死霊王の到来
空気が、変わる。
重い。
冷たい。
息をするだけで、肺が軋むような圧。
「……はは」
ゼルク=ハイドが、喉を鳴らす。
笑いが漏れる。
「なんだよ、これ」
感じている。
明確に。
この魔力。
桁が違う。
「……魔王様に近い」
思わず口にする。
驚き。
そして――興奮。
目が輝く。
「ははっ……いいね」
口元が吊り上がる。
戦場の奥。
雪煙の向こう。
“それ”は、歩いてきた。
ゆっくりと。
焦る様子もなく。
ただ、近づいてくる。
黒。
ローブ。
その奥にある、気配。
死。
濃密な死。
「……あれが」
ゼルクが呟く。
「リッチか」
噂は聞いている。
北方。
死霊。
王。
「面白い」
心からの言葉だった。
ガルドに、ちらりと視線を向ける。
「おい」
軽く呼びかける。
「お前の主を倒したら」
口角を上げる。
「俺の配下になれ」
軽い調子。
だが、本気だ。
価値を認めている。
ガルドは、わずかに口元を歪める。
ほんの僅か。
「……倒せたらな」
低く。
それだけ。
ゼルクが笑う。
「言うじゃねえか」
そして。
視線を戻す。
迫る存在へ。
アレイン。
その足取りは変わらない。
ゆっくりと。
一定で。
ガルドの横を通る。
一瞥もくれない。
ただ、前へ。
ゼルクへ向かって。
止まる。
数歩の距離。
対峙。
沈黙。
そして。
アレインが口を開く。
「……退け」
静かな声。
だが、よく通る。
戦場全体に響くような。
「退けば」
間。
「お前らに恨みはない」
淡々と。
「見逃してやる」
事実を述べるように。
それだけ。
周囲の魔族がざわめく。
「……何だと」
「見逃す、だと……?」
怒り。
侮辱。
当然だ。
ゼルクは、しばし沈黙する。
そして――笑う。
「……はは」
肩を揺らす。
「なるほどな」
納得したように。
「そう来るか」
顔を上げる。
目は鋭い。
完全に戦闘のそれ。
「普通ならな」
言う。
「避けるべき相手だ」
正直に。
この魔力。
危険。
明らか。
魔王軍としても、無視できない存在。
本来なら――交戦は避けるべき。
だが。
「……だがな」
一歩、踏み出す。
雪を踏みしめる。
圧がぶつかる。
「ここまで言われて」
笑う。
凶暴に。
「引くわけねえだろ」
魔族の誇り。
幹部としての立場。
そして何より。
欲。
「むしろ」
舌で唇を舐める。
「ここでお前を倒せば」
目が輝く。
「大手柄だ」
隠す気もない。
そのまま。
「自信もある」
断言する。
純粋な魔族。
生まれながらの強者。
「成り上がりのリッチに」
一歩、さらに近づく。
「負ける理由がねえ」
空気が、震える。
魔力がぶつかる。
黒と死。
二つの頂が、対峙する。
雪が、静かに降り続ける中で。
戦場は――新たな局面へと踏み込んだ。




