魔王軍議
魔王城。
黒き玉座の間。
重厚な空気が、空間そのものを支配している。
中央には巨大な円卓。
そこに並ぶのは、魔王軍の中枢――将たち。
だが。
一席だけ、異様な光を放っていた。
空間に浮かぶ魔法陣。
その中に映し出される、遠方の映像。
南方。
戦場の空気を纏った男。
魔王軍第三大将――カイゼル=ロドゥス。
通信魔法。
この場にいながら、そこに“いる”。
「……南方は、すべて制圧されたか」
玉座より、魔王の声。
低く、絶対。
カイゼルの映像が、わずかに揺れる。
「はっ」
即答。
「旧王国南方領、完全制圧を確認しております」
その背後には、荒れ果てた大地。
煙。
崩れた城壁。
戦の終わりを示す光景。
「……見事だ」
魔王が言う。
それだけで、場の空気が引き締まる。
称賛。
それは、この場において絶対的な価値を持つ。
「光栄にございます」
カイゼルが頭を下げる。
映像越しであっても、その礼は崩れない。
そして。
「では」
魔王の声。
「その戦果、どこへ向ける」
軍議の開始。
最初に口を開いたのは、右手側に座る女だった。
白い肌。
細い指。
長い黒髪。
魔王軍第二将――リリス=ヴァルカ。
魔術を司る存在。
「決まっておりますわ」
柔らかい声。
だが、その奥に冷酷さが滲む。
「南からそのまま北上。王都を落とすべきです」
扇子で口元を隠しながら言う。
「王都は今、内紛状態。勇者と教会が争っている」
情報を当然のように共有する。
「統制の崩れた都市など、ただの餌ですわ」
微笑む。
残酷に。
対して。
円卓の反対側。
腕を組んだ巨体が唸る。
魔王軍第一将――グラウス=バルド。
筋骨隆々。
純粋な武の塊。
「単純すぎる」
低い声。
「南方は飛地だ」
机を指で叩く。
「補給は脆い。背後も不安定」
戦場の現実。
「本軍を北から下ろせ」
断言。
「挟み撃ちにすれば、確実に潰せる」
力で押す思考。
合理でもある。
その間に、軽い笑いが入る。
「どっちもやればいいじゃないか」
椅子にだらしなく座る男。
魔王軍第四将――ゼルク=ハイド。
軽薄。
だが、その目は鋭い。
「南からカイゼル、北から本軍」
指を二本立てる。
「二正面。相手は対応できない」
笑う。
「楽しいだろ?」
空気がざわつく。
提案は大胆。
だがリスクも大きい。
「戦力の分散は愚策だ」
すぐにグラウスが否定する。
「勇者がいる以上、各個撃破される危険がある」
「慎重すぎるのも退屈だろう?」
ゼルクが肩をすくめる。
「我らが負ける未来が見えない」
それは傲慢。
だが、根拠のある自信でもある。
リリスが口を挟む。
「問題はそこではありませんわ」
静かに。
「“誰に利益が落ちるか”です」
場が静まる。
「王都が崩れ、我らが攻める」
「その後を掠め取る存在がいる」
視線が、自然と一方向に向く。
北。
名を出すまでもない。
魔王が、ゆっくりと口を開く。
「……死霊王か」
その一言で、空気が変わる。
軽さが消える。
ゼルクでさえ、笑みを引っ込める。
映像の中のカイゼルが、口を開く。
「……はい」
低く。
「現時点で動きはありません」
だが。
「だからこそ、読めない」
視線は真っ直ぐ。
「王都が崩壊し、我らが二方向から侵攻した場合」
一拍。
「最も利を得るのは、あれです」
沈黙。
誰も否定しない。
グラウスが唸る。
「……漁夫の利、か」
リリスが微笑む。
「ええ。あまりにも分かりやすいですわね」
ゼルクが舌打ちする。
「つまらない横取りだな」
魔王が、静かに問う。
「では、どうする」
すべての視線が集まる。
カイゼルに。
映像越しの第三大将。
「……はっ」
短く応じる。
「攻めるべきです」
断言。
「好機であることは間違いありません」
その上で。
「ただし、主攻は一つに絞るべきかと」
全員が聞く。
「南方よりの進軍」
自らを示す。
「これを主軸とし、本軍は北方より牽制」
簡潔。
だが、的確。
「戦力を集中させつつ、死霊王の介入を抑制できます」
説明が終わる。
沈黙。
そして。
グラウスが鼻を鳴らす。
「……悪くない」
リリスが頷く。
「現実的ですわね」
ゼルクが笑う。
「派手さはないが、確実か」
魔王が、ゆっくりと頷く。
「……決まりだ」
その一言で、すべてが確定する。
「南より攻める」
「北は牽制」
命令。
「カイゼル」
「はっ」
「王都を落とせ」
絶対。
カイゼルが深く頭を下げる。
映像越しであっても、その忠誠は揺るがない。
「……御意」
その背後で、南方の風が吹く。
戦は終わっていない。
次が、始まる。
王都。
内紛の只中へ。
魔王軍が、進む。




