出撃
王都ルミナスの門が、軋みを上げて開いた。
重い鉄の音が、街に響く。
普段であれば、商人や旅人が行き交う場所。
だが、今は違う。
並んでいるのは兵士たちだった。
槍。
盾。
剣。
整列し、無言で前を見ている。
空気は重い。
誰もが理解している。
これが――戦争だと。
⸻
城門前。
一頭の馬が進み出る。
白馬。
その上に、レオンがいた。
鎧を纏い、剣を帯びる。
かつてと同じ姿。
だが。
その表情は、あの頃とは違う。
静かだった。
燃え上がるような激情ではない。
冷えた覚悟。
それだけがある。
視線を前へ向ける。
開かれた門の先。
南方。
見えない敵。
だが。
確実に、そこにいる。
⸻
「……勇者様だ」
誰かが呟く。
それが、広がる。
「勇者様が出る……」
「本当に……」
ざわめき。
恐怖と期待が混ざる。
王都決戦を知る者は少ない。
だが、“勇者”という言葉だけは知っている。
象徴。
希望。
最後の切り札。
⸻
レオンは振り返らない。
ただ、前を見る。
そして。
「進軍する」
短く言う。
それだけだった。
だが。
「おお……!」
空気が変わる。
兵の背が伸びる。
視線が前へ揃う。
恐怖が消えたわけではない。
だが。
それを押し殺す理由ができた。
⸻
横に、一人。
エリシアが立っていた。
白い法衣。
杖を握る手は、わずかに力が入っている。
「……来ますね」
小さく言う。
「ああ」
レオンは答える。
「止める」
それだけ。
迷いはない。
エリシアは一瞬だけ目を伏せる。
感じている。
外の敵。
そして。
内側の歪み。
どちらも、近い。
⸻
「門、開放維持!」
「先行部隊、前進!」
指示が飛ぶ。
軍が動き出す。
重い足音。
鎧の擦れる音。
地面を踏みしめる音。
それが重なり、波になる。
⸻
王都の外。
平原が広がる。
見通しのいい地形。
戦場としては、最悪でもあり、最良でもある。
隠れる場所はない。
だからこそ。
正面からぶつかるしかない。
⸻
進む。
ただ、進む。
誰も口を開かない。
風の音だけが、耳に残る。
そして。
それは、唐突に現れた。
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遠く。
黒い影。
点だった。
それが。
増える。
広がる。
線になる。
そして。
面になる。
⸻
「……止まれ」
レオンが言う。
軍が止まる。
全員の視線が前へ向く。
見えた。
はっきりと。
⸻
魔王軍。
⸻
黒い。
統一された色。
鎧。
旗。
すべてが異質。
人間とは違う。
存在そのものが違う。
その数。
圧倒的。
地平線を埋めている。
「……」
誰も声を出さない。
出せない。
理解したからだ。
勝てるのか?
この数に?
この圧に?
⸻
その時。
一歩。
レオンが前に出る。
馬から降りる。
剣を抜く。
金属音が、静かに響く。
「……前へ」
それだけ言う。
振り返らない。
だが。
その背中を見て。
一人、また一人と。
兵が前に出る。
足が動く。
止まっていた恐怖が、押し流される。
⸻
エリシアは、息を吸う。
魔力を巡らせる。
準備。
いつでも動けるように。
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対する魔王軍も、止まっていた。
整然と。
無駄がない。
そして。
その中央。
一際大きな影。
動かない。
ただ、こちらを見ている。
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距離が、縮まる。
ゆっくりと。
だが確実に。
あと数百歩。
その距離で。
止まった。
⸻
静寂。
風が吹く。
旗が揺れる。
⸻
そして。
どちらともなく。
一歩。
前に出た。
⸻
戦いが、始まる。




