朝朗けの奇蹟
「これで……よし……」
銀皇との死闘を終え崩れゆくビルから逃れた龍吾たちは、こじんまりとした一軒の飲食店へと入った。
雛月はなけなしの魔力を用いて龍吾の治療にあたり、霧奈には雛月の魔力回復のための料理を任せて回復にあたっていた。
光線銃によってポッカリと口を空けて夥しい血を噴き出していた風穴はみるみる内に塞がっていき、死人のように青白かった龍吾の肌は血色を少しづつ取り戻しつつあった。
一方で雛月はメインの料理が出て来るまでに、冷蔵庫の中にあったデザートのスイーツを食べて魔力を少しづつ補充している。
「雛月、もう少しだけ待っててくれ。俺も今すぐ飯を作って来る」
キッチンへと向かおうとする龍吾だが、雛月が咄嗟に彼の裾回りを掴んで行くのを止めた。
振り返ると雛月は切なげな表情をしながら「そばにいて下さい」と呟く。
依然として雛月の顔に足を伸ばす黒いヒビは鮮明に残っており、少々荒い息遣いもあって龍吾は何も言わずに雛月の隣に座った。
雛月は頭を龍吾の胸板に寄せると、ポツリと心情を吐露し始めた。
「……先ほど、スミレから……私が龍吾様たちを助けるまでの経緯を確認しました。……龍吾様は……本当にご自分の身を捨てるような、無謀極まる作戦ばかり思い付いて……。私、龍吾様が戦いに赴くときは、自分の事以上に気が気じゃないのですよ……?」
「ごめん。俺も雛月ほど頭が良ければ、もっとマシな作戦を思い付けるんだろうけど、実際はどうしようもない脳筋だからさ。本当に……いつもいつも雛月に助けられてばっかりで、雛月には感謝してもしきれないよ」
「……そんなことを言われてしまっては……もう責める気も生まれませんよ……。本当に……小狡い方です……」
言うと雛月は重々しく身を上げて龍吾の足に跨がるように乗って身を更に龍吾へ委ねた。
痛々しい黒いヒビを顔に走らせていながら潤んだ目をして見上げる雛月の色気は破壊力が凄まじく、柔らかい弾力が体に押し当たっていることもあって龍吾は顔を真っ赤にしながら雛月と見つめ合う。
「龍吾様……約束して下さい。……この先……もし貴方が戦いに赴くような場面があったとして……今までやって来たような無茶な事は、金輪際やらないと誓って下さい。……私と龍吾様は……もう……家族なのでしょう?」
真っ直ぐ龍吾の目を見据える雛月との距離は拳一つ分ほどで、互いの吐息や香りすら感じ取れてしまう。
情事の寸前まで行きかけようとしたとき、奥から両手に出来立ての料理を持った霧奈が酷く冷めた声で割って入って来た。
「おい、イチャつくんならどっか他所でヤってくんない?」
「……怖気が立つほど空気が読めない方ですね、貴女……」
「うるせえ。私はアンタらのイチャラブを見るために、慣れない料理作ってやったんじゃないのよ。とっとと魔力とやらを回復しろっての」
「ひ、雛月……輝夜のこともあるから、今は食べて魔力を回復してくれないか?」
雛月は至極残念そうに離れて料理を食べ出した。
黒いヒビが消え、肌に生気が戻り始めると「及第点ですね」と先ほどの良いムードを台無しにされた恨み節を当てるかのようなことを霧奈へ吐き捨てた。
「おお、殺されたいようねアンタ」
「やめろやめろ。今ここで仲違いしてる場合じゃないだろ。雛月、急いで輝夜のところへ行こう。どこにいるか分かるか?」
「お任せ下さい。出でよシラユリ」
霧奈とは真逆の態度で応じる雛月は、精靈のシラユリを出させて輝夜の居場所を絞り出す。
