聖女
悲鳴は、途切れない。
王都ルミナスの中心へ進むほどに、その密度は増していった。石畳は血で滑り、倒れた人々の上を越えて進むしかない。建物の陰から飛び出す影。叫びながら逃げる民。追う“それ”。
レオンは止まらない。
斬る。
踏み込む。
また斬る。
だが、進むほどに分かる。
終わらない。
数が減らない。
むしろ増えている。
「……くそ……!」
吐き捨てるように言う。
一体斬れば、別の場所で二体が生まれる。
追いつかない。
このままでは。
「レオン!」
エリシアの声。
反射的に振り向く。
変異体が、背後から迫っていた。
腕が振り下ろされる。
だが、その前に。
光が走った。
白い光。
柔らかく、それでいて強い。
変異体の動きが止まる。
そのまま、崩れ落ちる。
静かに。
まるで、眠るように。
レオンの目が見開かれる。
「……今のは」
エリシアが、手を伸ばしている。
掌から、淡い光が零れている。
「……効いた」
小さく呟く。
信じられないというように。
だが、確信もある。
「レオン」
顔を上げる。
「これ、止められます」
はっきりと言う。
「完全じゃないけど……抑えられる」
レオンは一瞬だけ沈黙する。
そして頷く。
「分かった」
それだけで十分だった。
役割が決まる。
「前は俺が開く」
「後ろは任せて」
即座に。
迷いはない。
二人は動き出す。
レオンが前へ。
斬る。
道を作る。
エリシアが後ろで手をかざす。
光が広がる。
触れた変異体が、崩れる。
完全な破壊ではない。
だが。
“止まる”。
それだけで違う。
進める。
「……これ」
エリシアが呟く。
光を放ちながら。
「無理やり、繋がれてる……」
何に。
答えは分かっている。
魔法陣。
あの歪な術式。
「だから……切れば、戻る」
戻る。
その言葉に、レオンの目がわずかに動く。
「……戻るのか」
「たぶん……」
自信はない。
だが、感じる。
これは“死霊”ではない。
アレインの支配とは違う。
もっと雑で、乱暴で。
壊して、繋いでいるだけ。
「なら」
レオンが言う。
「元を断つ」
シンプルな結論。
エリシアが頷く。
「はい」
二人は速度を上げる。
中央へ。
大聖堂へ。
その時。
横の路地から、声が飛んだ。
「た、助けて……!」
少女。
壁に背をつけ、動けないでいる。
前には変異体。
距離は、数歩。
間に合わない。
そう判断した瞬間。
レオンは動いていた。
踏み込み。
間合いを潰す。
斬る。
変異体が崩れる。
少女の前で、止まる。
震えている。
涙で顔がぐしゃぐしゃだ。
「……立てるか」
短く問う。
少女は必死に頷く。
「に、逃げて……!」
だが、足が動かない。
恐怖で。
その時。
エリシアが近づく。
そっと手を置く。
光が灯る。
「大丈夫です」
優しく言う。
「もう大丈夫」
少女の呼吸が、少しだけ落ち着く。
「このまま、外へ」
兵に視線を送る。
「誘導して」
「は、はい!」
すぐに動く。
少女が連れられていく。
その背を見送りながら、エリシアが小さく息を吐く。
「……間に合ってない」
現実。
あまりにも多い。
救えない数が。
レオンは何も言わない。
ただ、前を見る。
止まれば終わる。
進むしかない。
やがて。
視界の先に、それが見える。
大聖堂。
白いはずの建物が、歪んで見えた。
光に包まれている。
だが、その光は濁っている。
脈打つように。
呼吸するように。
生きているかのように。
「……あれが」
エリシアが呟く。
確信だった。
「全部の、元です」
レオンは剣を握り直す。
深く、息を吸う。
そして。
「行くぞ」
それだけ言って、踏み出す。
だが。
その前に。
大聖堂の扉が、内側から弾け飛んだ。
轟音。
木片と石が飛び散る。
中から、何かが出てくる。
人影。
だが。
大きい。
歪んでいる。
複数の人間が、無理やり一つにされたような。
肉が絡み合い、腕が何本も伸びている。
目がいくつも。
口がいくつも。
同時に、開く。
声にならない声が、溢れる。
空気が震える。
圧がかかる。
レオンの足が、止まる。
ほんの一瞬。
「……なんだ、あれは」
誰かが呟く。
答えはない。
エリシアの顔が、強張る。
「……核です」
震える声。
「あの中に……術式の中心がある」
つまり。
あれを倒さなければ、終わらない。
レオンは、ゆっくりと剣を構える。
目の前の存在を見据える。
人ではない。
だが。
人から作られたもの。
奥歯を噛みしめる。
「……やるしかないな」
静かに言う。
怪物が、動く。
地面が軋む。
腕が振り上がる。
その瞬間。
レオンは踏み込んだ。
戦いは、さらに深い場所へと進む。




