表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/55

魔王軍は均衡を崩さない

 南方諸侯領。


 かつて王国の一部であったこの地は、今や完全に別の統治下にあった。


 黒い旗が、風に揺れる。


 魔王軍の紋章。


 それは侵略の証ではなく、すでに“支配が完了している”ことを示していた。


 街は、破壊されたままではない。


 再建されている。


 ただし王国式ではない。


 道は広く取られ、建物は軍事利用を前提に配置され、見通しを遮る構造は排除されている。防衛と統治を優先した設計。


 人の営みはある。


 だが、それは自由ではない。


 管理されている。


 時間、移動、流通。


 すべてが把握されていた。


 巡回する兵士たちは無駄がない。


 足並みは揃い、視線は鋭く、住民に対して過剰に干渉することもない。


 恐怖による支配ではない。


 秩序による支配。


 それが、この地の特徴だった。


 その中心。


 かつて領主館であった建物。


 今は魔王軍の拠点へと改装されている。


 玉座の間。


 そこに、一人の男が座していた。


 カイゼル=ロドゥス。


 魔王軍第三大将。


 南方侵攻の総指揮官であり、現在はこの地の統治者。


 その体躯は大きい。


 だが、威圧だけの存在ではない。


 視線は鋭く、思考は速く、無駄を嫌う。


 前線指揮官でありながら、統治にも長けた人物だった。


「報告」


 短い言葉。


 即座に部下が進み出る。


「南部区域、反乱の兆候なし」


「徴発、予定通り完了」


「物資輸送、滞りなし」


 簡潔な報告。


 無駄がない。


 カイゼルは頷く。


「維持しろ」


 それだけ。


 新たな命令はない。


 拡大も、侵攻も。


 何も。


 部下が一瞬だけ迷う。


 そして、言った。


「……王国側の動きですが」


 空気がわずかに変わる。


「王都ルミナスは復興が進行中」


「勇者レオンが統治を行い、教会勢力の影響が拡大しています」


 レオン。


 勇者。


 かつて魔王軍と敵対した存在。


 だが、今は違う。


「放置でいい」


 カイゼルは即答した。


「今の王国は、敵ではない」


 断言。


 迷いはない。


「内部が不安定すぎる」


 事実だった。


 教会の介入。


 貴族の再編。


 軍の再構築。


 すべてが未完成。


 外に向ける余力などない。


「では……」


 部下が続ける。


 慎重に。


「死霊王の件ですが」


 空気が、明確に変わった。


 その場にいた全員が、わずかに意識を向ける。


 アレイン。


 その名は、この数年で“共通認識の脅威”となっていた。


「グランデールは完全に再建」


「アンデッドによる都市機能も安定」


「外部への干渉は――なし」


 報告は淡々としている。


 だが、その内容は異質だった。


 都市を再建した。


 死者で。


 そして。


 何もしていない。


 カイゼルは、わずかに目を細めた。


「……何もしていない、か」


 低く呟く。


 それが最も理解しがたい。


 力がある。


 実績もある。


 それにもかかわらず、動かない。


 目的が見えない。


「魔王様からの命令は」


 部下が続ける。


「“干渉するな”」


 即答だった。


 そして、それがすべてだった。


 カイゼルは頷く。


「当然だ」


 短く言う。


「あれは、戦力ではない」


 一拍。


「“現象”だ」


 誰も反論しない。


 できない。


 王都を落としたのは軍ではない。


 一人の存在。


 それを戦力として扱うこと自体が間違っている。


「刺激するな」


 明確な命令。


「接触も不要」


「監視のみ」


 それで十分。


 それ以上は、不要。


 いや。


 危険。


 部下たちは静かに頷いた。


 理解している。


 この均衡は、極めて脆い。


 王国。


 魔王軍。


 そして死霊王。


 三つの勢力。


 どれか一つが動けば、必ず他が動く。


 そして。


 最も読めないのが、死霊王。


 だからこそ。


 動かない。


 それが最適解。


 カイゼルは立ち上がる。


 ゆっくりと歩き、窓の外を見る。


 そこには、整然とした街。


 支配された領地。


 管理された民。


 戦は終わっていない。


 だが。


 この地においては、すでに“戦後”だった。


「……維持しろ」


 静かな声。


「崩すな」


 それが、すべて。


 均衡を保つこと。


 それこそが、今の魔王軍の戦いだった。


 黒い旗が揺れる。


 南方は、今日も静かだった。


 戦火のない戦場として。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