水で出来た盤面に龍吾たちの居場所と輝夜の居場所が映されると、龍吾と雛月は顔を見合わせて有無を言わさず輝夜たちの所へ向かった。
「……はぁ……。クソガキどもが……」
愚痴を漏らしながら霧奈も龍吾たちの後を追う。
夜空は明るみを増していき、まもなく朝が来る。
※
踏み込んだ足が地を鳴らし、拳が空を切って赫皇の身体を打つ。
胸骨が砕かれ、衝撃は心の臓を貫いて背骨をも破砕する。
無言でその場に崩れ落ちる赫皇に単の掌底が顎を突き上げて浮かし、両手を使った掌底で吹き飛ばすと周囲の瓦礫を彼の初符『幻吸口』で吸い込み出した。
強大な吸引力で大小様々な瓦礫が単の元へと吸い込まれ、背景のビル群が見え難くなるほどの量が口元で渦巻いている。
赫皇が起き上がるタイミングに合わせて単は渦巻く瓦礫の山を勢いよく吐き出した。
ガラス片や鉄針などの硬くて鋭い物が多量に混ざった瓦礫の山がジェット噴射さながらに吐き出され、赫皇は逃げる間も無く瓦礫の濁流に飲み込まれる。
奔流が通り過ぎた後には赫皇の身体は拡大して見たスポンジのように穴だらけで歪な形に成り果てており、本来なら天月人でも死は避けられないはずだった。
しかし赫皇は唐突に両手を前にかざすと、二つの伽藍瞳を単に向けて回転させながら撃ち放った。
弾かれたようにその場から離れて迫る伽藍瞳を避ける単は、そのまま周囲にある瓦礫を吸い込み赫皇へ放つ。
最初に放った瓦礫の量より劣るものの、それでも負傷した赫皇の身体をますます削り穿っていく。
が、赫皇は攻撃の最中でも意に介さず伽藍瞳を放った。
物量を無視して進む伽藍瞳を避けながら、単は死ぬ気配の無い赫皇の絡繰を暴こうと必死になって脳を働かせていた。
(どうなっている……。先の攻撃もそうだったが、あいつまるで死ぬ気配が無い。能力にしたって乱れが見られないし、再生する速さも衰えがない。何なんだ? 奴は複数能力を持っているのか?)
天月人たるもの超常的な力を前にすれば、即ちそれは能力であると先入観を抱くのは必然である。
しかしそれが間違いなのだ。赫皇の再生もとい不死の力は能力によるものではなく、不死の霊薬を飲んだことで手に入れた効力によるもの。魔力絡みの力では無いことを察するには、単はまだ若過ぎた。
穴だらけの体が元へと戻っていき、赫皇は両手に伽藍瞳を作り出してマシンガンのように撃っていく。
目視で避けながら距離を詰めていきながら終符の「蛇皇眼」を発動して動きを止めると、単は拳に力を込めて心臓を突き穿とうとした。
しかし直前で彼は目を大きく見開いて攻撃を止めた。
単が拳を打とうしたところには、赫皇が片手で作り上げた伽藍瞳が漂っていたからだ。そのまま拳を打っていれば、単の拳は跡形もなく消えていただろう。
「小賢しい奴らしいやり方だなッ」
単は赫皇の背後に周るとそのまま首を百八十度に回し折り、髪を鷲掴んで反対へと背負い投げた。
そのまま息を深く吸い、両手に力を込めると五体へ乾いた音を鳴らしながら打ち込んだ。
少年らしからぬ腕力には生身の赫皇は耐えられず、五体の接合部は笑ってしまうほど軽い音を立てて爆ぜ飛んだ。
そこへ単は四肢を使って目にも止まらぬ速さで攻撃を打ち付けていく。
いくら致命傷を与えても再生して復活するなら、復活出来なくなるほどの損傷を与えてやればいい。彼なりに考えて導いたシンプルで最適な方法。
肉が裂け、骨が砕かれ、おおよそ腕力や脚力による攻撃を受けているとは思えない見た目で損壊していく赫皇の身体。
