赫皇
「……月宮解放軍隊長……赫皇……! ……やってくれたわね、このならず者の親玉が。天月絡繰をわざわざ地球に引っ張って来てまで、自分よがりな考えを押し通したいか!」
「自分よがりだ? まったく、これだから学のねえ馬鹿の相手は面倒なんだ」
赫皇が手をかざすと透明な球体━━伽藍瞳━━を生み出して雷花へ撃った。
何故透明なのに球体と分かるかといえば、それは周りの砂塵を巻き上げながら進んで来る際に、赫皇から放たれたソレが球状の輪郭を帯びているのが目視で分かるからだ。
雷花の本能が叫ぶ。薄らと目に見えるあの球体に触れてはならない。アレこそが自分の両足を奪った元凶であると。
なけなしの魔力と電気を使い雷花の身が跳ねる。
牽制にもならない電磁弾を手から撃つも、赫皇の手から放たれる不可視の球体、初符の伽藍瞳の前では文字通り飲み込まれたように音も立てず消えてしまい赫皇には届かない。
己の両足から今も出血が続いている。加えて雷花は赫皇の能力を知らない。
雷花の脳がフル回転して導き出した答えは、覚束ない飛行をしながら輝夜を捕まえて一時撤退をすることだった。
輝夜を連れて東京の街へ二人は消えていく。
しかし路面には雷花の血痕がしっかりと残っており、ヘンゼルとグレーテルよろしく二人の居場所を簡単に伝えていた。
「バカが。見つけてくれと言ってるようなものじゃねえか」
赫皇の身が浮かび、滑るように後を追いかける。
確かに赫皇の言う通り、道中までは見つけてくれと言っているようなものだった。
しかしあるところから突如として血痕が無くなり、二人の痕跡は忽然と消えた。
着地して辺りを見回す赫皇。
舌打ちをし、次いでおもむろに笑みを浮かべた彼は、両手から大小幾つもの伽藍瞳を出し始めたのだった。
※
雷花たちが逃げ込んだのはどこにであるコンビニだった。
薄紫のドレスに包まれた雷花の両足から夥しい量の血が流れ出る。自らの居場所を示す痕跡が自らの身から流れ出ていることは、雷花自身も知っていた。
そこで彼女が取った行動こそが、変幻自在である輝夜のドレスで両足を包んで痕跡を隠すことだったのだ。
両手を使ってコンビニを徘徊する雷花を不安げに追う輝夜。
そうしてコンビニ内の電源コードを掴むと、そこから電気を無理やり雷花自身へと引っ張って電力を補充した。
そして近くの飲料コーナーから二リットルの水を取り出して飲み干すと、未だに出血している己の両足と向き合った。
(……絶対痛いよ〜コレ……。でも、魔力を補給して自然治癒を促しても間に合わなさそうだし……もうこれしか方法がないのよね……)
項垂れ、深い信呼吸を何回かすると、雷花は柔らかな口調をしながら輝夜へ言った。
「輝夜ちゃん? ちょっとお願いがあるんだけど、いいかな?」
「……おねがい? なぁに?」
「あのね? 私が良いよって言うまでお目々を瞑って、お耳をこうやって塞いでいて欲しいんだ」
両手で耳を塞ぐジェスチャーをする雷花を輝夜は見よう見まねで真似をする。
しかしその表情は「何故?」という輝夜の心情をそのまま反映したかのように、怪訝気味で晴れない。
「そうだよねー、なんで? って思うよね。でもね、何も聞かずにお目々とお耳を塞いで欲しいんだ。あ、こっちも見ちゃダメだからね。お背中私に向けて、私が良いよって言うまで待ってて欲しいんだ。お利口さんな輝夜ちゃんなら出来るよね?」
納得のいかない感じではあるが、輝夜は言われた通りに雷花へ背を向けて目を瞑り、両手で両耳を塞いだ。
「偉い子」と呟くと、雷花は空のペットボトルの口を咥えて両手に電気を溜め始めた。
「……いざ!」
電気が溜まり、白光瞬く両手を雷花は出血している両足へ押しつけた。
