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竜と虎

 龍吾のいる学校で、六時限目の授業が後半に差しかかった辺りへとさかのぼる。

 輝夜の忠告と希望虚しく、毎日働き続ける龍吾には、輝夜は「無理はしないで」と言って、見送る事しか出来なかった。

 それでも輝夜から、疑問が消えたわけではない。

 輝夜の必死の忠告を無視してまで働く理由。そもそも龍吾には、なぜ借金があるのか。

 龍吾は何も語らないし、事の真実を言おうともしない。

 龍吾は龍吾なりに、心配を掛けさせない様にしているのだろうが、むしろ二人の心配を掻き立てるだけだった。


「今日も……龍吾は遅くなるのかしら」


 晴天の陽が燦々と降り注ぐ窓の外を、座って見ながら輝夜はボソリと呟いた。


「そうなるかもしれません」


 雛月が予測を述べると、輝夜は虚空に向かって小さな溜息を吐いた。


「……私……今日まで彼の意思をないがしろにして、傲慢にも彼の元で衣食住を共有するなんて、身勝手で、無責任過ぎるわよね」


「それを言うなら私も、従者という立場を使って、龍吾様の元に居座る形となりました。それは揺るぎない事実ですし、申し訳ないと思いますが……」


「それ以前に、彼を天月人(わたしたち)の戦いに勝手に巻き込んで、挙句、彼の命は幾度も危機に立たせて、……何より私は……初めて彼と出会った時、最低な事をしたから……」


「……最低な事? ……あの、恐れ入りますが、何をなされたのですか?」


 輝夜は自身の過去の罪を悔いるように、顔に影を落とす。

 雛月は言葉を出さない輝夜を、固唾を飲んで見ていた。


「彼が借金取りから追われてたのよ。……だけど、私は最初に彼と出会った時に彼を突き放したの。彼の事情一つ聞かずにね」


 憂いと後悔を含んだ横顔で、輝夜は自分のしでかした所業を白状した。

 それに対して雛月は、波一つ無い水面に石を落とされた様な衝撃が、雛月の目を見開かせた。

 それは龍吾に借金があるという事も、輝夜が彼を見放したという、二つの意味を含んだ驚きを示していた。


「龍吾様が? 借金を? ……そんな。龍吾様が借金を作るような方とは、私は思えません」


「そこは私も日を経る毎に、疑問を持つようになったわ。彼は若くして、散財癖があるような人柄じゃない。だけど……。……だけど私は一度見放したのよ。だから、きっと彼は根に持ってるのだと思うわ。……いいえ、それ以外考えられない」


「……で、ですが、輝夜様は龍吾様を、お助けになられて今があります。何故お助けを?」


 その必然たる問いが掛けられた時、自らが作った過ちという宙に吊られていた巨石が、目の前で降ってきた様な、重々しい衝撃が輝夜の心中を揺るがす。


「……行く当てが、どこにもなかったからよ」


「……それだけ、ですか?」


 輝夜の顔が自責の念に駆られて、険しさを増して行く。たった一つの、たったそれだけのあまりに単純で、輝夜自身が認めるほどの、身勝手な理由。

 地球に降りて、現代の日本という右も左も分からぬ所で衣食住を探す日々を送るよりは、誰かの下に居座って、衣食住を確保するという、大義も礼節もない理由。

 挙げ句の果てには、天月人との戦いに居座った者を巻き込むという、理不尽で、はた迷惑で、自己中心的な最低の行為。それを輝夜はしてしまった。


「……えぇそうよ。それだけよ。たったのそれだけ。身勝手だし、理不尽極まる最悪な理由でしょう? 私はそれをしたのよ。呆れ果てて物も言えないわよね。距離を置きたくもなるし、秘密を語りたく無い理由には最も過ぎるわ」