しかし、彼が攻撃に意識を向け過ぎたその一瞬、飛び散ったボロ雑巾のような手から伽藍瞳が生成され、単の左肩から右臀部までを斜めに抉り貫いた。
「かっ……ああっ……」
身体から力が抜けていき、鮮血を撒き散らしながら単の身体は崩れ落ちた。
鈍い音を立てて落ちた身体の破片は、あれだけの猛攻を受けたにも関わらずどこ吹く風と言わんばかりに再生し、涼しい顔をして倒れる単の元へ近づいていった。
「そ、そんな……な、何で、お前は……生きているんだ?!」
「うるせえぞ奇形児が」
赫皇は繋がったままの手足を伽藍瞳で消し飛ばし、雷花と同じ状態にさせると激痛に叫ぶ単の顔を執拗に踏みつけた。
「おいどうした? さっきの勢いはどこ行ったよ一つ目野郎。手足が無くなったら何も出来ないのか? 情けない奴。再生の一つや二つも弁えてないとはな」
不死の霊薬の力に驕った赫皇は仕返しと言わんばかりに単を蹴って、踏みつけ、唾を吐きかける。
呻く単を足でどかすと、ついに赫皇は輝夜の元へ近づいた。
「終わりだ、輝夜」
ドス黒い笑みを浮かべて立つ赫皇に輝夜は隠すことのない嫌悪感と恐怖を前に出している。
一歩赫皇が近づく度、輝夜は尻餅をついたまま後退していく。
「い、いやあっ! こっち、やーの! ないないの!」
「何なんだ? さっきからガキみてえなこと言いやがって。……まあ、それでも別にいいか。ガキを痛ぶるのは別段嫌いじゃないしな」
「ひっ! お、おねえちゃん! おねえちゃん!」
傍らで倒れている雷花を揺さぶって助けを求める輝夜に感化され、雷花はありったけの電力を使って口から雷光を放とうとした。
しかし赫皇は手を翳して伽藍瞳を作り出して雷光を防ぎ、そのまま雷花へと放った。
咄嗟に輝夜が引き離して難を逃れさせたものの今の攻撃で帯電していた電力を全て失ってしまい、いよいよ輝夜たちは追い詰められてしまった。
雷花の髪を掴むとゴミを投げるように乱暴に投げ捨て、怯えて縮こまる輝夜へと迫った。
「ガキのように怯えきったその姿も見慣れりゃあ結構唆らせるじゃねえか。中身がガキのようだが、体は大人そのものだ。ガキを孕むことは出来る。お前も月魄と同じように俺を楽しませて、俺のために動いてくれよ」
下衆を通り越した鬼畜なことを平然と言い放つ赫皇が輝夜の腕を掴んだ途端、輝夜の拒否反応が最高潮に達して激しく身体を動かして抵抗しだした。
「おにいちゃん! おにいちゃあん!」と龍吾のことを必死になって呼び、赫皇の意のままに従わないことに苛立ちが積もっていく。
そして堪忍袋の尾が切れた赫皇は、泣きじゃくる輝夜の顔を殴りつけると、ヒステリー気味に殴る蹴るの暴行を加え出した。
「ギャアギャア喚くなクソアマ! ガキのフリしてんだかわざとやってんのか知らんが、うるせえし腹立つんだよ! メスの分際で抵抗するな! 大人しく言うこと聞きやがれ!」
差別的で身勝手なことを言いながら暴力を振るう赫皇。
投げ捨てられた雷花と重体の単が身を捩らせ、せめて一矢報いようとした、その時だった。
赫皇が振るった拳を輝夜が片手で受け止めた瞬間、世界中に身体を貫くような鋭い悪寒が駆け抜けた。
あれだけヒステリックに怒り散らしていた赫皇も突然の変化に怒りは瞬時に鳴りを潜めていく。
悪寒を放った原因。それは目の前にいる輝夜からだった。
頭を軽く振り、項垂れていた頭を上げる。
そこにはちょっとした変化があった。
輝夜の右眼は虹彩と瞳孔が一体化した退行後の物で、左眼は猫の眼のように縦に長い瞳孔をした、かつての輝夜の眼になっていた。
