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華の夢と枯れた今

 ビル群からの華やかな光が煌々と輝く月界の都市を背後に、冥は人通りの少ない緑地内にたたずむ月宮(つきのみや)解放軍(かいほうぐん)の拠点に(ふん)した廃墟へ息を切らしながら戻ってきた。

 彼女たちは地球で起こした度重なるミスによって、隊長格でありながら隠れデモの荷物持ちを罰として与えられた。それだけ聞けば簡単そうに思えるが、実際は重労働を優に超えるものだった。

 冥の両手にはデモの道具に機材がぶら下がっている。能力も使用して大道具も持ってきているために、疲労感は人一倍大きい。

 しかし彼女以上に負担を強いられているのは、従者の風華だった。

 風華はまだ子供であるにも関わらず能力による機材の運搬を禁じられた。自分の犯したミスの重さを十分に思い知るため。という名目ではあるが、幼子である風華にかかる負荷は仕置きにしては行き過ぎている。

 だが風華は、ただですら必要以上の道具を持っている冥に更なる世話はかけさせたくないという一心で、決して弱音を吐かなかった。だが、拠点に着く頃にはもう風華は息も絶え絶えに疲労しきっていて、出迎えにきた晶濟(あきな)八千慧(やちえ)を見ると安心からくる気の緩みで突っ伏すように前へ倒れた。

 音に気づいた解放軍のメンバーが散乱した道具や荷物を見ると、すぐさま上層部へと告げ口をし、それを聞きつけた上層部の隊員『蛇蝎(だかつ)』が見下したゲスな笑みをこれ見よがしに浮かべながら冥たちへ歩いてきた。


「なんだお前たちは、荷物持ちすら満足に出来んのか? 隊長格である冥も、従者も堕ちたものだ。……いや待てよ。さてはお前たち、親の手伝いをしたことがないな?」


 しかし冥は動じずに淡々と言い返す。


「お前は上層部にいながら隊員の入隊事情すら把握していないの? 私はかつて輝夜の起こした惨劇で風華くらいの歳に親族を失った。風華に至っては捨て子なのよ? 親を知らない者が、親の手伝いの苦労なんかどうやって知り得るのよ」


 事実を言われた蛇蝎が言葉に詰まる。追い討ちをかけるように冥は、安い挑発を倍返しするように理詰めの反論をまくし立てる。


「そもそもね、私たちに課した罰を、親からの罰と例えるなら、こんなの虐待もいいところだわ。こんな幼い身で能力を使わずにこの荷物の山を自力で持って来いだと? それこそ親の躾を受けてこなかった者の詭弁ね。

 ここまでの道中、私よりも風華の方に憐憫と心配の目を向けられたこと、貴方ご存知? もしそこで貴方が群衆に向かって「これは躾だ」と言ったらどうなるでしょうね。きっと()()()()()()から叱責が飛んでくるんじゃないかしら?」


 反論の出来ない蛇蝎は顔を真っ赤にしながら「貴様」と喚き迫るが、横から「やめろ」という若い男の声が入ると、蛇蝎はスイッチを切ったようにピタリと立ち止まった。


赫皇(かくおう)様……コイツです、コイツが先におれ……私に反論を」


「いいから下がっていろ」


 睨まれた蛇蝎は、渋々拠点へと戻っていく。

 冥も、風華も。晶濟も八千慧も誰も驚かない。しかし、もしこれを月界の国民が見たなら驚天動地の大騒ぎとなるだろう。

 何故なら冥たちの前に立つ男『赫皇(かくおう)』は、三月皇の一人だからだ。

 三月皇の一人が、左派の、しかも過激派と言われる月宮解放軍と関わっている。そんな大スキャンダルが明るみに出れば、辞任どころで済まされる話ではない。


「わざわざこの俺がこんな辺境の地に来たんだ。帰りくらい気兼ねなく帰らせて欲しいものだがな」


「予定は決まったのですか」


「決まったから帰るんだ。……三日後だ。三日後、ある作戦を決行して本格的な運動が始まる。それまでにはお前たちの罰も終わっている頃だろうから、そのときまで面倒やバカを起こすなよ」


「その作戦、私たちも手伝わせて下さい」


 意気込んで赫皇に進言する冥だが、赫皇は鼻で笑い、にべもなくあしらった。


「冗談はその無駄に大きな胸だけにしろ。お前、今の自分がどういう立場なのか分かって言っているのか? 地球で満足に成果一つ上げられなかったお前が、俺の作戦まで道連れにさせる気か」


 冥は苦い顔をして歯噛みする。小声ながらも「胸の大きさは関係ないでしょう」と精一杯の反論するが、赫皇にはどこ吹く風といったところだ。

 冥たちのグループは今や軍内での信頼は皆無に等しい。地位こそ維持してはいるものの、実質的な立場は新米の隊員と同じほどに失墜した。彼女たちが持つ団体からも冷ややかな目を向けられ、こうして赫皇から侮蔑的な言葉をかけられても何も言えないし、まともな反論が許されない立場であることを冥は痛感している。

