揺らぐ王都
王都ルミナスは、生き残っていた。
だがそれは、“元の姿”ではない。
広場には負傷者が溢れ、即席の治療所が並ぶ。神官の姿は少ない。代わりに、兵と民間の治療師が必死に手当てを続けている。
教会の鐘は鳴らない。
祈りの声も、ない。
ただ、現実だけがそこにあった。
「……水を……!」
「こっちに運べ!」
「まだ息がある、急げ!」
混乱は収まりきっていない。
だが、先ほどのような“狂気”ではない。
統制のない必死さ。
それが、かろうじて街を繋いでいた。
その中心を、レオンは歩く。
誰も、声をかけない。
いや。
かけられない。
視線だけが集まる。
感謝。
恐怖。
戸惑い。
様々な感情が混ざり合った目。
勇者として見ているのか。
それとも。
別の何かとして。
レオンは気にしない。
ただ、進む。
隣にエリシア。
その後ろに、数名の兵。
向かう先は、一つ。
王城。
⸻
王城内は、さらに空気が重かった。
広間には貴族たちが集まり、ざわめきが絶えない。
「教会が暴走しただと……?」
「あり得ん……そんなことが……」
「だが、実際に起きている……!」
声が飛び交う。
だが、どれも現実から目を逸らしている。
責任の所在を曖昧にしようとする、いつもの流れ。
そこに。
扉が開く。
音が響く。
全員の視線が向く。
レオン。
その姿を見た瞬間、空気が変わる。
ざわめきが、止まる。
誰もが、理解している。
この場の“答え”を持っているのが誰か。
レオンは歩み寄る。
玉座の前まで。
立つ。
「……報告だ」
短く言う。
誰も口を挟まない。
「教会の術式暴走により、王都全域で変異が発生」
「枢機卿は討伐。術式は停止」
「だが、被害は甚大」
淡々と。
感情を排して。
事実だけを並べる。
その方が、重い。
沈黙。
誰も、言葉を返せない。
やがて。
一人の貴族が口を開く。
「……それが、事実だとして」
慎重な声音。
「今、我らが取るべきは……混乱の収束だ」
遠回しな言い方。
だが、意味は明確。
「教会との対立は、避けるべきだ」
何人かが頷く。
同意。
予想通りだった。
レオンは、何も言わない。
ただ、見ている。
別の貴族が続く。
「今回の件は……事故として処理し――」
「事故?」
レオンが口を開く。
一言。
それだけで、空気が凍る。
視線が集まる。
「……あれが、事故に見えたか」
静かに問う。
誰も答えない。
答えられない。
レオンは一歩、踏み出す。
「人が壊れていた」
「街が崩れていた」
「それを、“事故”で済ませるのか」
言葉は強くない。
だが、重い。
逃げ場がない。
「し、しかし……!」
反論が上がる。
「教会は国の柱……ここで敵対すれば――」
「もう敵だ」
即答。
迷いなし。
空気が、完全に止まる。
「今回で分かった」
レオンは続ける。
「内部から止められない」
「なら、外から止めるしかない」
それは。
宣戦布告に等しい。
貴族たちがざわめく。
「ば、馬鹿な……!」
「勇者が……教会に剣を向けるのか!?」
「そんなこと、許されるはずが――」
「許される必要はない」
遮る。
完全に。
レオンの目は、冷えていた。
「やるか、やらないかだ」
静寂。
誰も、もう言葉を出せない。
その時。
エリシアが一歩、前に出る。
視線を、全員に向ける。
「……私も、同意します」
その一言で、場が揺れる。
「聖女が……!?」
「馬鹿な……!」
当然の反応。
だが、エリシアは揺れない。
「今回の術式は……教会のものです」
事実。
否定できない。
「そして、止められなかった」
自嘲ではない。
ただの現実。
「だから」
一度、息を吸う。
「止めます」
はっきりと。
宣言する。
「外からでも」
沈黙。
重い、長い沈黙。
その中で。
一人、ゆっくりと頷く貴族がいた。
年配の男。
戦場を知る者。
「……見た者は、分かっている」
低く言う。
「今回のあれは……放置すれば、国が滅ぶ」
数名が頷く。
少数。
だが、確実に存在する。
現実を見た者たち。
だが。
多数は、動けない。
決断できない。
その構図を見て。
レオンは理解する。
「……いい」
短く言う。
「期待はしない」
視線を外す。
背を向ける。
「俺がやる」
それだけ言って、歩き出す。
エリシアも続く。
止める者はいない。
止められない。
扉が閉まる。
その音が、やけに大きく響いた。
王都ルミナスは、揺れている。
教会。
王国。
そして勇者。
三つの力が、完全にぶつかり始めた。
もう、後戻りはできない。