 その時、雛月の脳裏にある記憶が蘇る。

 初めて龍吾と出会ったあの日、輝夜が家を半壊させながら刺客と戦い、家を直した時彼は薬を服用していた。

 今となっては探しようもない物だが、あれは風邪薬や腹痛止めなどの類いでは無く、精神安定薬であった事を思い出す。

 今になって、何故彼が薬を服用していたのか、その答えが明確となった。

 原因は定かでは無いが、龍吾の身に借金があり、いつ差し押さえが来てもおかしく無い、緊迫した日常から自らの恐怖を抑える為に、彼は薬を服用していたのだ。

 それを輝夜はいたずらに、話もまともに聞かず見放したが故に、言いたい事も言えない現在があるのだ。


「結局……私はいつも誰かを傷つけ、そうして後で後悔する馬鹿な女。こんなのが元三月皇なんだから、笑えないわよね……」


「……ですが……。ですがそう思うなら、なおさら龍吾様の現状を、私達が救うべきではないでしょうか? 過去は過去でもう変えられません。ですが、未来を変える事はいくらでも出来ますよ」


 雛月の進言に、輝夜は顔に落としていた影を振り払う様に、雛月へと顔を向け、立ち上がった。


「……そう、よね。こんな厄神でも、何か一つくらいは出来る……いえ、しなくてはならないわ。私のせいで、今日まで大きく振り回して来た彼に、私が出来る事をしましょう」


 決意の目で輝夜は雛月の元へと歩み寄った。このまま行けば龍吾はいつも通り仕事先へと向かう。

 いささか強引ではあるが、放っておけば龍吾の身は、間違いなく限界を迎えて崩壊するだろう。

 その前に彼を止める事を第一とし、彼を蝕む借金の問題を終わらせる事が彼女達の、今日まで龍吾の元に居座らせてもらった感謝の印であり、輝夜の罪滅ぼしにもなる。


「そうと決まれば善は急げよ。雛月、龍吾の学校まで行きましょう。座標移動は出来るでしょう」


「出来ますが、龍吾様の通学していらっしゃる高校の周囲は、人口の多い場所です。移転先で、私達が突然出て来たら、混乱は避けられません」


「飛んで行くのも目立つわね。大人しく電車で行くしか無いわね」


 輝夜の言葉で雛月も準備を整え、共に外へと出て行った。

 まもなく夕方を迎える時間帯であるにも関わらず、太陽は未だ地平線に沈んでいる様には、思えぬほどに眩い。

 輝夜達は駅へと向けて歩みを進めていると、道中両手に多量の食品やら雑貨が入っていると思われる、パンパンに膨れたレジ袋を持つ雷月と月島に出くわした。


「あれ? 輝夜さんに……従者の、雛月さん?」


「お二人共揃ってどちらへ? もし何かお困りなら」


「お呼びで無いわ」


 輝夜の一声によって一蹴された二人は、か細く「はい……」と言いながらそそくさと去って行った。

 その後ろ姿を見ながら雛月は、二人がまだ地球に残っていることにやや驚きつつ輝夜の後に着いて行った。


(あの二人、この近くに住み始めたのかな?)



 場は移って、渋谷のとある高層ビルの屋上。

 屋上の一部に巨大な竹が突き刺さり、そこから離れた所に弓張が、目一杯に広がる現代の日本の光景を眺めていた。


(空気は濁り、世界も曇り、雑踏絶えず鳴るばかり。こんな世界でこの国の者は、よく生きられるものだ)


