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静かな違和感

 グランデール。


 北方に位置するその都市は、静寂に包まれていた。


 石畳は整えられ、街路は清掃され、建物は規則正しく並んでいる。


 かつて滅びたとは思えないほどに、街は完成されていた。


 だが。


 そこにあるのは、生者の営みではない。


 足音はある。


 人影もある。


 だが、呼吸はない。


 アンデッドの街。


 死霊王アレインの領域。


 城壁の上、黒騎士が一人、立っていた。


 ガルド。


 かつて剣聖と呼ばれた男。


 灰色の肉を纏う上位アンデッド。


 その瞳には、蒼い光が静かに揺れている。


 視線は遠く。


 南。


 王都ルミナスの方角。


 動きはない。


 だが。


 違和感がある。


 言葉にはならない。


 だが、確かに。


 何かが変わりつつある。


 そのとき。


「どうした」


 背後から、声。


 振り返る必要はない。


 分かっている。


 主の声だ。


 ガルドは片膝をつく。


「……異変の兆しを感じます」


 簡潔に報告する。


 言葉は少ない。


 それで十分だった。


 足音。


 ゆっくりと近づいてくる。


 アレイン。


 黒衣を纏った骸骨の王。


 蒼い光を宿す眼窩が、静かに街を見下ろす。


「兆し、か」


 小さく繰り返す。


 興味を示すように。


「王都方面です」


 ガルドは続ける。


「明確な軍の動きはありません」


「ですが」


 一拍。


「意図的な“静けさ”があります」


 それは、戦場を知る者の感覚だった。


 嵐の前。


 何かを仕掛ける前の、抑え込まれた空気。


 アレインは、しばらく何も言わなかった。


 ただ、視線を遠くに向けている。


 王都ルミナス。


 かつて、自らが滅ぼした場所。


 そこにあるものを、思い出すでもなく。


 ただ、観測するように。


「……教会だな」


 ぽつりと、言う。


 断定。


 ガルドはわずかに顔を上げる。


「すでに、把握されていましたか」


 問いではない。


 確認。


 アレインはわずかに頷く。


「視線が増えた」


 簡潔に言う。


「人間のものではない」


 蒼い光が、わずかに揺れる。


「祈りに混じる、干渉の気配」


 それは感知というより、認識に近い。


 この領域そのものが、アレインの支配下にある。


 だからこそ。


 “異物”は分かる。


「神聖系統の探査かと」


 ガルドが補足する。


 アレインは否定も肯定もしない。


 ただ、静かに言う。


「試している」


 誰が、とは言わない。


 だが明白だった。


 王国。


 そして、その中枢に入り込んだ存在。


「均衡を崩す気か」


 ガルドの言葉。


 それに対し、アレインはわずかに首を振る。


「違う」


 短く。


「崩れていると、思っていないだけだ」


 静かな指摘。


 認識の差。


 それが、すべてだった。


 人間たちは、この状況を“均衡”と呼んでいる。


 だが。


 アレインにとっては違う。


 ただ、動いていないだけ。


 いつでも崩せる。


 ただ、それをしていないだけ。


 それが現状だった。


「……対応は」


 ガルドが問う。


 命令を待つ。


 だが。


 アレインは、すぐには答えなかった。


 しばらくの沈黙。


 風が吹く。


 旗が揺れる。


 街は静かだ。


 何も変わらない。


 その中で。


「放置する」


 結論は、短かった。


 ガルドは動じない。


「理由を、お聞きしても」


 許可を得て、問う。


 アレインは、わずかに視線を下げた。


 街を見る。


 石畳。


 家々。


 かつて守ろうとした場所。


 そして。


 取り戻した場所。


「ここは、完成している」


 静かに言う。


「無理に動かす必要はない」


 それが答えだった。


 防衛ではない。


 維持。


 この街は、すでに一つの“形”として完成している。


 だからこそ。


 余計な動きは不要。


「だが」


 わずかに、声が低くなる。


「侵入してくるなら、別だ」


 蒼い光が、わずかに強くなる。


 その一言で、十分だった。


 ガルドは深く頷く。


「迎撃体制は維持します」


「任せる」


 それで会話は終わりだった。


 ガルドは立ち上がる。


 再び、城壁の外へと視線を向ける。


 変化はない。


 だが。


 確かに、何かが近づいている。


 見えない形で。


 静かに。


 そのとき。


「……ガルド」


 不意に、アレインが呼ぶ。


 珍しいことだった。


 ガルドは振り返る。


「は」


 短く応じる。


 アレインは、わずかに間を置いた。


 そして。


「お前は、どう思う」


 問い。


 命令ではない。


 意見を求めるもの。


 ガルドは一瞬だけ考える。


 そして。


「……排除すべきかと」


 迷いなく答える。


 それが最適解だから。


 脅威は早期に潰す。


 それが戦場の理。


 アレインは、わずかに頷く。


「そうだな」


 肯定。


 だが。


「だが、まだいい」


 続ける。


「自分から壊れるなら、それでいい」


 静かな言葉。


 冷たいわけではない。


 ただ、興味が薄い。


 世界そのものに対して。


 ガルドは、それ以上何も言わなかった。


 主の判断がすべて。


 それでいい。


 風が、再び吹く。


 グランデールは静かだった。


 戦いの気配はない。


 だが。


 均衡は、確実に揺らいでいる。


 そして。


 その中心にいる存在は――


 動かない。


 ただ、見ている。


 それだけで。


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