赫皇が異変に気付いた時には、受け止められていた赫皇の手が輝夜の握力で紙のように握り潰された。
突然の事態に変わり果てた己の手を呆けた表情で見ている赫皇が輝夜の方を見ると、力を込めて振りかぶった拳が赫皇の顔面に突き刺さった。
銃弾のように対向の建物へ吹き飛ぶ赫皇へ、輝夜は激しい怒りを露わにしながら無言で歩いていく。道中にいる単と雷花が、敵対している訳でもないのに恐れるほどに。
顔面で爆ぜ踊る衝撃と鈍痛を堪えて前を見据えた赫皇は、歩み寄る輝夜へ伽藍瞳を放とうとしたが、一瞬で距離を詰めた輝夜からの剛拳が再び赫皇の顔面へ突き刺さる。
頭蓋骨は粉砕し、眼球と脳が弾け、頭部に巡っていた体液が穴という穴から噴き出す。
赫皇の身体は壁へ深くめり込み、建物に赫皇を起点にヒビが縦横無尽に走る。
それで終わることはさせず輝夜はめり込む赫皇を掴むと、先に雷花にしたように荒々しく地面へ叩きつけた。
その威力たるや、投げられた赫皇の身がスーパーボールのように跳ね返るほどで、叩きつけられた路面は輝夜の膝ほどの深さまで凹んでいるほどだ。
宙に浮く赫皇の胴体へ、しなやかな回し蹴りが綺麗に打ち込まれる。
臓物があまりの衝撃に内部で破裂し、体内の体液が一斉に逆流して血と共に口から吐き出され、赫皇はまたしても弾丸のように吹っ飛ばされた。
「ごほぁっ! ご、ぼ! ぐぼああぁっ!」
赫皇が伽藍瞳を片手で放つより前に輝夜は既に間合いを詰めており、かざしたもう片方の手は垂直に蹴り上げられて砕かれ、更に腕を掴むと人力で捻られた。
身体を余すことなく襲う未知の激痛の前に、不死の力を得ている赫皇の戦意は地の底へと沈むが、怒りに猛る輝夜は止まらない。
赫皇を引き起こすと輝夜のアッパーが顎を砕き、彼はゆうに五階ほどの高さまで弧を描いて飛ばされて落下した。
「ガッ……! ひっ、ひいいっ!」
恐れをなして逃げ出そうとする赫皇だが、重体の身体に走る痛みという名の枷が動きを阻害してまともに動くことが出来ない。
加えて彼は今、著しい混乱を起こしていた。
輝夜は確かに魔力が枯渇間近であるにも関わらず、この常軌を逸した力を振るえるのが何故なのかを、彼は知らなかった。
そう、知らなかったのだ。今日まで誰も、輝夜が最初の暗符の副作用によってリミッターの外れた腕力を平時から振るえることを、彼に教えた者はいなかった。
それ故に彼の混乱や恐慌状態は並大抵のものではなかった。しかし今のパニックに陥った彼の浅い頭脳で彼女のことを理解出来るほど、彼は利口ではない。自分で自分を袋小路へどんどん追い詰めていく。
「ふうううぅ……っ」
黄色の眼光が激しく眼から迸る。
そこにあるのは幼き輝夜と、かつての輝夜の二人。
決して会うことのない二人が暁の刹那に会い、共闘する奇蹟。
目の前にいる母の仇を許してはならないと二人の意志が共鳴し、一つの身体を動かしている。
「がっ! ばはぁっ! ぐおっ! や……やべろ! やめてくれ! た、助けて!」
この期に及んでの命乞いは、しかし今の輝夜には火に油だった。
散々自分の母を陵辱して死なせただけに留まらず、今度は退行した輝夜すら手にかけようとした。
身勝手極まる赫皇の一言に、輝夜の心火は遂に最高潮に達した。
「おまえ……お前だけは……お前だけは絶対に許さない!!」
豪脚が赫皇の身体を蹴り上げ、浮かんだその身に剛拳の嵐を叩き込む。
使い物にならない彼の手が懸命に再生を試みるも、輝夜の人知を超えた力の前ではあまりに遅すぎて損壊が大き過ぎた。
