祈りのかたち
王都ルミナス。
大聖堂地下。
再び、あの円形の広間にエリシアは立っていた。
床に刻まれた術式。
重ねられた紋様。
光を帯びたそれは、前回よりもさらに密度を増している。
強化。
拡張。
すでに“実験”の段階ではない。
実用へと移りつつあった。
空気は張り詰めている。
神官たちの数も増えていた。
誰もが緊張している。
だが、それは恐怖ではない。
期待。
確信。
成功体験が、彼らを前へと進ませていた。
「本日は第二段階の確認を行います」
枢機卿の声が響く。
穏やかで、よく通る声。
「対象強度を引き上げ、術式の安定性を検証する」
簡潔な説明。
だが、その意味は重い。
エリシアは何も言わない。
ただ、中央へと歩み出る。
前回と同じ位置。
同じ立ち位置。
だが。
内側は、同じではなかった。
広間の端。
今回の対象が拘束されている。
鎖。
封印。
幾重にも施された抑制。
それでもなお、存在感が違う。
中位アンデッド。
前回とは比べ物にならない。
歪な唸り声が、低く響いている。
「……始めます」
エリシアは短く告げる。
誰も異論はない。
すべては予定通り。
彼女は目を閉じる。
祈る。
だが。
その祈りの中に、わずかな“疑問”が混じっていることを、自覚していた。
それでも。
止めない。
止められない。
光が集まる。
白い輝き。
前回よりも強い。
術式が応答する。
紋様が連鎖し、広間全体が淡く発光する。
神官たちの詠唱が重なる。
より多く。
より深く。
そして。
「――顕現せよ」
枢機卿の合図。
光が、解き放たれる。
一直線に、対象へ。
衝突。
爆ぜる光。
だが。
今回は違う。
対象が、抵抗する。
吠える。
叫ぶ。
鎖が軋む。
術式が揺れる。
エリシアの眉が寄る。
負荷が大きい。
だが。
術式は崩れない。
むしろ。
押し込む。
光が、侵入する。
内側へ。
強引に。
上書きするように。
「……っ」
エリシアの呼吸がわずかに乱れる。
これは――
やはり。
浄化ではない。
だが。
止めない。
止められない。
やがて。
抵抗が、止まる。
急に。
唐突に。
静寂が訪れる。
光が収束する。
広間に、静けさが戻る。
そして。
そこにいたものは。
――跪いていた。
前回と同じ。
だが、違う。
明らかに。
強度の高い存在。
それが。
“従っている”。
「……成功です」
神官の声。
抑えきれない興奮。
ざわめきが広がる。
「安定しています」
「反応も良好です」
次々と報告が上がる。
枢機卿は、ゆっくりと頷く。
「素晴らしい」
その声には、確かな満足があった。
「これで確信が持てた」
視線がエリシアへ向く。
「死霊王に対しても、有効です」
断言。
迷いはない。
だが。
エリシアは、その言葉を聞きながら――
別のものを見ていた。
跪くアンデッド。
動かない。
従っている。
だが。
その奥。
わずかに。
ほんのわずかにだけ。
“残っている”。
完全には消えていない。
消せていない。
押さえつけているだけ。
「……違う」
また、同じ言葉が浮かぶ。
今度は、はっきりと。
これは、神の奇跡ではない。
支配だ。
抑圧だ。
そして。
不安定だ。
もし、これが崩れたら。
そのときは。
「……エリシア様」
神官が声をかける。
「次の段階へ進みます」
予定通り。
当然の流れ。
だが。
エリシアは、動かなかった。
一歩も。
「……待ってください」
静かに言う。
その一言で、空気が止まる。
全員の視線が集まる。
枢機卿もまた、彼女を見る。
「どうしました」
穏やかな声。
だが、内側は測れない。
エリシアは、ゆっくりと振り返る。
「この術式は」
一拍。
「完全な浄化ではありません」
はっきりと告げる。
ざわめき。
だが、彼女は続ける。
「対象は消えていない」
「ただ、押さえつけられているだけです」
事実。
誰も否定できない。
だが。
枢機卿は微笑む。
「それで問題はありません」
即答。
「重要なのは結果です」
「制御できている」
「それで十分でしょう」
合理的。
そして、冷たい。
エリシアは視線を逸らさない。
「……崩れた場合は」
問い。
核心。
枢機卿は、ほんの一瞬だけ間を置き――
「その時は、再度制御すればいい」
軽く言った。
まるで、大した問題ではないかのように。
その一言で。
エリシアの中で、何かが決定的に変わる。
理解した。
この人たちは。
止まらない。
そして。
止める気もない。
「……承知しました」
だが、表には出さない。
頷く。
聖女として。
役目を果たす者として。
それでいい。
今は、まだ。
だが。
その目は、もう前とは違っていた。
⸻
その夜。
大聖堂の外。
エリシアは一人、空を見上げていた。
静かな夜。
星が瞬いている。
王都は、平穏だった。
だが。
「……ガルド」
小さく、名を呼ぶ。
返事はない。
当然だ。
ここにはいない。
もう、生きてもいない。
それでも。
思い出す。
あの背中。
あの剣。
そして。
最後の姿。
「……これは」
呟く。
「本当に、正しいのですか」
問い。
だが。
答える者はいない。
風が吹く。
静かに。
夜は、何も語らない。




