観測者
グランデール。
風は静かだった。
石畳は整い、街路には歪み一つない。
広場では人影が行き交う。
荷車が動き、家の窓には灯りがある。
生きてはいない。
だが、そこには確かに日常があった。
死者の街。
それでも、秩序は保たれている。
その中心。
領主の館。
バルコニーに、一人の影が立っていた。
アレイン。
死霊王。
蒼い光を宿す眼窩が、遠くを見ている。
南方。
王都ルミナスの方角。
距離はある。
だが。
「……動いたな」
小さく呟く。
風が、わずかに揺れる。
その一言で十分だった。
気づいている。
何が起きたか。
正確には、見ていない。
だが。
分かる。
魔力の流れ。
歪み。
爆ぜた痕跡。
「粗い」
評価は、それだけ。
興味は薄い。
だが。
完全に無視できるものでもない。
「王都内部での暴走……か」
独り言のように言う。
結論はすぐに出る。
「教会だな」
断定。
迷いはない。
あの街で、あの規模の魔力を扱う存在。
限られている。
そして。
「……まだ懲りていないか」
わずかに、声が低くなる。
かつて。
グランデールを滅ぼした側。
その中核にいた存在。
教会。
記憶は、消えていない。
⸻
足音。
背後に現れる影。
黒い鎧。
重い気配。
ガルド。
かつて剣聖と呼ばれた男。
今は、上位アンデッド。
アレインの配下。
「呼ばれましたか」
低い声。
感情は薄い。
だが、忠誠は明確だった。
「ああ」
アレインは振り返らない。
視線は、王都の方角のまま。
「王都が騒がしい」
「……感じてはいます」
ガルドもまた、気づいていた。
だが。
それ以上は分からない。
だから、問わない。
必要なことだけを待つ。
「内部で、何かをやらかしたらしい」
アレインが言う。
「制御しきれず、暴走」
簡潔な説明。
だが、それで十分だった。
「……愚かですね」
ガルドの言葉に、感情はない。
ただの事実認識。
「そうだな」
アレインも同意する。
否定する理由がない。
そして。
「だが」
一拍。
「無視もできん」
その言葉で、空気がわずかに変わる。
ガルドの視線が、わずかに鋭くなる。
「敵になりますか」
短く問う。
判断の確認。
アレインは、わずかに目を細める。
「まだならない」
即答。
だが。
「だが、近い」
確信。
時間の問題。
理由は単純。
「連中は、“こちらに届く力”を欲している」
だから、止まらない。
止められない。
「いずれ、手を伸ばしてくる」
グランデールへ。
この街へ。
そして。
「その時は」
ガルドが言う。
問いではない。
確認でもない。
ただの続き。
アレインは、静かに答える。
「潰す」
短い。
だが、絶対の言葉。
それ以上の説明は不要だった。
⸻
しばしの沈黙。
風が吹く。
旗が揺れる。
静かな街。
戦の気配はない。
だが。
確実に、近づいている。
「……勇者は」
ガルドが、ふと口にする。
一瞬だけ。
アレインの蒼い光が、揺れる。
「生きている」
断言。
「昨夜の動きから見て、間違いない」
観測。
推測ではない。
確信に近い。
「……そうですか」
ガルドは、それ以上何も言わない。
感情は出さない。
だが。
わずかに、握る手に力が入る。
かつての戦い。
記憶は残っている。
敗北。
死。
そして、今。
「……来ますか」
小さく呟く。
アレインは、わずかに首を振る。
「来ない」
理由は明確。
「今は、余裕がない」
王都の混乱。
教会との対立。
魔王軍の存在。
抱えているものが多すぎる。
「だが」
一拍。
「いずれ来る」
それも確定している。
逃れられない。
あの男は。
そういう存在だ。
⸻
アレインは、再び街を見る。
グランデール。
完成された街。
守るべきもの。
失って、取り戻したもの。
「……しばらくは静観だ」
決定。
動かない。
今は。
だが。
「監視は続けろ」
「は」
ガルドが頷く。
「王都、南方、北方すべて」
「了解」
短い応答。
それで十分。
⸻
均衡は、まだ崩れていない。
だが。
確実に、歪みは広がっている。
王国。
教会。
魔王軍。
そして。
死霊王。
四つの意思が、静かに絡み始めていた。
⸻
アレインは、最後に小さく呟く。
「……次に動くのは、どこだ」
その問いに、答えはない。
だが。
必要もない。
見ていれば、分かる。
すべて。