 上下関係が絶対的で、権力至上主義の世界において一度でも信頼を落とすことは、誇張でも何でもなく奴隷となったも同然なのだ。


「いいか、何度でも言うが今のお前たちは解放軍の創立以来最悪の能無しだ。勇ましい気概よりも、まずは自分たちの精算を済ませてから大言を言え。それが分かったなら、さっさと物をしまってこい」


 吐き捨てると赫皇は影の中へ沈んでいき、冥たちの拠点を後にした。

 残された一行は、八千慧の一声で散らばった荷物や道具を片付け、残された仕事を済ませると一同は帰路についた。


 ※


「ご苦労だったの、皆の衆」


 月界の一角。いわゆる貧民街といわれる街で、八千慧は自宅に冥たちを招き、手料理を振る舞っていた。

 だが一同は料理よりも彼女の部屋、もとい家の方を強く気にかけていた。

 それもそのはず、彼女の住む家は今にも崩れそうなボロボロの廃墟のような所だからだ。明朗快活な性格の八千慧からは想像も出来ないみすぼらしい暮らしには冥たちも驚きの色を隠しきれない。


「味は保証できぬが、毒が入っていないことだけは絶対に保証しよう」


 冗談を言って白い歯を剥き出しにしながら笑う八千慧に、一同は中々手を伸ばそうとしない。

 重々しい空気の中なのを知ってか知らずか、最初に口を出したのは風華だった。


「あの……八千慧さん、本当に私たちがご馳走になってもいいのですか?」


「その心は?」


「だって……八千慧さん一人分の食事だって、この様子を見るに手一杯そうですし……」


 子供だからこそ出てくる悪意のない率直な思いは、場を知り世を知る大人の冥たちには到底言えないものであるがために、すかさず冥は遮るようにピシャリと声を荒げる。

 しかし八千慧は「構わぬ」と屈託のない笑いを上げながら、制止する冥をなだめた。


「そりゃあこんな部屋に住んでおれば、誰だってそう思おう。風華、お主は将来大物になるやもしれんのう」


「……八千慧、ならば無礼を承知で聞くが、今日までお前はどうやって生きてきたのだ?」


「無論、生活保証の伝手(ツテ)よ」


 カッカッカッと笑う八千慧だが、冥たちはその事実を聞いて愕然とする。納得できる一方で、目の前にある残酷な事実が、冥たちの置かれた環境や現状に手厳しい軋みをもたらす。


「皮肉なものじゃろう? 今の政治が許さぬと叫ぶ傍ら、その政治が敷く制度に助けられているなどとは。だが、これが現実よ。こうでもせねばワシは路頭に倒れ、野垂れ死ぬだけ。職に就こうにも、ワシが解放軍にいることはすでに月界に知れ渡っている。厄介者を受け入れるところなぞ、精々が夜鷹ぐらいが関の山よ」


「だ、だが私たちには軍からの配当金があるはず」


「お主はまだいい。ワシらのような一兵卒は雀の涙もいいところ。しかもその内訳には、解放軍の協賛費というお布施で大半が持っていかれる。配当金頼みで生活をすれば、節約に節約を重ねても、保って二日というところじゃろう。元より解放軍(あんなところ)は、まともな人間がいくようなところではないからのう」


 冥は更に愕然とする。今まで知ろうともしなかった現実が仲間の口から語られることで、解放軍の中で形成される歪で不公平な現実を明るみとなっていく。それは学のない冥でも疑問を持たずにはいられない、醜悪な現実だった。八千慧は「お主らだから言えるがの」と前置きをして続けて言う。


「ワシらの現場を見れば分かるが、アレは最早地獄よ。煮湯と苦汁を意味もなく延々と飲み続けるような所業。ワシらは負け戦に繰り出ていると言っても過言ではないと思ってしまうわい」


「どういう意味だ?」


「ワシと晶濟は、電子広報宣伝班なる班に移されたが……正直言ってありゃあまともな者が行くところではないわ……」


「一体何が起きている?」


「いうなれば現政権の不祥事などを声高に騒ぎ立てることが、ワシらの仕事じゃ。真偽の裏取りは不要。兎角大声で騒ぎ、一人でも多くの国民を我が方に加担させるように仕向ける。

 反論する者には、相手に二の句を告げさせぬように理屈と屁理屈を織り混ぜてものを言わせないようにさせ、それでも苦戦するようならば権威の名の下に相手を脅すと同時に、相手を社会悪に見立てる討論とも言えぬ一方的なものよ。

 じゃが……大方の不祥事には、ワシらの左派側に肩入れする議員が元凶であることや、左派の関わっていることが大半じゃし、全くの虚偽情報であることも多い。それでも上方は裏取りをする時間よりも、声を上げる方に時間を割けと言う。

