勇者
崩壊しかけていた前線が、止まった。
ただ一人。
レオンが立ったことで。
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「……なんだ、あれは」
魔王軍側の指揮官が呟く。
視線の先。
戦場の中央。
人間の列の前に、ぽつりと立つ影。
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その周囲だけ、空間が違う。
先ほどまで、あれほど一方的だった戦場が。
止まっている。
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「報告しろ。何が起きた」
苛立ちを抑えた声。
すぐに部下が答える。
「前列第三小隊、壊滅……いえ、瞬時に消失」
「原因は」
「不明……ただ、一撃で――」
言葉が詰まる。
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その時。
また一体。
魔族の兵が踏み込む。
巨躯。
腕を振り上げる。
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次の瞬間。
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斬れる音だけがした。
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身体が、ずれる。
上半身と下半身が。
遅れて、崩れ落ちる。
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「……は?」
誰かが声を漏らす。
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通った。
あの硬度を。
あの肉体を。
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人間の剣が。
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「……勇者、か」
指揮官が低く呟く。
記録にはあった。
だが、ここまでとは。
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「数で押せ」
即座に命じる。
「一点集中。潰せ」
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魔王軍が動く。
波のように。
一斉に。
中央へ。
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「来るぞ……!」
人間側で叫びが上がる。
だが。
「下がれ」
レオンが言う。
振り返らない。
「前線は離脱しろ」
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「で、ですが――」
「命令だ」
一言で、止まる。
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その声には。
逆らえない。
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「下がれ! 勇者様の指示だ!」
誰かが叫ぶ。
兵が動く。
崩れていた隊列が、後退し始める。
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「……助かるのか」
「本当に……」
信じきれない声。
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だが。
その背中がある。
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レオンは、一歩踏み出す。
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魔族が迫る。
数。
圧。
殺意。
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すべてを。
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一閃で断つ。
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止まらない。
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二体。
三体。
五体。
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斬るたびに。
確実に減る。
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「馬鹿な……!」
指揮官の声が漏れる。
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「どれだけ削られている!?」
怒鳴る。
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「……百を超えます!」
「何だと」
一瞬で、表情が変わる。
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「まだ接敵して間もないはずだぞ!」
「は、はい……ですが、中央が――」
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言葉が続かない。
見れば分かる。
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中央だけ。
削られている。
異様な速度で。
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「……一点で戦況を変えている、だと」
理解する。
そして。
決断する。
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「包囲しろ」
「距離を取れ」
「無理に踏み込むな」
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命令が変わる。
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魔王軍が、わずかに下がる。
波が引くように。
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「……押し返してるのか?」
人間側で声が上がる。
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「違う……」
別の兵が呟く。
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「あの人が、押し返してる」
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全員が見る。
中央。
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レオン。
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剣を振るう。
それだけで。
空間が切り裂かれる。
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敵が近づけない。
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近づいた瞬間に。
終わる。
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エリシアは、息を呑む。
「……やっぱり」
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知っている。
この力。
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だが。
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「……静かすぎる」
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違和感。
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レオンは、止まる。
周囲に敵はいない。
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血が、地面に広がる。
魔族のものだ。
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呼吸は乱れていない。
傷も、ない。
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ただ。
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前を見る。
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「……引いたか」
小さく呟く。
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魔王軍。
距離を取った先。
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整然と並び直している。
乱れていない。
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「……判断が早いな」
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評価する。
敵を。
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その時。
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動いた。
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魔王軍の中央。
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道が、開く。
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兵が左右に分かれる。
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そして。
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一人の男が、歩いてくる。
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黒い鎧。
無駄のない動き。
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その姿を見た瞬間。
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魔王軍側の空気が変わる。
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「……来たか」
指揮官が呟く。
安堵が混じる。
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「カイゼル様」
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名が、広がる。
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カイゼル=ロドゥス。
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その視線が、レオンに向く。
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止まる。
一定の距離で。
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「……ほう」
低く、興味を含んだ声。
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「聞いていた以上だ」
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周囲を見る。
倒れた兵。
削られた中央。
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「この短時間で、これだけ持っていくか」
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事実を、そのまま言う。
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そして。
レオンを見る。
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「人間が、ここまでやるとはな」
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レオンは、答えない。
ただ、剣を構える。
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静かに。
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カイゼルは、わずかに笑う。
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「いい」
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一歩、踏み出す。
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「ならば、私が相手をしよう」
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その一言で。
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戦場の空気が、変わる。
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完全に。