 弓張のいた世界の環境とは真逆の世界で、眼下に広がる大小様々に建て集うビル、車や人々が行き交う世界を静かに見ていた。

 ビル風が吹き上げ、弓張の薄い藤色の髪がなびく。

 おもむろに弓張は袖に入れていた五千円札を取り出した。地球に向かうにあたり、金満から渡されたものである。

 指先から逃げようとする、虫の様になびくお札を見やりつつ、弓張は思い出す。

 「むこうで、もしもの事があれば使え」と言って手渡したきた金満。


『金が目当てでないとは言え、この私からこれ程の金を貰える事を、光栄に思え』


 横柄で傲慢なことではあるが、彼はそう付け加えていた。

 すると不意に、弓張の背後から金属で出来た扉が重々しい音をたてて、何人かの足音がぞろぞろと集い始めて来た。


「何だ? 何が落ちたんだ?」


「警備より、こちら屋上。問題の場所には何かが落ちた跡が見られるものの、落下物は見られず」


「一体何が起きて……! ちょっと! あんた!!」


 弓張に気付いた警備員が、持っていた警棒を取り出し、それに呼応する様に周りの警備員も、弓張の後ろ姿を見て一様に警棒を取り出し、構えた。


「あんた、ここで何をしている? ここは立入禁止だぞ。……まさかこの事態を起こした犯人か?」


 警備の問いに、弓張はすぐには答えず、五千円札を袖に入れると、ゆらりと振り返り、天を貫くほどの大きさの竹を見上げながら、目線を警備員の方へと向けた。


「いかにも、である。……そちらはこの塔の者か。訳あって月からこの地に降りたとは言え、降りる場所は選べぬ故、この移動用の竹が貫通してしまったな。すまない」


「……つ、月から? 竹? 何の事を言っているんだ?」


「お前達には……そうか、この竹は見えぬのか」


 六人の警備員に対して、弓張はまるで動じず、対して警備員達は、自分達の目には見えない竹を無視し、目の前にいる存在を薬物中毒の患者か、はたまた妄想と現実の区別のつかない、気狂いかと勘繰った。


「ふむ……では、そちらの方。私からそちらに問いたい。ここは何処だ? 日本の地ではある事は分かるが、日本の何処に、私がいるのか皆目検討つかぬ」


「……は、はぁ?」


「これ、『はぁ』とでは答えにならぬ。ここは何処だと聞いている」


「……すみませんが、一緒に警備室まで着いて来て貰えますか? その……立入禁止の所にいることや、先程の発言からして、このビルを損壊させたことも疑われますし、なにより……」


「イカれてる」


 警備の一人が率直な感想を言うと、周りの警備も抑えていた笑いを露わにした。

 尋ねていた警備員に代わり、まだ三十路手前くらいの男性が弓張の前に立つ。


「すみませんがねぇ、月から来たのか、火星から来たのか知りませんが、遊びでもおふざけでも、こんな事して許されると思ってるのかい?」


「私の問いに答えて欲しい。ここは何処か、と聞いている。これで三度目だぞ」


「あー……すいませんがね宇宙人様、取りあえずこっちに来てもらいますよ」


 警備の一人が弓張の元へと近づき、片手を引っ張ると鉄の錠を腕に掛けた。


「ほら、そっち。そっちの手を出して」


「……これに何の意味がある? それに私の問いにお前達はいつ答える?」


 警備員は盛大なため息を吐くと、「もういいからっ!」と言いながらもう片方の手を引っ張り、両方の手に手錠が完全に付けられた。

 警備員が誘導をしようとすると、弓張は何の苦も無く、両手を繋ぐ鎖を引き千切った。

 警備員達は、手錠の鎖を簡単にちぎった存在に、唖然としていた。

 それだけに止まらず、弓張は両方の手錠の開閉部を二本の指で開かせ、口を開いた手錠を地に放り投げた。


「いい加減、私の問いに答えろ。私とてここまでされれば怒るぞ」


 嘲笑していた『イカれた存在』から一転、警備員達に緊張が走り、手にしている警棒を構える。対し、弓張は全く警戒もしてなければ、そもそも警備員達を敵としても見ていないように、表情を崩さない。