彼女が取った方法。それは電気の熱で傷口を焼いて塞ぐという超が付くほどの荒治療だった。
いくら電気を操る能力者といえど、電気の衝撃と傷口に高熱を麻酔なしで当てるのは堪えるどころの話ではない。
しかも彼女は、焼灼止血法じみたこの方法をあくまで齧った程度しか知らないのだから尚更である。
咥えたペットボトルの口首にヒビが入り出す。
失神してもおかしくない激痛に身を痺らせながらも、雷花は電気を止めなかった。
凄惨な姿に背を向ける輝夜は、何が起きてるか分からないものの本能的に恐怖を感じ取って小刻みに震えている。
気になる心を抑えながら健気に約束を守っている幼児の姿に雷花は気合いを見出し、身体から抜け出ようとしている意識を必死に押し留めているのだ。
そうして完全に傷口が焼け焦げて止血すると、雷花は痛みに悶絶しながらペットボトルを吐き捨てた。
声を上げて痛がりたいところを、彼女は輝夜を気遣って必死に声を押し殺す。
人に見せられないような壮絶な表情を多様に出しながらも、痛みがある程度治ると手当たり次第に陳列している弁当やスイーツを貪り食べだした。消費した魔力を強引に補っているのだ。
乱暴に食べ終わった容器や包装紙を投げ捨て呼吸を整えると、さっきまで修羅の如き剣幕だった表情を柔和で温厚な平時の表情へ変えて輝夜へ合図を送った。
「……輝夜ちゃ〜ん……お利口だったね〜。もう良いよ〜」
振り返った輝夜に悟られないように笑顔を見せる雷花だが、耐え難い痛みを耐え忍んでいる脂汗を輝夜の眼は見逃さなかった。
しかし今の輝夜には出来ることは何もない。そこで彼女がしたのは、ドレスの裾で汗を拭くことだった。
「……おねえちゃん、いたいいたいなの?」
「そ、そんなことないよ? あー、あの〜……あ、な、なんか今日少し暑いよね?! そう、暑いから私汗かいちゃって〜……」
「んーん。かぐやあついあついないもん。おねえちゃんだけあついあついの、へん」
子ども特有の鋭い勘の前では大人のついた嘘などあっさりと見透かされ、雷花は何も言い返せなくなって思わず失笑した。
一体何故こんなことになってしまったのか。雷花には皆目見当もつかない。しかし今目の前にいる輝夜は、嘘偽りなく子どもそのものだ。
極限状況下の中で起こる不可思議に、雷花の張り詰めた心が少しだけ緩んで輝夜の頭を撫でた。
「参ったなあ、私、ウソをつくのはどうも苦手みたい。ありがとうね、輝夜ちゃ━━」
言いかけたその時、雷花たちの背後でティンバルを思い切り叩いたような音が鳴った。
振り返ると壁に綺麗な円形の穴が空いており、商品棚が斬新なデザインに変わっている。
一発だけならまだしも、壁の至るところで大小様々な大きさの穴が空いていき、堪らなくなった二人はコンビニから飛び出した。
「そこか」
伽藍瞳を放っていた赫皇は、雷花たちのいるコンビニから数百メートル離れた所にいた。
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるの戦法が功を奏し、赫皇は嬉々として手を振り上げた。
トラック一台分はあろうかという大きさの球体が即座に膨らみ、雷花たちへ目掛けて軽々しく投げられる。
雷花は周りのチリや埃を電気で寄せ集めて周囲に漂わせながら、輝夜を掴んでその場から横方向へ飛び出した。
チリと埃が突き進む球体の輪郭を浮かび上がらせ、雷花は目視で球体から的確な距離を離す。
雷花たちが離れた直後、強烈な音を立てて地面に縦方向に長い楕円が空くと、その様子から雷花の脳裏に一つの仮説が生まれた。
(……弾道は一直線に行き、途中で曲がったり、大きさを変えることも、弾数が増えることもなかった。……ということは、奴の能力は変則的な能力ではなく銃のように撃ったらそれっきりな能力か?)
