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主と剣

 夜は、静かだった。


 グランデールの中心。


 かつて領主が住まっていた館は、今もその形を保っている。


 違うのは、そこに流れる気配だけだった。


 人の気配はない。


 息遣いも、温もりも。


 だが。


 確かに“存在”はある。


 館の最上階。


 バルコニーに、一人の影が立っていた。


 アレイン。


 死霊王。


 その姿は微動だにしない。


 石像のように、街を見下ろしている。


 眼窩に灯る蒼い光だけが、かすかに揺れていた。


 石畳。


 整えられた家々。


 静かに行き交うアンデッドたち。


 かつて滅びた街は、今や完全に再現されている。


 音のない日常。


 死者の営み。


 それを、アレインはただ見ていた。


 ――気配が、一つ増える。


 背後。


 音はない。


 だが、分かる。


 振り返ることもなく、アレインは言った。


「戻ったか」


 短い言葉。


 それだけで十分だった。


「……はい」


 低い声が応じる。


 そこに立っていたのは、一体の騎士。


 黒い鎧。


 その隙間から覗く灰色の肉。


 そして、蒼い炎。


 ガルド。


 かつて王国最強と呼ばれた剣士。


 今は、上位アンデッド。


 アレイン直属の守護者。


「侵入者を確認しました」


 報告は簡潔だった。


「王国軍。小隊規模」


「城壁外縁に接近」


 一拍。


「排除しました」


 淡々としている。


 感情の起伏はない。


 だが。


 わずかに、間があった。


 アレインは、ゆっくりと視線だけを動かす。


「……一人、生かしたな」


 指摘。


 断定。


 ガルドは一瞬だけ沈黙した。


「……はい」


 否定はしない。


 できない。


「理由は」


 短く問う。


 責める響きはない。


 ただ、確認。


 ガルドは答える。


「戦力としては、脅威ではありません」


 事実。


「ですが」


 一拍。


「伝達役としては、価値があります」


 合理的な判断。


 だが。


 それだけではない。


 アレインは、わずかに間を置く。


「……それだけか」


 問いは静かだった。


 だが。


 逃げ場はない。


 ガルドは、わずかに視線を伏せる。


 ほんの僅か。


 それでも。


 変化だった。


「……いえ」


 低く答える。


「確認したかった」


 何を、とは言わない。


 だが。


 意味は伝わる。


 自分の剣が、どこまで通じるのか。


 自分が、何者になったのか。


 かつての自分と、今の自分。


 その差を。


 アレインは、何も言わない。


 責めもしない。


 肯定もしない。


 ただ。


「……そうか」


 それだけだった。


 風が吹く。


 旗が揺れる。


 沈黙が落ちる。


 だが、それは不快なものではない。


 必要な沈黙。


 やがて。


 ガルドが口を開いた。


「王国は、再建を進めています」


 視線は前方のまま。


「勇者レオンが統治」


「教会勢力の介入が顕著」


 簡潔な報告。


 戦場ではなく、情勢。


 それもまた、彼の役割だった。


 アレインは静かに聞く。


 そして。


「動くと思うか」


 問い。


 それは王国に対してか。


 それとも。


 別の意味か。


 ガルドは、わずかに考える。


「現時点では、ありません」


 即答ではない。


 判断を挟んでいる。


「戦力不足」


「内部不安定」


「教会との均衡未確立」


 要因を並べる。


「攻勢に出る余力はない」


 結論。


 アレインは、わずかに頷く。


 予測通り。


 想定内。


 そして。


「魔王軍は」


 次の問い。


 ガルドは答える。


「南方を維持」


「進軍なし」


「干渉もなし」


 短い報告。


 だが。


 意味は大きい。


 三つの勢力。


 すべてが、動いていない。


 均衡。


 それが成立している。


 再び、沈黙。


 アレインは街を見る。


 変わらない景色。


 完成された都市。


 そして。


 動かない世界。


「……しばらくは、このままだ」


 静かな言葉。


 誰に向けたものでもない。


 ただの事実。


 ガルドは何も言わない。


 命令ではない。


 確認でもない。


 共有。


 それだけ。


 だが。


 その意味は重い。


 戦わない。


 動かない。


 それを選んでいる。


 死霊王が。


「警戒は続けろ」


 短い命令。


「外縁のみでいい」


「内部に入れるな」


「……は」


 ガルドは一歩下がる。


 それ以上の言葉はない。


 役割は明確。


 やるべきことも、すでに分かっている。


 だが。


 去る直前。


 わずかに、足が止まった。


「……主」


 珍しく、呼びかける。


 アレインは振り返らない。


「なんだ」


 短く返す。


 ガルドは、一瞬だけ迷う。


 ほんの僅か。


 だが確かに。


「……いえ」


 結局、言わない。


 言葉にならない。


 あるいは。


 言う必要がない。


「任務に戻ります」


「ああ」


 それで終わり。


 ガルドの姿が消える。


 音もなく。


 気配もなく。


 完全に。


 再び、静寂。


 アレインは動かない。


 ただ、街を見る。


 かつて守れなかったもの。


 失ったもの。


 そして。


 取り戻したもの。


 そのすべてが、そこにある。


 戦いは終わった。


 少なくとも、自分の中では。


 だが。


 世界はまだ、終わっていない。


 均衡は、いずれ崩れる。


 それがいつかは、分からない。


 だが。


 その時が来れば。


 再び。


 動くことになる。


 アレインは、静かに目を閉じた。


 風が、街を抜ける。


 グランデールは今日も変わらない。


 静かに。


 確実に。


 そこに在り続けていた。


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