王都の混乱
王都ルミナス。
夜明け。
大聖堂から立ち上った煙は、まだ薄く空に残っていた。
街は、静かではなかった。
ざわめいていた。
「昨夜のあれは何だ?」
「爆発だって話だぞ」
「いや、魔物が出たって……」
噂が、広がっている。
形を変えながら。
尾ひれをつけながら。
だが、その中心にあるのは一つ。
不安。
王都のど真ん中で起きた異常。
しかも、それが大聖堂で。
それだけで十分だった。
人々は知っている。
あそこは安全な場所のはずだった。
神に守られた場所。
それが崩れた。
その意味を。
言葉にしなくても、理解している。
⸻
市場。
開かれてはいる。
だが、活気はない。
商人たちは声を潜め、客も足早に通り過ぎる。
「しばらく仕入れを控える」
「南からの荷も止まってるらしい」
「物価が上がるぞ……」
経済も、揺れ始めている。
ただでさえ、王都決戦からの復興途中。
そこに今回の事件。
不安は、連鎖する。
⸻
貴族街。
石造りの屋敷が並ぶ一角。
その中の一つで、会議が開かれていた。
「看過できませんな」
「王都の中心で、あのような事態を」
「しかも教会が関与している可能性が高い」
貴族たちが顔を突き合わせる。
だが。
意見はまとまらない。
「しかし、教会の協力なしに王国は立ち直れん」
「今さら対立など愚策だ」
「では、このまま好き勝手させるのか?」
声が荒くなる。
分裂。
すでに始まっている。
王都決戦を経験した者。
そうでない者。
その差も大きい。
「あの“死霊王”を見た者なら分かるはずだ」
一人が言う。
「今、内輪揉めをしている場合ではない」
重い言葉。
だが。
「だからこそだ」
別の貴族が返す。
「対抗手段が必要なのだ」
沈黙。
誰も、完全には否定できない。
それが現実だった。
⸻
王城。
会議室。
レオンは席についていた。
周囲には重臣たち。
空気は重い。
「報告は以上です」
文官が頭を下げる。
昨夜の被害。
死傷者。
損壊状況。
すべてが並べられた。
レオンは、目を閉じる。
一瞬だけ。
そして開く。
「教会は何と言っている」
短く問う。
「……事故と」
「事故か」
遮る。
それだけで十分だった。
誰もが分かっている。
それで済む話ではない。
「再発の可能性は」
「不明です」
「……そうか」
静かに頷く。
だが。
その目は冷えている。
「通達を出す」
レオンが言う。
全員が顔を上げる。
「教会による独自行動を制限する」
ざわめき。
「許可なき実験、調査はすべて禁止」
「違反した場合は――」
一拍。
「王権による介入を行う」
断言。
明確な線引き。
それはつまり。
対立の宣言だった。
「よろしいのですか」
一人が問う。
「教会との関係が……」
「関係より優先するものがある」
即答。
「王都の安全だ」
揺るがない。
誰も、反論できなかった。
⸻
一方。
大聖堂。
地下。
すでに片付けは進んでいた。
血は消され。
瓦礫は運び出され。
何もなかったかのように、整えられていく。
その中心に。
枢機卿が立っていた。
「……想定より早かったですね」
小さく呟く。
昨夜の結果。
失敗。
だが。
完全な無駄ではない。
「核の不安定性……出力過多……」
整理していく。
淡々と。
「ですが」
視線を上げる。
「到達は近い」
確信。
揺らがない。
そこへ、神官が駆け寄る。
「報告です」
「何ですか」
「王城より通達が」
紙を差し出す。
枢機卿は受け取り、目を通す。
そして。
わずかに笑った。
「……ついに来ましたか」
予想通り。
むしろ、遅いくらい。
「どうされますか」
神官が問う。
枢機卿は、紙を閉じる。
「従いますよ」
あっさりと言う。
だが。
「表向きは」
一言、付け加える。
神官が息を呑む。
「計画は継続する」
静かに。
だが、確実に。
「むしろ加速させます」
止まらない。
止める気もない。
「時間がないのです」
その言葉は。
誰に向けたものでもない。
⸻
王都は、揺れていた。
表では復興。
裏では分裂。
そして。
見えない戦いが始まっている。
王国と教会。
同じ人間でありながら。
すでに、敵になりつつあった。
⸻
その頃。
遠く。
北方。
グランデール。
静かな街。
石畳。
整然とした街並み。
何も変わらない。
だが。
その静寂の中で。
一つだけ。
確かに、動いていた。
⸻
均衡は、まだ保たれている。
だが。
ひびは入った。




