対峙
戦場が静まる。風だけが吹き、血の匂いが重く残っていた。
中央で向かい合う二人――レオンは剣を構えたまま微動だにせず、カイゼル=ロドゥスは一定の距離で歩みを止める。互いの間合いの外、しかし意識は完全に噛み合っていた。
周囲の兵は誰も動かない。いや、動けない。ここから先は自分たちの領域ではないと、本能で理解していた。
カイゼルが口を開く。
「名は」
短い問いに、レオンは迷いなく答える。
「レオン」
「勇者か」
「ああ」
それだけのやり取りで、空気がわずかに軋む。
カイゼルは周囲を一瞥した。倒れた魔族の兵、削られた中央、乱れていない外縁。
「……これを、お前一人でやったのか」
「そうだ」
否定はない。
沈黙が落ちる。
カイゼルは小さく息を吐いた。
「なるほど。だから中央だけ崩れる。こちらの前衛、三個中隊が消えている。一個あたり百前後……合計で三百か」
数字が静かに落ちる。
人間側の兵が息を呑む。
「……たった一人で」
誰かが呟いた。
カイゼルは続ける。
「人間の軍は三割近く削られているな。それでも崩れないのは、お前がいるからか」
視線が交わる。
レオンは答えない。
ただ剣をわずかに引き、構えを変えた。
それだけで空気が重くなる。
カイゼルの目が細まる。
「いい構えだ。戦場を見ている。自分だけでなく、全体を動かしている。武人としては上等だ」
レオンが返す。
「そっちもな。無駄がない。引き際も早い」
互いに測る。
言葉と間合いで。
ふとカイゼルが視線を上げた。
「……妙だな」
「妙?」
「お前がいるなら、王都はもっと保つはずだ。内部が乱れているな」
核心だった。
エリシアの目が揺れる。
レオンは一瞬だけ沈黙し、短く切り捨てる。
「関係ない」
カイゼルはわずかに笑う。
「図星か。好機だ。内部が割れている王都など落としやすい。お前一人では支えきれん」
事実の刃。
レオンは目を逸らさない。
「だから、ここで止める」
カイゼルは頷く。
「だろうな」
一歩、距離を詰める。
間合いに入る。
その瞬間、空気が変わる。
兵たちが息を呑む。
重圧が地面を押し下げるように広がる。
「もう一つ、妙な点がある」
「……何だ」
「北だ」
一言で、レオンの目がわずかに動く。
「動いていない。あれほどの存在が」
名は出さない。
だが互いに理解している。
「通常なら、この戦に介入してもおかしくない。だが来ない」
沈黙が落ちる。
「……どう見る」
レオンは答えない。
だが思考は同じだった。
動いていないのか。それとも。
カイゼルが剣に手をかける。
「まあいい。考えるのは後だ」
黒い刃が抜かれる。
鈍く光る。
「まずは目の前の敵だ」
レオンも剣を上げる。
完全に間合い。
風が止まり、音が消え、世界が二人だけになる。
「来い、勇者」
その一言で、すべてが始まる。