赫皇の能力のおおよそを見切った雷花は、タンポポ色の髪が真っ白に発光するほど身体に電気を纏わせると、路面に両手を当てて雷の蛇を這わせた。
電気という不可視の蛇を赫皇が見切れるはずもなく、光速で噛み付いてきた蛇に赫皇が痺れ出す。
常人ならば感電死は避けられない高圧の電気に痺れている最中、雷花は追い討ちに自分の手から意趣返しと言わんばかりに電磁弾を赫皇へ撃った。
「がふっ……こ、こ……の……クソアマ……っ!」
電磁弾は急所を正確に射抜き、呪詛を吐き漏らす赫皇の身体には幾つもの風穴が口を開けている。
雷花の両手に稲光が奔り、電気の筋が間に生まれると、雷花は赫皇に目掛けてそれを放つ。
電気の刃は赫皇が認知した時には既に目の前まで飛んで来ており、避ける間も、防ぐ間もなく縦一文字に切り裂いた。
左右に分かれて倒れる赫皇の身体から多量の血が噴き流れており、身体は電気の影響によって陸に上がった魚のように跳ねている。
思いの外呆気なく決着がついたことに拍子抜けする雷花だが、直後、彼女の目の前であり得ざることが起き出した。
左右に分たれた半身が起き上がり、溶け合うようにくっ付いて元に戻ったのだ。
「……なるほど、不死と銘打っていただけある」
呆然と見ている雷花へ歩き出す赫皇。
雷花はあるだけの電力と魔力で赫皇に向かって超電圧の電気を放つ。
あまりの熱量に体が融解しても、高出力の電磁波で頭が爆発しても、電気の刃で微塵切りにしても赫皇はその度に完全な形で蘇る。まるで━━今はこの世から消失してはいるが━━天月絡繰甲型の再生機能のように。
(ど……どうなっているの!? 技は確かに当たっているし、奴の身体に起きている損傷は本当に起きている。終符か? 私たちと戦う前に終符を発動させて来たのか? それにしては終符を発動している証拠である眼光が灯ってない。……それなら、一体奴はどうして死なない?)
あらゆる電撃を食らわせるが、赫皇はどんどん雷花との距離を詰めていく。
その間赫皇は、触れば問答無用で触れたものを消滅させる初符を撃ちまくり逃げ場を無くしていく。
足がないので移動も覚束なく、頼みの電力や魔力も急拵えなので心許ない。
痛みや痺れを堪えて迫り来る赫皇に、雷花は呆気なく捕まってしまった。
首根っこを掴み、そのまま頭部を消滅させるかと思いきや、赫皇は雷花の華奢な腕を片手で忌々しげに握った。
「俺に手間を取らせたのはこの手か」
掴んだ手から透明な球体が生まれ、雷花の手は音を立てることなく消滅した。
遅れて噴き出す血と、体を走る痛みに叫んでいると赫皇はもう片方の手も伽藍瞳で消滅させ、乱暴に足下へ放り捨てた。
「ハハハッ、ダルマってヤツだ!」
戦う術を奪われ文字通り手も足も出ない状態の雷花を、赫皇は髪を掴んで地面に何度も叩きつけ、ボールのように蹴り付けた。
「お前みたいな女ごときが、解放軍の最前線にいる俺に勝てるとでも思ったかよ? 思い上がんのも大概に━━」
得意になっていた赫皇の体に強い衝撃が走って雷花を手放した。彼女の体に帯電させていた解き放たれ、彼を痺らせたのだ。
思わぬ反撃に逆上した赫皇は、感情の赴くままに雷花を蹴りつけだした。その姿は解放軍の隊長や次代の地球を指導する支配者としての貫禄は微塵も感じられない。
「テメェふざけんな! 女だからって調子に乗りやがって! てめぇみたいな奴はな、黙ってされるがままでいろってんだよ! 女のくせに俺に歯向かってんじゃねえ!」
時代錯誤も甚だしい差別的な罵倒を浴びせながら虫の息になった雷花に、赫皇は踵落としを食らわせようとした。
