に続いて」
「幹部まで……」
理解が、追いつく。
そして。
恐怖が、広がる。
「……無理だ」
「勝てる相手じゃない……!」
誰かが叫ぶ。
それが引き金になる。
「退け!!」
「退却!!」
一斉に崩れる。
統制などない。
ただ、生き残るために。
一目散に。
逃げる。
雪原を駆ける。
振り返らずに。
アレインは、追わない。
ただ、立っている。
興味を失ったように。
その背後で。
アンデッド軍が静かに止まる。
戦いは――終わった。
北方公爵家の城門前。
そこに残ったのは。
静寂と。
そして。
圧倒的な力の痕跡だけだった。




