門前にて剣は語る
それは、夜の任務だった。
王国軍の精鋭部隊は、月明かりの下を進んでいた。
総勢十五名。
数としては少ない。だが、その全員が実戦経験を持つ熟練兵だった。
率いるのは、近衛騎士団出身の男。
名をヴァイン
王都ルミナス陥落後も生き残り、再編された部隊の中核を担う存在だ。
「……見えてきたな」
低く呟く。
前方。
黒い影のように、城壁が浮かび上がっていた。
グランデール。
死霊王アレインの支配する都市。
かつて王国が滅ぼした街。
そして今、死者によって再建された異形の都市。
「本当に……再建されているのか」
後ろの兵が息を呑む。
その声には、恐れが滲んでいた。
無理もない。
遠目にも分かる。
あの城壁は、崩れたものを修繕したものではない。
“新しく築かれている”。
整いすぎているのだ。
歪みがない。
まるで――
「最初からそうであったかのようだな……」
ヴァインは吐き捨てるように言った。
違和感。
それが、この都市の本質だった。
「命令を確認する」
足を止めずに言う。
「内部への侵入は行わない」
「外縁の観察のみ」
「交戦は避けろ」
全員が頷く。
だが。
誰もが理解していた。
もし見つかれば。
終わる。
音を殺し、気配を消し、城壁へと近づく。
異様な静けさだった。
見張りの声がない。
巡回の足音もない。
だが。
気配はある。
“何かがいる”。
視線のようなものが、全身にまとわりつく。
そのときだった。
――止まれ。
声が、響いた。
誰も口を開いていない。
だが、確かに聞こえた。
頭の奥に、直接。
「っ……!」
全員が反射的に止まる。
次の瞬間。
城壁の上に、影が現れた。
一人。
いや、“一体”。
黒い鎧。
重厚でありながら、無駄のない造形。
人の形をしている。
だが。
違う。
その隙間から覗くのは、灰色の肉。
そして。
瞳。
蒼い炎が、静かに揺れていた。
「……なんだ、あれは」
誰かが呟く。
答えはない。
だが、本能が理解する。
あれは。
“上位”。
ただのアンデッドではない。
別格。
その存在が、一歩、前に出た。
音がない。
鎧を纏っているはずなのに、足音がしない。
不自然なほど滑らかに、城壁から降り立つ。
着地音すら、ない。
静寂。
そして。
男は、剣を抜いた。
長剣。
飾りはない。
だが。
ただ抜かれただけで、空気が変わる。
重くなる。
圧が増す。
「――警告する」
声は低く、抑えられている。
感情がない。
「これ以上の接近は、敵対行為と見なす」
ガルドが一歩前に出る。
剣に手をかける。
「……王国軍だ」
名乗る。
意味はないと分かっていながら。
「偵察任務中だ。交戦の意思はない」
男は、わずかに首を傾けた。
その動きすら、無駄がない。
「理解した」
一拍。
「排除する」
次の瞬間。
消えた。
「――なっ」
反応できたのは、ヴァインだけだった。
剣を抜く。
間に合わない。
視界の端で、光が走る。
一閃。
音が遅れてくる。
その後。
一人の兵の首が、落ちた。
理解が追いつかない。
速すぎる。
「構えろッ!!」
叫ぶ。
だが遅い。
二撃。
三撃。
斬撃が走るたびに、兵が倒れる。
悲鳴すら上がらない。
速いのではない。
“無駄がない”。
最短で、最適な軌道で、確実に殺している。
技だった。
純粋な剣技。
ヴァインが踏み込む。
渾身の一撃。
横薙ぎ。
男の首を狙う。
だが。
弾かれる。
軽く。
まるで子供の剣のように。
「……っ!?」
体勢が崩れる。
その瞬間。
剣が来る。
見える。
だが。
避けられない。
死。
それを確信した、そのとき。
剣が、止まった。
首筋、寸前。
蒼い炎が、揺れる。
男はヴァインを見ていた。
「……弱い」
静かな断定。
そして。
興味を失ったように、剣を引く。
「帰れ」
それだけ言った。
「ここは、お前たちの領域ではない」
圧が消える。
殺意が消える。
だが。
恐怖は消えない。
ヴァインは動けなかった。
理解したからだ。
今の一瞬で。
これは戦いではない。
選別だ。
生かされた。
ただ、それだけ。
気づけば。
周囲には、誰も立っていなかった。
十四名。
全滅。
自分だけが、生きている。
「……なんなんだ、お前は」
かすれた声で問う。
男は答えない。
ただ。
わずかに視線を逸らし。
「……ガルド」
小さく呟いた。
それが、名なのか。
それとも、別の意味か。
分からない。
だが。
その名だけが、強く残った。
気づけば。
男の姿は消えていた。
音もなく。
気配もなく。
まるで最初からいなかったかのように。
残ったのは。
静寂と、死体。
そして。
理解だけ。
――この都市には、近づいてはならない。
ヴァインは、震える手で剣を収めた。
そして、背を向ける。
逃げるように。
いや。
実際に逃げていた。
グランデールは、静かだった。
だが。
その静けさの中にあるものを、彼は知った。
あれは、都市ではない。
要塞でもない。
あれは。
“領域”だ。
死霊王の。




