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崩壊の光

 王都ルミナスは、静かに動いていた。


 瓦礫は片付けられ、焼け落ちた街区には新しい骨組みが組まれている。広場には露店が戻り、人々は顔を伏せながらも、日常を取り戻そうとしていた。


 だが、その中心。


 王都の最奥に位置する大聖堂だけは、別の熱を帯びていた。


 白い石造りの建物は、外から見れば変わらない。だが内部では、数十人の神官が円陣を組み、低く祈りを唱え続けている。


 床には巨大な魔法陣。


 幾重にも重ねられた紋様は、聖印と禁呪が混ざり合った歪な形をしていた。


 中心にいるのは、一人の男。


 枢機卿。


 痩せた身体に豪奢な法衣を纏い、両手を広げている。


「……始めよ」


 その一言で、空気が変わった。


 祈りが一段深くなる。


 魔法陣が、淡く光を帯びる。


 本来ならば、温かく、穏やかな光。


 だが――


 どこか、濁っていた。


 粘つくような、重さ。


 神官の一人が、わずかに顔をしかめる。


「……枢機卿様、これは」


「問題ない」


 即座に遮る。


「既存の術式では足りぬ。拡張しているだけだ」


 淡々とした声。


 だが、その目はどこか焦っていた。


「勇者は動かぬ。魔王軍は迫る。ならば我らが力を示すしかあるまい」


 誰も反論しない。


 できない。


 すでに、後戻りできない位置まで来ていた。


「続けろ」


 命令。


 祈りが再開される。


 光が、強くなる。


 歪みもまた、濃くなる。


 その時だった。


 一人の神官の声が、途切れた。


「……あ?」


 小さな声。


 隣の神官が視線を向ける。


「どうした」


「いや……今」


 言葉が続かない。


 手が震えている。


 その震えが、腕へ、肩へと広がっていく。


「おい」


 次の瞬間。


 肉が、膨れた。


 内側から押し広げられるように。


 骨が軋み、皮膚が裂ける。


 血が飛ぶ。


「――ッ!?」


 悲鳴が上がる。


 だが、止まらない。


 膨張。


 歪み。


 形が、崩れる。


「な、なんだこれは……!」


 神官たちが後退する。


 魔法陣が揺れる。


 だが、止める者はいない。


 止められない。


 中心の枢機卿が叫ぶ。


「動くな! 術式を維持しろ!」


 その声に、何人かが硬直する。


 だが。


 変異は止まらない。


 腕が伸びる。


 関節が逆に折れる。


 目が濁り、焦点を失う。


 口が開く。


 だが、声は出ない。


 代わりに、濁った呼気が漏れる。


 それはもう、人ではなかった。


「……成功だ」


 枢機卿が呟く。


 狂気に近い声音。


「耐えられぬ者が出るのは想定内だ。だが見ろ……力は増している」


 確かに。


 その存在から発せられる魔力は、異様なほど強い。


 だが。


 制御がない。


 理性がない。


 次の瞬間。


 それが動いた。


 近くにいた神官に、腕を振るう。


 弾ける。


 肉が。


 血が。


 人が。


「やめろ――ッ!」


 叫び。


 混乱。


 魔法陣が崩れる。


 光が暴走する。


 歪みが、解き放たれる。


 爆ぜた。


 光が。


 いや。


 “何か”が。


 大聖堂の内部を満たす。


 そして。


 外へ。



 王都ルミナスの街路。


 市場では人々が日常を取り戻しつつあった。


 子供が走り、商人が声を上げる。


 その中で。


 一人の男が、足を止めた。


「……なんだ?」


 空気が、重い。


 胸の奥に、嫌な圧がかかる。


 次の瞬間。


 視界が歪む。


 膝が崩れる。


「お、おい……?」


 隣の男が手を伸ばす。


 だが。


 触れる前に。


 肉が、裂けた。


「――は?」


 理解が追いつかない。


 人が、壊れていく。


 同じように。


 別の場所でも。


 また一人。


 また一人。


 倒れる。


 そして。


 変わる。


 悲鳴が上がる。


 逃げ惑う。


 だが、遅い。


 広がっている。


 目に見えない何かが。


 王都全体へ。



 鐘が鳴る。


 警鐘。


 だが。


 意味をなさない。


 兵が駆けつける。


「何が起きている!?」


 だが、誰も答えられない。


 目の前で、人が変わっていく。


 敵が、増えていく。


 斬るしかない。


 だが。


「くそ……なんだこれは……!」


 斬っても。


 遅い。


 次が生まれる。


 街が、壊れていく。



 大聖堂。


 その中心で。


 枢機卿は、なお立っていた。


 光に包まれながら。


「……素晴らしい」


 恍惚。


「これが……新たな力」


 だが。


 その足元。


 魔法陣は、完全に崩壊していた。


 制御は、失われている。


 それでも、止めない。


 止めるという選択が、もう存在しない。



 王都ルミナスは。


 内側から、崩れ始めていた。



 その頃。


 戦場を離れたレオンは、ただ一言だけを繰り返していた。


「……間に合え」


 その祈りは。


 誰にも届かない。



 すでに。


 王都は、地獄に変わりつつあった。

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