折れない
雪原は、もはや白ではなかった。
血と煤で汚れた地の上で、戦線はせめぎ合っていた。
押す。
押し返す。
一進一退。
数では魔族が上。
だが、質と統率でノルディアが食い下がる。
「押し切れ!!」
ヴァルグ=ディエスが吠える。
喉は焼けるように痛い。
魔力もすでに削り過ぎている。
それでも止まれない。
止まれば終わる。
「前へ出ろ!! 崩せ!!」
号令に応じ、魔族が雪を蹴る。
だが――
「下がるな!!」
正面。
雷光が走る。
ヴァルドが踏み込む。
剣が閃く。
一閃。
雷撃を帯びた刃が、二体まとめて断ち切る。
肉が裂け、焼ける。
黒煙が立つ。
そのまま返す刃で、さらに一体。
止まらない。
踏み込みが鋭い。
間合いが深い。
「……っ!」
ヴァルグが舌打ちする。
見て分かる。
強い。
単純な力ではない。
経験。
技量。
そして、迷いのなさ。
「なら……!」
地を蹴る。
一気に距離を詰める。
中級魔族を踏み台にして跳躍。
一直線にヴァルドへ。
その気配を、ヴァルドは捉える。
「来たか」
短く。
迎え撃つ構え。
次の瞬間。
激突。
剣と爪がぶつかる。
火花。
衝撃が周囲の雪を吹き飛ばす。
「……っ!!」
ヴァルドが一歩、踏み込む。
押す。
力比べ。
だが。
「重いな……!」
ヴァルグが歯を食いしばる。
人間とは思えない膂力。
雷撃魔法を纏ったままの一撃。
防御しても痺れる。
焼ける。
「だが!!」
力任せに弾く。
距離を取る。
すぐに踏み込む。
連撃。
速い。
鋭い。
爪が空を裂く。
だが。
ヴァルドは崩れない。
最小限で捌く。
流す。
受けるのではない。
いなす。
そして。
「——遅い」
一言。
踏み込む。
斬撃。
雷光が尾を引く。
ヴァルグの肩口を掠める。
「ぐっ……!」
血が散る。
だが浅い。
即座に距離を取る。
「チッ……!」
焦りが滲む。
削られているのは、確実に自分だ。
時間をかければ不利。
だが。
ここで退けば――
終わる。
「まだだ!!」
魔力を絞る。
残りを無視して、練り上げる。
腕に集中。
黒い魔力が収束する。
「貫け!!」
突撃。
一直線。
渾身の一撃。
それを。
ヴァルドは――正面から受ける。
「——来い」
剣を構える。
雷がさらに強くなる。
青白い閃光が剣身を覆う。
踏み込む。
同時。
衝突。
轟音。
光と黒がぶつかる。
一瞬。
均衡。
そして。
「……終わりだ」
低く。
ヴァルドが押し切る。
雷が爆ぜる。
ヴァルグの魔力を弾き飛ばす。
「なっ――」
崩れる。
体勢が。
その隙を。
見逃さない。
一閃。
深くはない。
だが確実に斬る。
胸を裂く。
「が……っ!」
ヴァルグが後退する。
雪を滑る。
息が乱れる。
魔力は、ほぼ尽きている。
対して。
ヴァルドは構えを崩さない。
呼吸は荒い。
だが、まだ戦える。
その差が。
すべてだった。
数秒。
視線がぶつかる。
そして。
「……全軍、下がれ!!」
ヴァルグが叫ぶ。
決断。
これ以上は持たない。
このままでは、本当に終わる。
魔族が後退を開始する。
雪原を引いていく。
徐々に距離が開く。
戦線が離れる。
静寂が戻る。
荒い息だけが残る。
ヴァルドは追わない。
ただ見送る。
「……退いたか」
小さく呟く。
勝利ではない。
だが。
防いだ。
一度は。
確実に。
「負傷者を下げろ」
すぐに命じる。
「城門を閉じる」
徹底。
「以降、打って出るな」
全員が頷く。
理解している。
今のは“押し返した”だけ。
戦力差は変わらない。
「守りに徹する」
ヴァルドが言う。
低く。
だが揺るがない。
「時間を稼ぐ」
それが役目。
それだけが、勝ち筋。
城門が閉じる。
重い音が響く。
再び、籠城へ。
外では。
魔王軍が立て直しを始めている。
戦いは、終わらない。
だが。
北方の盾は――まだ折れていない。




