表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/55

 大聖堂の外に出た瞬間、空気が変わっていた。


 重く淀んでいた魔力は霧のように薄れ、代わりに残ったのは、焼けつくような現実だった。


 静かではない。


 だが、先ほどまでの“狂乱”ではない。


 呻き声。


 泣き声。


 助けを求める声。


 王都ルミナスは、まだ生きていた。


 だが。


 あまりにも多くを失って。


「……」


 レオンは足を止める。


 視界の端に、倒れたまま動かない人々。


 息はある者もいる。


 だが、戻らない者もいる。


 剣を握る手に、力が入る。


「……救護を優先しろ!」


 背後の兵に命じる。


「生きてる奴を、全員だ!」


「は、はい!」


 兵たちが散る。


 その動きは速い。


 だが、追いつかない。


 数が多すぎる。


 エリシアが歩み出る。


 一人の男の前に膝をつく。


 まだ息がある。


 だが、弱い。


 手をかざす。


 光が灯る。


 ゆっくりと。


 確かに。


 呼吸が、安定していく。


「……大丈夫です」


 優しく言う。


 だが。


 次の瞬間。


 隣から声が上がる。


「こっちは……もう……!」


 別の兵。


 抱えているのは、動かない身体。


 エリシアの手が、止まる。


 視線が揺れる。


 だが。


 立ち上がる。


 次へ行く。


 止まれば、もっと失う。


 レオンは、その背を見ていた。


 何も言わない。


 言えない。


 ただ、前を見る。


 やるべきことは分かっている。


 その時。


 遠くから、別の音が響いた。


 蹄の音。


 複数。


 整った動き。


 騎士団。


 遅れて到着した、王都守備の中枢。


 その先頭に立つのは、貴族の男。


 鎧は豪奢。


 だが、その顔には焦りがあった。


「……勇者レオン!」


 声を張る。


 だが、どこか距離がある。


 現実から、目を逸らしているような。


「これは……一体……何が起きたのだ……!」


 問い。


 だが。


 レオンは答えない。


 代わりに、視線だけを向ける。


 冷たい目。


 男は、一瞬言葉に詰まる。


「……教会だ」


 レオンが言う。


 短く。


 それだけ。


 空気が凍る。


「な……」


 男の顔が歪む。


「ば、馬鹿な……そんなことが……!」


 否定。


 即座に。


 だが、その声は弱い。


 周囲を見れば分かる。


 大聖堂。


 中心。


 そこから広がった災厄。


 否定できるはずがない。


「枢機卿は討った」


 レオンが続ける。


「術式も止めた」


 事実だけを並べる。


「だが、被害は見ての通りだ」


 沈黙。


 誰も何も言えない。


 その中で。


 男が、小さく呟く。


「……これは……隠さねば……」


 無意識に。


 本音が漏れる。


 レオンの目が、細くなる。


「……何を言った」


 低い声。


 男が慌てて顔を上げる。


「い、いや……その……」


 言い繕おうとする。


 だが、遅い。


「……これを、なかったことにする気か」


 踏み込む。


 一歩。


 圧がかかる。


 男が後ずさる。


「し、しかし……教会は……国の柱だ……!」


 必死に言う。


「ここで対立などすれば、王都は――」


「もう壊れてる」


 レオンが遮る。


 静かに。


 だが、はっきりと。


「見えてないのか」


 周囲を指す。


 血。


 倒れた人々。


 崩れた街。


「これが、答えだ」


 男は言葉を失う。


 視線が揺れる。


 だが。


 決断できない。


 その姿を見て。


 レオンは、完全に理解する。


「……そうか」


 小さく呟く。


 期待は、していなかった。


 だが。


 ここまでとは。


 エリシアが立ち上がる。


 ゆっくりと、こちらへ来る。


 その目には、もう迷いはない。


「レオン」


 呼ぶ。


 レオンが振り向く。


「……教会は、止まりません」


 断言。


「今回で分かりました」


 静かに。


 だが、強く。


「内部からは、もう無理です」


 沈黙。


 短い間。


 だが、十分だった。


 レオンは頷く。


「ああ」


 同意。


「なら」


 剣を握る。


 視線を、大聖堂の奥へ向ける。


 その先。


 教会の中枢。


「外から、止める」


 それは。


 宣言だった。


 貴族の男が顔を上げる。


「ま、待て……それは……!」


 言いかける。


 だが。


 レオンは振り返らない。


 もう、話す必要はない。


 決まった。


 何をすべきか。


 誰が敵か。


 王都ルミナスは、この日。


 決定的に、分かたれた。


 王国と教会。


 そして。


 勇者。


 その間にあったはずの均衡は、完全に崩れた。


 もう、戻らない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