激し過ぎる暴力を振るう輝夜の姿に、蚊帳の外に置かれた単と雷花は負傷していることも忘れて呆然と見届けている。
殴り、蹴り、投げ、切り裂き、貫く。
鬼神の如き暴れぶりに満身創痍を通り越して━━不死でありながら━━瀕死の状態になった赫皇に、輝夜は渾身の力を込めて赫皇を蹴り上げる。
実に二十階ないし三十階ほどの高さまで飛び上がった赫皇に対し、輝夜はその場で己の利き腕に全身全霊の力を込めていく。
輝夜の足下を起点に大きなヒビが周囲へ張り巡らされ、力が込められていく手は強張りを増していき、華奢な手に巡っている血管が隆起する。
激しく迸っていた眼光が勢いを増し、輝夜のいる一帯に小さな地震が起こりだす。
重力の縄に引き寄せられて地上へと落下してくる赫皇へ、輝夜の剛拳が空を突き破りながら放たれた。
周囲に大音響と衝撃波を生じさせる威力の剛拳を胸部に食らった赫皇は、肉眼で見ることの出来ない速さで空高く吹っ飛び、文字通り「星になって」地球から退場させられた。
大気圏を難なく突破し、生身で宇宙へと吹っ飛ばされた赫皇。
激痛と強い吐き気に苛まれていた身体は宇宙空間の冷気と真空状態を認識すると、身体が凍って砕け散りそうな寒さと、息が全く出来ない形容し難い苦しみに上書きされて彼を襲いだした。
(ガッ……! ああっ! さ、寒い! い、息が! 息が出来ん! それにアレは……地球!? お、俺は、生身で宇宙にいるのか?! か……還らなくては! 月に! 還月器をっ!)
懐を再生中の手で掻き回すように探りだし、帰還用の装置を取り出した。
が、手に取ったそれは、輝夜の猛攻によって見るも無惨に壊れていた。機能の復活はおろか、自力で修復すら叶わぬ破損状態に赫皇は絶望する。
そして彼は、かつての母星である月すら通り越して、無限に続く宇宙の底へと落ちていく。
「━━━━! ━━━━━━!!」
無音の宇宙で、誰にも聞かれない慟哭が上がる。
もし彼が不死の霊薬を飲んでいなければ、もっと早くに死んで楽になれただろう。
しかし今の彼は酸素が無かろうと、凍えようと、焼かれようと決して死ぬことはない。
永遠に続く生き地獄の旅は━━まだ始まったばかりである。
※
暁の陽が地平線の彼方から昇り、世界を包んでいた夜の帳が引いていく頃、赫皇を宇宙へと吹き飛ばした際の大音響に気付いた龍吾たちが遅れてやって来た。
龍吾の声を聞いた輝夜は、真っ先に龍吾の元へ駆け寄った。
今しがた激戦を終えたばかりの輝夜は、荒い息遣いで龍吾を抱き締めた。
身体から伝わる体温と確かな鼓動。彼が無事であることを確信した輝夜は大きく息を吐いて安堵し、龍吾を見つめた。
「ああ……よかった……」
輝夜の眼に表れている異変と話し方に気付き、かつての輝夜がそこにいると思って龍吾が口を開こうとした。
しかし左眼に表れていたかつての輝夜は、朝焼けに上書きされていく夜空のように淡く消えていき、両目とも退行後の輝夜の眼となった。
「……あっ! おにいちゃん! ねーねーきいてきいて! かぐやね! わるいおにいちゃんを、どかーーんってやって、ばこーーーんってやったの! わるいの、おそらにびゆーーんって、いっちゃったの!」
かつての輝夜が消え、幼児の輝夜に戻ってしまった龍吾は、涙を流しながら輝夜を抱きしめた。
「……偉いぞ、輝夜。よくやった! 本当に……本当に…………よくやった……!」
啜り泣く龍吾に気付くことなく、無邪気に輝夜は照れ笑う。
朝郎けに起きた小さな奇蹟を、彼は永遠に忘れることはないだろう。
世界には今日も、旭日が昇る。