 裏を知る者がそれを指摘したならば、その宣伝はそこで打ち切り。次の火種に食ってかかり、また声を上げて、そこで指摘されたらまた……その繰り返しよ。

 正直ここまで解放軍の、いや、左派の実態が腐っていたとは思わなんだ」


「私たちはもう嫌気が差してますけど、どうにも電子漬けになった人たちには苦ではないようなのです。私たち宣伝班の記録を見れば分かりますが、大半は誹謗中傷と暴言の数々です。あんなの聞くのも見るのも耐えれませんよ〜……」


 幼稚にして不毛。これまでベールに隠されていた解放軍の他部署の実態を、冥は瞬きさえ忘れて八千慧と晶濟の話を聞いていた。

 聞けば聞くほど明るみになる実態に、冥は次第に解放軍に対して疑問の種が芽吹いていく。


「無論、ワシらの班はこのザマだが、他の班はそうではないだろう。特に赫皇が仕切る班は精鋭のみが集う解放軍の本懐。ワシらの班のような無様のない秀逸なる集いだと……信じたいがのう……」


 八千慧の声からハリがなくなっていく。しかし無理もない。解放軍の末端とはいえ世界の改変に努める者たちが、まさかここまで地味で卑屈なことに熱をもって従事していると聞けば、誰だって不信感を抱かずにはいられない。


「元より論戦においても、ワシらの勝ち目なんか無いようなものじゃ。何故なら学識のある者は、ワシらのやっていることに矛盾と疑問を自ずと抱く。そうして知るのじゃ。ワシらのやっていることは、中身のない騒乱の煽動でしかないと。

 事実、ワシらのいる解放軍よろしく左派に肩入れする名だたる者たち全てを見ても、過去に名を馳せたが、今は世から置いていかれた著名人や学者しかおらず、現在(いま)に名を馳せる者はことごとく左派(ワシら)を忌避し、嫌悪しておる。

 正直に言おう。こんなザマではワシらは衰亡する他にはない。船底に穴の開いた泥舟のようなものじゃ。沈むのは今日か明日かの違いでしかない」


 部屋が重苦しい空気に包まれ、笑顔を基本的に絶やさない晶濟ですら沈んだ面持ちになっている。

 ため息と沈痛な面持ちが場を支配する中で、冥は「それよりも」と無理やり話題を変えて場を賑わせようとする。


「あの赫皇がとうとう作戦を決行すると言ったんだ。私たちの悲願である革命がもうまもなくで行われるのよ。八千慧、晶濟、貴女たちの方で具体的な内容とか掴んでいないの?」


 意気込む冥に答えたのは、晶濟だった。


「……そういえば冥さんが帰ってくる一時間前でしょうか。赫皇様と一緒に来た呪術師を名乗る『月影(げつえい)』という方が慌てて帰っていった後、上層部のいるところがにわかに騒がしくなったのを覚えています」


「それはどうしてだ?」


「分かりません。仮に私が聞いても、絶対に答えてはくれないでしょう。……ただ、名前は聞こえませんでしたが、誰かが死んだと一瞬だけ小耳に挟みました」


「死んだ? あまり聞きの良い話じゃないわね」


「もしかしたら聞き間違いかもしれませんし、空耳だったかもしれません。ただ、あの慌て方は演技とかではないことは確かでしょう」


 実を言えば冥は唐突に現れた死という言葉を強く気にかけていた。言葉に出来ない妙な胸騒ぎが、冥の心中で騒ぎ立てる。

 だが、沈んだ空気に漂い始めた不信感を前に出してはならないと思ったか、冥は場を支配していた空気を払うように一つ柏手を打った。


「ともあれ、いよいよ私たちが望んだ変革の時が近づいているのは確か。今まで月界を暴力で支配していた神無に、私たちが一泡吹かせられるのよ。そうと分かったなら沈んでいる場合じゃないわよね!」


 無理やり明るくさせようとしているのは、全員が理解している。それでも一同は、冥の発破にも似た激励で次第に笑顔を取り戻していく。


「左様、ワシらも沈んでいる場合ではないな。さて、冷めぬ内にそろそろ食べようぞ」


 食卓に陽がさし、花が咲く。

 冥には学がないが、学がないからこそ枠に縛られない強みがある。今は陰鬱だが、ことは着実に好転してきている。圧政からの解放は目の前で、未来は華やかに輝くだろう。

 そんな、淡い幻想(ゆめ)を無理やり前面に出して語らい合う冥は、内に秘める暗澹とした心情を最後まで明かすことなく、笑って食を進めた。


 ※


 へばりつくような雄の匂いが充満した薄暗い地下室で、数人の部下を引き連れた『月影』は、横たわる亡骸を前に不愉快そうにしていた。


「もういい。今更何を言おうと今は変えられん。計画は(へい)へと変更だ。なに、これはこれで利用できる」

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