南方統治者
南方諸侯領。
かつて豊穣を誇った土地は、今や別の意味で整えられていた。
畑はある。
だが、耕しているのは人間ではない。
鎖に繋がれた人間たちだ。
痩せ細り、無言で土を掘り返す。
その周囲を、魔族の兵が見下ろしている。
「遅い」
短い一言。
それだけで、一人が倒れた。
立ち上がれない。
だが、誰も助けない。
助ける必要がない。
代わりはいくらでもいる。
ここは収容所。
労働のためだけに生かされる場所。
価値は、それだけだ。
⸻
要塞。
玉座の間。
カイゼル=ロドゥスは、その光景を窓越しに眺めていた。
表情は変わらない。
「……効率は維持されているな」
小さく呟く。
感想ですらない。
ただの確認。
人間は劣等種。
それが前提。
だが。
「武を持つ個体は別だ」
勇者。
剣聖。
ああいった例外は存在する。
だからこそ、侮らない。
だが、それだけだ。
基本は変わらない。
価値の低い存在。
使うか、捨てるか。
それだけの違い。
⸻
その時。
空間が歪んだ。
魔法陣が展開される。
通信魔法。
カイゼルは即座に膝をついた。
「……陛下」
魔王の気配が満ちる。
圧倒的な存在感。
「カイゼル」
声が響く。
「南方の状況を報告せよ」
「は」
頭を垂れたまま、答える。
「統治は完了しております」
「人間の収容も順調に進行」
「労働力としての運用に問題はありません」
「反抗は」
「発生しておりますが、すべて処理済みです」
淡々と。
そこに感情はない。
必要な情報だけ。
「進軍は可能か」
問い。
核心。
カイゼルは一瞬も迷わない。
「可能です」
そして。
「今が好機と判断します」
はっきりと、言い切る。
魔王の気配が、わずかに強まる。
「理由を述べよ」
「は」
カイゼルは続ける。
「王都ルミナスは現在、不安定です」
「内部での魔力暴走」
「教会の関与」
「それに対する王権の制限」
一つ一つ、並べる。
「結果、王国は分裂状態にあります」
貴族。
教会。
王権。
足並みが揃っていない。
「勇者も健在です」
一拍。
「ですが」
続ける。
「統制が取れていない現状では、戦力として最大限機能しないと推測されます」
勇者個人は脅威。
だが、国家としては弱い。
「この状態であれば」
「短期決戦で王都の制圧は可能です」
結論。
明確。
⸻
だが。
カイゼルは続ける。
「ただし」
一言。
「懸念が一つ」
魔王は何も言わない。
続けろ、という圧だけがある。
「北方」
「死霊王アレイン」
その名を口にする。
空気が、わずかに張り詰める。
「現状、動きはありません」
「ですが」
一拍。
「動かないことが、最大の不確定要素です」
読めない。
意図が見えない。
だからこそ危険。
「我々が王都へ進軍した場合」
「介入の可能性があります」
「理由は不明」
「ですが」
カイゼルは断言する。
「排除はできません」
沈黙。
魔王は、しばし考える。
その間、空気が重くなる。
「……確率は」
短い問い。
「低いと判断します」
即答。
「現時点での関心は、自領の維持にあると推測されます」
「ですが、ゼロではありません」
正直な評価。
盛らない。
削らない。
⸻
そして。
カイゼルは、最後に言う。
「ゆえに」
一拍。
「迅速な制圧を提案します」
「長期戦は不利」
「短期で王都を落とし、戦力を再編」
「その上で、北方への備えを強化するべきかと」
すべては繋がっている。
王都攻略。
戦力増強。
対アレイン。
一本の線。
⸻
魔王は、沈黙する。
そして。
「……よかろう」
静かに言う。
「準備を進めよ」
「は」
「ただし」
一言。
「均衡を崩しすぎるな」
釘を刺す。
カイゼルは深く頭を下げた。
「御意」
それで通信は途切れた。
魔法陣が消える。
静寂が戻る。
⸻
カイゼルは立ち上がる。
窓の外を見る。
収容所。
働く人間。
倒れる者。
踏み越えて進む者。
「……駒は揃っている」
小さく呟く。
感情はない。
ただの確認。
「勇者」
「教会」
「死霊王」
すべて、盤上の駒。
だが。
「……例外が一つある」
アレイン。
あれだけは。
盤の外にいる。
だからこそ。
「迅速に終わらせる」
それが最適解。
⸻
カイゼルは振り返る。
「全軍に通達」
配下が即座に頭を下げる。
「王都侵攻の準備を開始」
その声は静かだった。
だが。
逆らう余地はない。
「短期決戦を前提とする」
「補給線の再構築」
「前線部隊の再編」
「すべて急げ」
「はッ!」
⸻
南方は、動き出す。
静かに。
確実に。
⸻
そして。
その先にあるのは――
戦争だ。