「……そこを動くな。動けば容赦をしないぞ」


 弓張は目の前で警棒を構える警備を見ると、瞬きほどの速さで警棒を奪い取った。

 奪い取られた警備員は、二〜三秒ほど遅れて、自分の手から警棒が取られた事に驚愕した。


「材質は分からぬが、全てが安いな。芯もロクに鍛えていない」


 弓張は両手で警棒を握ると、まるで粘土をこねくり回すように、グニャグニャにして放り捨てた。

 高密度で出来たスチールの警棒は、今やいびつな球体へと変わり果てていた。

 六人の警備員達の表情が青ざめていく。挑まずとも、語らずとも、この現状を見ただけで、自分達が束になっても勝てない存在であると、生物としての本能が理解し、警鐘を鳴らしていた。


「これが最後だ。そちらに問おう。ここは何処だ?」


 笠の影から二つの白い光が警備員達を見据える。

 その光を見た者達は、たちまち恐怖のどん底に落とされ、ある者は腰を抜かし、ある者は崩れる様に気絶した。

 弓張の前に立つ警備員は逃げ場の無い、逃げようの無い状況に、歯を鳴らしながら震えていた。


「……こ、ここ……はし……しぶ……渋谷。渋谷……です!」


「渋谷? ふむ……渋谷か。ではもう一つ聞きたい。この渋谷から……用賀? とやらはどうやって行くのだ?」


「よ、よよよよ、用賀! ……用賀ま、まで……っでは!」


 震えてロクに言葉も出せない警備員を見ていると、不意に弓張は背後へと振り向き、先程弓張が見下ろしていた場所へと目を移した。

 眼下に捉えたのは、豆粒ほどの大きさの二人。

 それを視認するした弓張は、腰を下ろして屈むと、笠を片手で抑えながら飛び降りた。

 警備員達は恐怖から解放されると同時に、抑えていた叫びが喉から爆発した。



「今の時間帯ですと、山手線で行くより、埼京線という電車で行く方が早いです。それに乗りましょう!」


 電車から降りた輝夜と雛月は、駅の階段を上りながら、雛月の目の前に映し出された映像を見ながら、埼京線の止まるホームへと繋がる建物に向かって行った。

 映像が指し示す所まで歩みを進めていると、突如鼓膜を貫かんばかりの重い音が鳴った。

 輝夜と雛月のみならず、その場にいた全ての人々が音源へと目を向けていた。

 道路が大きく凹み、周囲に深い亀裂が走っている中心からゆっくりと弓張は2人の元へと歩いて来る。

 二人は瞬時に天月人と察知し迎撃の態勢をとり、間にいた人々は道を開ける様に、足早に去っていく。

 輝夜と雛月、弓張との間は三〜四メートルほど。

 平時なら雑踏と行き交う人々の声と、車の音で賑わう場所が、今は映像から流れる音楽と、声だけしか聞こえない。


「そちらが輝夜……と、その従者、だな。用賀とやらに行く手間が省けたぞ」


「……今は相手をしている場合じゃ無いのよ。悪いけど後にして欲しいわね」


「残念だが、私はそちらの都合を知らぬ。それに、都合を知ったとして、引く道理も無い」


 弓張の柔らかな手が静かに握られ、四股立ちをしながらゆっくりと拳を引いた。

 輝夜はおろか雛月ですら、この後に起こす行動を明確に予想出来る光景。

 輝夜のまとったドレスが炎の様に変化し、弓張を指差して能力を封じるが、本人は全く動じない。

 すると弓張の足元に、細いヒビが音を立てて地面を走る。

 その光景に見覚えのある輝夜は、弓張を止めようと接近した瞬間、甲高い音を立てて地面が深く裂け、力を溜めていた拳が輝夜へと放たれた。

 防御が間に合わなかった輝夜は、拳が胸元に直撃すると、銃弾のように彼方へと吹っ飛んでいった。

竹取後日談 用語解説


座標移動 いわゆるワープの事。目的地の場所が明確であればあるほど、指定した場所にピンポイントで瞬間移動出来る。ただし一度も行った事のない場所、又は目的地周辺の状況などが分からないと移動した際に大きなズレが出てしまう。

今回の場合、龍吾に着いている菫の情報を雛月と同期した際に得ているので、学校への移動はやろうと思えば出来た。

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