焦燥
雪は止まない。
戦は――二日目に入っていた。
魔王軍前線。
副官ヴァルグ=ディエスは、城壁を睨みつけていた。
「……まだ、落ちないのか」
低く、押し殺した声。
初日で崩すつもりだった。
数で押し潰す。
それで終わるはずだった。
だが。
現実は違う。
ノルディアの防衛線は、崩れない。
矢は止まらず。
魔法も途切れない。
前線は押し上げている。
だが、“落ちていない”。
それがすべてだった。
「損耗は」
「……三割を超えています」
報告。
短い。
だが重い。
ヴァルグの眉間に皺が寄る。
三割。
初日の想定を大きく上回る損害。
そして。
時間。
「……まずいな」
小さく呟く。
視線が、自然と後方へ向く。
そこにいる。
ゼルク=ハイド。
見ている。
何も言わずに。
ただ、見ている。
それが一番、怖い。
「……これ以上、時間をかければ」
喉が鳴る。
「切られるのは……俺か」
魔族の軍。
結果がすべて。
遅い者に価値はない。
失敗すれば――粛清。
例外はない。
「……なら」
覚悟を決める。
前を見る。
城壁。
未だ健在の“盾”。
「俺がやる」
低く言う。
副官ではない。
一人の戦士として。
「全軍、再編!」
声を張り上げる。
「前列を下げろ!」
「魔法部隊、前へ!」
ざわめき。
だが即座に動く。
「総攻撃に移る!」
空気が変わる。
ただ削る段階は終わり。
突破する段階へ。
ヴァルグが前に出る。
魔力が、膨れ上がる。
「……焼き払う」
手を掲げる。
空気が歪む。
周囲の魔族が一歩下がる。
規模が違う。
高位魔法。
個人で扱うには、明らかに過剰な出力。
「——落ちろ」
振り下ろす。
次の瞬間。
轟音。
巨大な炎塊が城壁上に叩きつけられる。
爆発。
衝撃。
兵が吹き飛ぶ。
防衛線が揺れる。
「ぐあああああっ!!」
「魔法だ!! 高位魔法!!」
混乱。
陣形が乱れる。
そこに、さらに。
「続けろ!!」
ヴァルグが叫ぶ。
第二撃。
第三撃。
魔力を削りながら、叩き込む。
明らかに過負荷。
だが止めない。
「撃ち続けろ!!」
城壁上の攻撃が――一瞬、止まる。
その瞬間を。
ヴァルグは見逃さない。
「今だ!!」
叫ぶ。
「取り付け!!」
魔族が一斉に走る。
梯子を担ぎ。
壁へ。
一気に距離を詰める。
「上がれ!! 一気に崩せ!!」
号令が響く。
流れが変わる。
ついに。
城壁へ、届く。
⸻
ノルディア城。
城壁上。
「まずい……!」
兵が叫ぶ。
魔法の直撃。
被害が広がる。
一瞬の空白。
それが致命傷になる。
「取り付かれるぞ!!」
下を見る。
魔族が押し寄せる。
もう、止めきれない。
その時。
「……下がれ」
低い声。
振り向く。
そこに立っていたのは――
ヴァルド・フォン・ノルディア。
外套を翻し、前に出る。
その後ろに。
精鋭。
騎士団。
選び抜かれた者たち。
「閣下……!」
「ここからは俺が出る」
短く言う。
迷いはない。
判断は速い。
防衛線が崩れる前に――打って出る。
「門を開けろ」
ざわめき。
「ですが――」
「時間がない」
遮る。
「ここで止める」
それだけだ。
門が開く。
冷気が流れ込む。
そして。
「行くぞ」
ヴァルドが踏み出す。
雪を踏みしめる。
その瞬間。
空気が変わる。
武の気配。
圧。
王国の盾。
その名の所以。
「——雷よ」
低く詠唱。
剣に、光が宿る。
青白い閃光。
中位雷撃魔法。
それを纏ったまま。
突撃。
「おおおおおおっ!!」
魔族の群れへ、正面から突っ込む。
一閃。
雷が走る。
魔族がまとめて吹き飛ぶ。
焼ける。
裂ける。
「なっ……!?」
魔族側が動揺する。
止まらない。
ヴァルドは止まらない。
二閃。
三閃。
雷撃と剣技が重なる。
中級魔族ですら、一撃。
切り伏せる。
薙ぎ払う。
「押し返せ!!」
騎士団が続く。
精鋭が雪原に展開。
押し返す。
城壁に取り付く前に。
叩き落とす。
「これが……!」
誰かが呟く。
「北方公爵家……!」
王国の盾。
その武。
その力。
戦場に、雷が走る。
流れが。
再び、ぶつかる。




