終劇
戦場の流れが、変わり始めていた。
じわり、と。
確実に。
アンデッド軍が前へ出る。
魔族を押し返していく。
理由は明確だった。
倒れても退かない。
恐怖がない。
そして何より――
一点。
ガルド。
その存在が、戦線をこじ開けている。
一振りごとに、数が消える。
踏み込むたびに、道ができる。
その穴を、アンデッドが埋める。
結果として、戦線が前へ進む。
「……押されているだと」
ヴァルグ=ディエスの声が低くなる。
あり得ない。
数も、質も、上のはずだ。
それなのに。
押されている。
理由は、分かっている。
視線が向く。
灰色の剣士。
「……あれか」
歯を鳴らす。
怒りと焦りが混じる。
だが、恐怖もある。
認めざるを得ない。
あれは――異常だ。
「……仕方ない」
吐き出すように言う。
腹を括る。
「俺がやる」
周囲が一瞬ざわつく。
だが止める者はいない。
止められない。
ヴァルグは前へ出る。
一直線に。
ガルドへ向かって。
その気配に。
ガルドが、わずかに顔を上げる。
動きが止まる。
周囲のアンデッドが道を開ける。
自然と。
二人の間に空間ができる。
戦場の中の、静寂。
雪が舞う。
「……お前か」
ヴァルグが口を開く。
息は荒い。
だが、目は逸らさない。
「剣聖、だと?」
わずかな嘲り。
だが、その奥にあるのは警戒。
ガルドは短く答える。
「そう呼ばれていたことはある」
声は低い。
冷たい。
「今は違う」
それだけ。
「主の犬か」
吐き捨てる。
「死体風情が」
挑発。
だが。
ガルドの目は揺れない。
「……口は達者だな」
静かに言う。
剣を構える。
それで十分だった。
空気が張り詰める。
ヴァルグも構える。
魔力を練る。
残りは、ほとんどない。
だが。
ここで退けば終わり。
「……来い」
低く言う。
次の瞬間。
同時に動く。
衝突。
火花。
剣と魔力がぶつかる。
ヴァルグが先に動く。
魔力を纏った爪撃。
連撃。
速い。
重い。
だが。
ガルドは動かない。
最小限で受け流す。
いなす。
そして。
一閃。
空気が裂ける。
ヴァルグが咄嗟に防ぐ。
だが、押される。
「ぐっ……!」
踏み止まる。
足が沈む。
雪が割れる。
「まだだ!!」
無理やり踏み込む。
魔法を重ねる。
中位魔法。
連続。
至近距離で放つ。
爆発。
煙が上がる。
視界が遮られる。
「終わりだ!!」
突っ込む。
その煙の中へ。
だが。
「甘い」
声。
近い。
次の瞬間。
視界が開ける。
ガルドが――目の前にいる。
無傷。
構えたまま。
「な――」
言葉が途切れる。
一閃。
斬撃が走る。
ヴァルグの体が、遅れて反応する。
胸を裂かれる。
「が……っ!」
後退。
血が雪に落ちる。
膝が揺れる。
だが、倒れない。
まだだと。
無理やり立つ。
「……っ、まだ……!」
魔力を絞る。
残りを、すべて。
だが。
遅い。
ガルドが踏み込む。
間合い。
完全に入る。
「終わりだ」
低く。
振るう。
一閃。
今度は、防げない。
深く。
正確に。
ヴァルグの体を断つ。
力が抜ける。
膝が崩れる。
「……く、そ……」
雪に倒れる。
視界が歪む。
遠ざかる。
音も、消える。
そのまま――動かなくなった。
静寂。
一瞬。
そして。
魔族側に動揺が走る。
「副官が……!」
「やられた……!」
流れが、完全に傾く。
アンデッドがさらに前へ出る。
押し潰す勢い。
ガルドは、ゆっくりと剣を下ろす。
息も乱れていない。
ただ、次を見据える。
その瞬間。
空気が、変わる。
ぞわりと。
嫌な気配。
上。
ガルドの視線が、わずかに動く。
遅い。
「——ああ、いいね」
声。
遠くから。
「やっと面白くなってきた」
ゼルク=ハイド。
その手が、振り下ろされる。
巨大な魔力。
圧倒的な質量。
高位魔法。
「落ちろ」
次の瞬間。
光が、落ちた。
直撃。
ガルドの位置に。
爆発。
轟音。
雪と土と肉片が舞い上がる。
衝撃波が戦場を揺らす。
アンデッドも魔族も関係なく吹き飛ばされる。
視界が白に染まる。
何も見えない。
ただ。
圧だけが、残る。
そして。
静寂が、落ちた。




