無音の排除
グランデール外縁。
夜。
森は静まり返っていた。
風もない。
虫の音もない。
ただ、沈黙だけが広がっている。
その中を、影が進んでいた。
三人。
黒衣に身を包んだ神官たち。
足音を殺し、気配を消し、ゆっくりと前進する。
「……ここだ」
先頭の男が囁く。
手には、小さな聖具。
淡い光を放っている。
「反応、安定しています」
後方の一人が答える。
「結界との干渉も確認済み」
順調。
計画通り。
彼らは“残された一点”へと辿り着いていた。
あえて破壊されなかった術式。
そこに、意味があるとは気づかないまま。
「設置を開始する」
指示。
三人は手分けして動く。
地面に刻まれた痕跡。
それをなぞるように、新たな紋様を重ねていく。
接続。
拡張。
完成すれば、それは“門”になる。
グランデール内部へと干渉するための。
「……あと少しだ」
男が呟く。
そのとき。
空気が、変わった。
何も起きていない。
音もない。
気配もない。
だが。
「……?」
誰かが顔を上げる。
違和感。
説明できない何か。
そして。
「遅い」
声がした。
すぐ後ろから。
「っ――!?」
三人が同時に振り返る。
そこにいた。
一体の騎士。
黒い鎧。
歪な、灰色の肉が隙間から覗く。
そして。
瞳。
蒼い炎。
「――」
言葉を失う。
知っている。
この存在を。
王都でも語られている。
死霊王の側近。
「……剣聖」
誰かが呟いた。
その名。
かつての英雄。
そして今は。
敵。
ガルドは答えない。
ただ、立っている。
剣を携えたまま。
「……排除する」
先頭の神官が叫ぶ。
即座に聖具を構える。
光が集まる。
発動。
閃光。
だが。
その前に。
ガルドが動いていた。
消えたように見えた。
一瞬。
本当に、一瞬だけ。
次の瞬間。
最前列の神官の首が、宙を舞っていた。
「――」
音が、遅れてくる。
血が噴き出す。
体が崩れる。
理解が追いつかない。
速すぎる。
「な――」
二人目が反応する。
だが、遅い。
ガルドの剣が、すでに振り抜かれている。
胴が裂ける。
倒れる。
最後の一人。
恐怖に顔を歪める。
「や、やめ――」
言葉は最後まで続かない。
剣が喉を貫く。
静寂。
再び、森は音を失った。
すべてが終わるまで。
数秒もかかっていない。
ガルドは、ゆっくりと剣を下ろす。
血が滴る。
だが。
その動きに、乱れは一切ない。
完全。
そして、無駄がない。
足元に転がる三つの死体。
それを一瞥する。
「……浅い」
小さく呟く。
評価。
脅威ではない。
だが。
問題はそこではない。
ガルドは視線を落とす。
地面。
刻まれた術式。
そして。
“残された痕跡”。
完全には消えていない。
あえて残されている。
そこに、意味がある。
ガルドは剣を振るう。
一閃。
術式の一部だけを破壊する。
中心ではない。
接続点でもない。
あくまで、一部。
機能は失われる。
だが。
“形”は残る。
誰が見ても分かる。
ここに干渉した者がいると。
そして。
それを“切った”者がいると。
「……これでいい」
低く言う。
任務完了。
だが、動かない。
しばらく、その場に立つ。
何かを待つように。
だが。
何も来ない。
当然だ。
すでに遅い。
すべて終わっている。
ガルドは、ゆっくりと背を向ける。
そのまま、闇の中へと消えていく。
⸻
領主館。
アレインは、目を閉じていた。
感じている。
繋がりを。
術式の流れ。
その一部が、途切れる。
同時に。
微かな“揺れ”が、遠くで起きる。
「……終わったか」
呟く。
目を開く。
蒼い光が、静かに揺れる。
「三」
数える。
「いや、四か」
侵入者の数。
正確に把握している。
そのすべてが、消えた。
「……想定通りだ」
感情はない。
ただの確認。
そして。
思考。
「反応は早い」
「だが、深くはない」
評価。
教会の動き。
まだ、本気ではない。
探っている段階。
「なら」
結論。
「まだ放置でいい」
無理に潰さない。
必要もない。
むしろ。
利用する。
敵の情報を得るために。
そのとき。
扉がノックされる。
「入れ」
ガルドが戻ってくる。
無言で片膝をつく。
「完了しました」
「確認している」
短いやり取り。
それで十分。
「抵抗は」
「なし」
「そうか」
予想通り。
アレインは、わずかに目を細める。
「次は来るな」
独り言のように言う。
だが。
それは確信だった。
一度踏み込んだ者は。
止まらない。
だから。
次は、もう少し深く来る。
「そのときは」
ガルドが問う。
アレインは答える。
「同じだ」
一言。
変わらない。
境界を越えたものは、排除する。
それだけ。
⸻
その夜。
王都ルミナス。
大聖堂地下。
「……連絡が途絶えました」
神官が報告する。
枢機卿は目を閉じる。
一瞬だけ。
そして。
開く。
「そうか」
それだけ。
驚きはない。
恐れもない。
むしろ。
「確認できた」
静かに言う。
「向こうも、こちらを認識している」
当然だ。
あれだけ触れれば、気づく。
問題は。
その後だ。
「……次はどうなさいますか」
神官が問う。
枢機卿は、わずかに笑う。
「決まっている」
一拍。
「深くする」
止まるという選択は、存在しない。
⸻
境界は、すでに踏み越えられていた。
そして。
その先にあるものは。
まだ、誰も知らない。




