激突
雪原の彼方。
黒が、ゆっくりと姿を現す。
長い行軍の末――ようやく辿り着いた。
魔王軍北方軍。
その先頭に立つ男が、足を止める。
「……あれか」
ゼルク=ハイド。
視線の先。
白に覆われながらも、威容を誇る巨大な城塞。
ノルディア公爵家の居城。
高い城壁。
整えられた防衛線。
崩れた痕跡などない。
だが。
「……よく残ってるな」
小さく呟く。
数年前の敗戦。
グランデールへの遠征。
北方公爵家はそこで敗れ――この地へと退いた。
つまり。
この城も、この防衛線も。
無傷のまま残っている。
「だからこそ、か」
口元が歪む。
「ここで止める気満々ってわけだ」
一歩踏み出す。
雪が軋む。
「いいね」
笑う。
「踏み潰すぞ」
短く。
だが明確な意思。
それでも。
ゼルク自身は動かない。
軽く肩を回し、後ろへ声をかける。
「おい」
「はっ」
副官が前に出る。
冷静な目をした魔族。
「先に削れ」
気だるげに言う。
「了解しました」
「どの程度まで進めますか」
ゼルクは少し考え――すぐに答える。
「崩れる寸前まででいい」
笑う。
「楽しませろ」
副官は一礼する。
「はっ」
振り返る。
「全軍、進軍開始!」
号令が響く。
黒い軍勢が動き出す。
その数――一万二千。
前列は下級魔族八千。
中列に中級魔族三千。
後方に魔法部隊千。
整然とした陣。
無秩序ではない。
明確な“戦争”の形。
「第一陣、前進!」
前列が加速する。
雪を蹴り、距離を詰める。
「魔法部隊、詠唱開始!」
後方で魔力が膨れ上がる。
空気が震える。
戦いが、始まる。
⸻
ノルディア公爵領。
城壁上。
「……来たな」
ヴァルドが低く呟く。
視界を埋め尽くす敵。
一万以上。
圧倒的な数。
だが。
城は無傷。
防衛線は万全。
戦う準備は、整っている。
「籠城戦に徹する」
静かに命じる。
「前に出るな」
「ここで削る」
それがすべて。
「構えろ」
兵たちが動く。
弓を引く。
魔法陣が展開される。
「放て」
合図。
次の瞬間。
矢の雨が降る。
空を覆うほどの数。
魔族の先頭に突き刺さる。
悲鳴。
だが止まらない。
「撃て!」
魔法が続く。
炎が爆ぜる。
氷が裂く。
風刃が切り刻む。
断続的に。
休みなく。
叩き込む。
前進していた魔族が崩れる。
だが。
「止まるな!」
副官の指示が飛ぶ。
後列が詰める。
倒れた者を踏み越え、前へ。
矢を受けながら。
魔法を浴びながら。
それでも進む。
「第二射、用意!」
「魔法、継続!」
城壁上も止まらない。
撃つ。
撃つ。
撃ち続ける。
近づけさせない。
時間を稼ぐ。
徹底した防衛。
戦線は揺れるが――崩れない。
⸻
前線後方。
ゼルクは腕を組み、それを見ていた。
「……へぇ」
目を細める。
想定以上に固い。
防衛が機能している。
統率も悪くない。
副官が戻る。
「報告します」
「第一線、進軍継続中」
「損耗、およそ二割」
ゼルクが軽く眉を上げる。
「二割か」
笑う。
「やるじゃん」
素直な評価。
だが。
次第に。
その笑みが歪む。
「……でもさ」
一歩前へ出る。
視線は城壁に固定。
「まだ落ちないのは、ちょっとイラつく」
本音。
善戦している。
だからこそ。
気に食わない。
「もう少し強めるか」
呟く。
軽く首を鳴らす。
戦いはまだ序盤。
だが。
確実に圧は増していく。
北方の盾は――
今まさに、試されていた。