しかし足が振り下ろされる瞬間、赫皇の動きはピタリと止まった。
明らかに物理法則を無視した止まり方は、止められている本人ですら何が起こったのか理解出来ていない。
そこへ一つの影が赫皇へ迫ると、鋭い蹴りが赫皇の顎を捉えた。
次いで止まった足を垂直に蹴り上げ、徒手で赫皇の喉元を穿ち、喉仏を引きちぎった。
「こんなの見せられて帰れる訳ないだろ。お前、噂に違わず本当に外道そのものだな」
声の主は単眼の少年『単』だった。
天月絡繰甲型との戦いが終わり帰路に着こうとした矢先、痛ぶられている雷花を見つけ、見過ごすことが出来ずに加勢に入ったのがことの顛末であった。
赫皇を止めているのは、甲型をも止めた単の終符『蛇皇眼』によるもの。
終符が解除されると赫皇の意識は顎の一撃で飛び、足は反対から倍の力でやって来た衝撃と衝突して骨が折れてしまった。
喉元から血を噴き出しながら倒れ込む赫皇に再び蛇皇眼をかけて動きを止めると、単は振り返らずに後方にいる輝夜に声を荒げる。
「おい輝夜! お前味方がやられてるのになにボーッとしているんだ! 臆病風にでも吹かれたのか!?」
単が喝を入れるが、返ってきた返事は彼の予想に全く擦りもしないものだった。
「おにいちゃん、だあれ?」
あまりに予想からかけ離れた返事に、単は思わず「はぁ?」と言いながら振り返ってしまった。
単の顔を見た輝夜は、その異形の顔貌に目を丸くして驚いた。
「え……わ! わあっ! おめめ! おめめ、一個! おにいちゃん、おめめ、いーこ!」
雷花と全く同じ反応に陥る単。
畏怖と嫌悪の対象であった憎らしき妖艶の姫君が、まるで子どものようなことを普通に口走るのだから、単は自分が自分の終符にかかったように固まってしまった。
「……な、なに言ってるんだ? お前……。ふざけてるのか?」
「そこの方! 危ない!」
呆気に取られた単が雷花の声で我に返ると蛇皇眼の影響から解かれた赫皇が、単に伽藍瞳を放っていた。
常人なら雷花が行ったようなチリや埃を巻き上げてやらなければ見えない球も、特異な性質を持つ単の目でははっきりと輪郭まで見えており、迫り来る伽藍瞳に違和感と危機感を覚えた単は難なく身を屈ませて避けた。
壁に音を立てて円形の穴が空いた様子を見て、単も早急に赫皇の持つ能力を理解する。
「なるほど、強力な能力だな。それなら、とっととトドメを刺してやるだけだ」
三度蛇皇眼で動きを止めると、単は軽く飛び上がって片足に体重と力を込めて赫皇の頭部を踏みつけた。
果実が踏みつけられたように頭部が潰れ、骨や体液や脳漿が軽い音と共に弾け飛ぶ。
それだけで終わらず単は勢いをつけて赫皇の胸部を手で貫くと、心の臓を抉り出して片手で握り潰した。
見るも無惨な姿に変わり果てた赫皇を、単は冷ややかな目で見下ろしながら沈黙を確認すると雷花の元へと駆け寄った。
「おい、終わったぞ。それと……お前、天月人だろ。輝夜と一緒に戦ってたなら、何で輝夜があんなことになったのか知ってるか?」
「そ……そんなことより、気をつけて! 奴は……奴は、まだ死んでません!」
怪訝な表情で単が振り返ると、頭部が潰れ胸に穴が空いた赫皇の手がはっきりと動き出した。
「……なに?」
爆散した頭が元に戻っていき、喉と胸の穴はみるみるうちに塞がっていく。
元の姿に戻っておもむろに起き上がる赫皇は、何食わぬ顔をして単たちの方へ歩き出した。
「単眼のガキ……確かお前、悪鬼の落とし子「単」……だったか。お前まで地球に来ていたとはな。お前ら挙って俺の邪魔立てに来たのか? ご苦労なことだ。が、お前らになんか用はないから、さっさと死んでくれ。目障りだ」




