灰色の介入
限界は、とうに越えていた。
城壁の上。
ヴァルド・フォン・ノルディアは、崩れゆく戦線を見下ろしていた。
魔王軍の圧は増す一方。
押されている。
確実に。
取り付かれ。
削られ。
もう、防ぎきれないところまで来ていた。
「……ここまで、か」
小さく呟く。
胸の奥に、重いものが沈む。
地力の差。
数の差。
それだけではない。
持久力。
補充。
すべてが足りない。
「……せめて」
歯を食いしばる。
「アレインに敗れる前の戦力があれば……」
あの戦い。
グランデール遠征。
あれで、多くを失った。
精鋭。
将。
経験。
すべて。
今、この場にあれば――
違ったかもしれない。
だが。
もう、ない。
視線が遠くを見る。
城内。
家族。
民。
守るべきもの。
その顔が、浮かぶ。
「……すまん」
誰にともなく。
謝罪が零れる。
ノルディア家。
ここで終わる。
そんな予感が、はっきりと形を持つ。
その時。
「閣下!!」
叫び。
振り返る。
「魔法障壁、完全に沈黙しました!!」
報告。
短く。
致命的。
ヴァルドは目を閉じる。
「……そうか」
終わりだ。
そして。
轟音。
城門が軋む。
限界。
次の一撃で――
砕ける。
「……来るぞ」
静かに。
覚悟を決める。
次の瞬間。
城門が、砕けた。
破片が吹き飛ぶ。
雪と土が舞う。
「突入しろォォォ!!」
魔族の怒号。
雪崩れ込む。
黒が、城内へ――
その時だった。
横。
側面。
突如として。
空気が裂ける。
圧。
見えない斬撃。
だが、確かに“何か”が走った。
次の瞬間。
城門付近の魔族が――まとめて吹き飛ぶ。
「なっ……!?」
衝撃。
肉が裂け。
骨が砕け。
数十体が、まとめて薙ぎ払われる。
静止。
一瞬。
戦場が止まる。
「……なんだ」
ヴァルグが目を見開く。
誰もが。
視線を向ける。
城門の横。
雪煙の向こう。
そこに。
“異質”がいた。
灰色。
濁った肉。
腐敗と死の気配。
アンデッド。
それも。
軍勢。
整然と並ぶ、異形の兵。
数千。
そして。
その先頭。
馬上に、一人の剣士。
灰色の肉を纏う存在。
だが、その姿は――武人。
静かに剣を下ろす。
「……」
言葉はない。
だが、空気が変わる。
「なぜだ……」
魔族の一人が呟く。
「なぜアンデッドが……我々に……?」
混乱。
当然だ。
人間の敵であるはずの存在。
それが。
今、魔族を斬った。
ヴァルグの顔が歪む。
「……まさか」
その名が、頭をよぎる。
北方。
死霊。
そして――
城壁の上。
ヴァルドは、それを見ていた。
そして。
息を吐く。
「……来たか」
力が抜ける。
だが、膝はつかない。
ただ、確信する。
やはり。
そうか、と。
「……見捨てはしなかったか」
小さく笑う。
わずかな安堵。
ノルディア領。
その一角には、今もいる。
かつてのグランデールの民。
二千。
焼かれ、滅ぼされた街の生き残り。
あの男が。
あれほど執着していた地。
その民を――
見捨てるはずがない。
視線を向ける。
灰色の剣士。
ガルド。
無言のまま、ゆっくりと剣を構える。
その背後で。
アンデッド軍が、前へ出る。
死が、動く。
そして。
戦場が、再び動き出す。
だが今度は。
三つ巴。
魔王軍。
ノルディア。
そして――
死霊王の軍勢が、そこに加わった。




