断罪の場
王城・大広間。
重厚な扉の内側に、張り詰めた空気が満ちていた。
長卓を挟み、王国の重臣と貴族たちが並ぶ。その正面に、教会勢力――枢機卿と神官たち。
そして中央。
この国の実質的な統治者。
代王にして勇者、レオン。
その隣に、聖女エリシア。
誰もが理解している。
これは会議ではない。
断罪の場だ。
「……これより、王都における災害について審議を行います」
重臣が口を開く。
その視線は自然と、レオンへ向く。
「まずは、代王陛下よりご報告を」
敬意を込めた呼び方。
場の空気が、わずかに引き締まる。
レオンは一歩前へ出る。
静かに、全体を見渡す。
「……報告する」
短く。
だが、確かな重み。
「王都中心、大聖堂において大規模術式が発動」
「結果として、人間の変異現象が王都全域に拡大」
ざわめき。
だが止まる。
「術式は教会の系統。現場にて枢機卿を確認」
「戦闘の末、討伐。術式は停止済み」
淡々と。
事実のみ。
「以上だ」
沈黙。
逃げ場のない現実が、場に落ちる。
その静寂を破るように、教会側の神官が進み出る。
「……恐れながら、申し上げます」
言葉は丁寧。
だが、その内にあるのは攻撃。
「そのご報告は、一面的に過ぎます」
視線が集まる。
「確かに術式は発動いたしました。しかし、それは暴走ではなく――必要な措置にございます」
はっきりと言い切る。
ざわめきが広がる。
「現在の戦況は、極めて深刻」
一拍置く。
「南方領土の三分の一は、すでに数年前より魔王軍に占領されております」
誰もが知る事実。
そして。
「今回――代王陛下が戦線を離脱されたことにより」
言葉が、ゆっくりと落ちる。
「残る三分の二も、すべて失われました」
場が揺れる。
重い現実。
否定できない事実。
「カイゼル=ロドゥスの侵攻により、南方は壊滅的被害を受けております」
続ける。
「それと比較すれば――」
一瞬、視線を王都へ向けるように動かし。
「王都の混乱は、まだ軽微と言わざるを得ません」
空気が、凍る。
何人かの貴族が顔をしかめる。
だが。
完全に否定できる者はいない。
「我ら教会は、その事態を重く見た」
「勇者一人に依存した戦力では、国は守れない」
論を積み上げる。
「ゆえに、新たな力の創出に踏み切ったのです」
正面から言い切る。
「すべては、国のために」
沈黙。
重い。
だが。
レオンが、ゆっくりと口を開く。
「……なるほど」
否定しない。
まず受ける。
「では、確認させてもらう」
視線が、神官に向く。
「貴殿らは、“あれ”を制御できていたのか」
静かな問い。
だが鋭い。
神官が一瞬、言葉に詰まる。
「……制御は、途上にございました」
苦しい答え。
だが。
それで十分だった。
「つまり」
レオンが続ける。
「制御不能な術式を、王都で使用した」
事実として、落とす。
神官が言い返そうとする。
「しかし――」
「結果が全てだ」
遮る。
強くはない。
だが、絶対に動かない声音。
「人は壊れた」
「街は崩れた」
「それが現実だ」
沈黙。
言葉を挟めない。
その時。
別の貴族が口を開く。
教会寄りの男。
だが、顔色は悪い。
「……今回の被害は、看過できる規模ではない」
慎重に。
だが明確に。
「正直に申し上げて、擁護は困難だ」
教会派ですら、庇いきれない。
その空気。
だが。
神官は退かない。
「では、代王陛下にお伺いします」
丁寧な口調。
だが鋭い。
「南方を放棄された責任は、どのようにお取りになるおつもりか」
真正面から。
「失われた領土と民は、戻りませぬ」
重い言葉。
場が再び張り詰める。
レオンは、わずかに目を伏せる。
数秒。
沈黙。
そして。
「……放棄はしていない」
静かに言う。
顔を上げる。
「選択しただけだ」
視線が、全体を貫く。
「王都が落ちれば、国は終わる」
誰も反論できない。
「だから戻った」
それだけ。
単純。
だが揺るがない。
神官が言葉を探す。
その前に。
エリシアが一歩前に出る。
「……教会の術式は」
静かに。
「“守るための力”ではありません」
場を支配する声。
「繋ぎ止め、消耗させるだけのものです」
否定。
完全な。
「それを国のためと仰るなら」
一瞬、視線を伏せ。
そして上げる。
「私は、それを認められません」
聖女としての宣言。
神官の表情が歪む。
「……聖女様、それは――」
「正すだけです」
即答。
迷いなし。
沈黙。
長い。
決着はつかない。
論は拮抗し、立場が衝突し続ける。
やがて。
重臣が口を開く。
「……本件は、継続審議とする」
結論は出ない。
今はまだ。
「ただし」
視線が、教会へ向く。
「次はない」
低く、重く。
釘を刺す。
神官は沈黙する。
反論しない。
できない。
レオンは踵を返す。
エリシアも続く。
誰も止めない。
止められない。
扉が閉まる。
その音が、やけに大きく響いた。
王国と教会。
その溝は、決定的に広がった。
もはや。
同じ方向を向くことはない。




