靈焔
時は泣きじゃくる輝夜に雷花が困惑するところまで遡る。
かつての妖艶で、不敵で、そして畏怖の対象でしかなかった漆黒の姫君の退行した姿には、さすがの雷花も唖然とする他になかった。
しかし今は天月絡繰甲型を倒すことが最優先であり、そのためには輝夜の力無くして事は進まない。
見た目は大の大人である輝夜に雷花はぎこちないながらも子供をあやすように輝夜を慰めた。
「か……輝夜ちゃ〜ん? だ、大丈夫ですよ〜。怖がらなくて大丈夫ですからねー。私は輝夜ちゃんの味方……じゃなくて、輝夜ちゃんの……友だち……そう! お友だちなのです! わー!」
側から見れば奇妙で特殊極まりない光景だが、こうするしか方法がない以上もはや背に腹はかえられない。
しかし雷花の頑張りも虚しく、幼児退行した輝夜にとっては初対面の雷花に中々心を開かず、あやそうとすればするほど輝夜の泣き方は勢いを増していく。
焦りが困惑を更に加速させ、雷花はパニック寸前となった。
そのとき雷花は輝夜が負傷していることに目が移り、ダメ元で輝夜に近づいて簡易的な治療術を施した。
輝夜からすれば見知らぬ人から治療されていることに抵抗があったものの、雷花の有無を言わせぬ対応に輝夜は渋々抵抗を収まらせていく。その強引さが功を奏し、先ほどよりは泣き声のボリュームが小さくなった。
「どうですか? 痛くないですか?」
「うん……。……おねえちゃん、だあれ? かぐや、おにいちゃんのとこいきたいの」
「私は雷花。お兄ちゃんって誰?」
「りゅうごおにいちゃん。かぐや、おにいちゃんのとこいきたい。もうヤなの」
それを聞いて雷花は息を呑んだ。
龍吾がこの地獄と化した世界のどこかにいる。雷花は輝夜と龍吾がはぐれたと勘違いして今すぐにでも辺りを探したそうであった。
しかし先ほど雷花が不意打ちで体勢を崩した甲型が目覚めの咆哮を上げる。
甲型を倒さなければ行った先で甲型に追いつかれ、龍吾たちの身が危うくなってしまう。
しかし雷花は甲型の脅威を知っている。加勢に入ったときですら輝夜が押されていたのは見て取れていた。輝夜で駄目なら雷花が単身で挑んだ所で結果は目に見えている。
ならばここは輝夜と共闘し、どうにかして甲型を倒さなければならないのは必然的な流れだ。
雷花は涙目で見上げている輝夜の目を見ながら、優しく諭すように口を開いた。
「輝夜ちゃん、龍吾さんの元に行きたいのは分かったわ。だけどその前に、天月絡繰……じゃなくて、さっきのおっきな怪獣さんをやっつけないといけないの」
「や! かぐや、もうあのおっきいの、や! もうおにいちゃんのとこいくの!」
「私もそうしたいんだけどね、輝夜ちゃん。あのおっきな怪獣を放って置いたら、おっきいのも龍吾さんのところに付いてっちゃうよ? そしたら龍吾さん、どうしようどうしようって困っちゃうと思うなぁ」
「おにいちゃん……やーのってなる?」
「なると思うなぁ。だからここでやっつけちゃおう? やっつけられるのは輝夜ちゃんしかいないからね」
雷花が説得をしても輝夜は怪訝な顔を解かなかった。
一方で甲型は破損した部分を再生させながら再び輝夜たちの元へ戻るために歩み出した。
近づいて来るにつれて大きくなる揺れに、雷花は焦る気持ちを押し殺しながら輝夜に向き合って言った。
「それでも、もしヤだなって思うなら……私が……頑張ってやっつけるから、輝夜ちゃんは待ってて欲しいな」
格好をつけた言い方をする雷花だが、しかし彼女自身、天月絡繰の、しかも甲型という脅威の塊を一人で相手にしてしかも勝つという超難題をどうにか出来るアテは一切無い。
仮に都内はおろか地球上にある電気を全て吸収し、極高出力の終符を撃って甲型を跡形もなく消し飛ばしても倒せるかどうかは未知数。もっと言ってしまえば、それでも倒せる気がしないと雷花は思っているかのように、彼女の顔は浮かない。
しかしそれでも彼女は近づいて来る甲型から逃げなかった。
(機械相手なら、私の能力で機能不全とか起こせるかもしれない。……怖がるな、私。甲型と以前の輝夜さんを比べたら、甲型なんか可愛いものだ!)
雷花の髪がおもむろに光り、それと同時に周りの建物の照明が激しく明滅しだした。一帯の電気を吸収しているのだ。
ビルを薙ぎ倒しながら姿を現した甲型は、いななくように雷花たちを見据えながら吼えると、それを合図に雷花は甲型へ向かった。
手のひらに雷球を作り甲型の顔面へ叩きつける。
顔を仰け反らせる甲型に雷花は間髪入れずに顔を両手で掴むと、そこに高圧の電撃を流し込んでいき止めに自ら電気と化して甲型を貫いた。
甲型は口に光を溜め込むと、雷花目掛けて細い光線を放った。
しかし雷花は電気の身体と化して光線を避け、荒れた路面だけが派手な爆発を起こした。
すかさず避けた雷花へ内蔵された重火器による一斉掃射が向けられる。
だが雷花に向けられて放たれた弾幕は雷花の手前まで来ると、突然弾道が変わって雷花の周りを回りだした。
雷花の周囲には薄い電磁膜が張られており、それが弾を防いだのだ。
片腕に電気を溜めて甲型へ雷弾を放つと、回っていた弾は弾かれたように甲型の体を貫いた。
内蔵兵器が駄目ならと己の四肢を駆使して甲型も反撃をするが、巨体の宿命というべき動きの遅さでは雷花には掠りもしない。
つけ込むように雷花は重々しく振るわれる攻撃を避けると、路面から雷の槍を無数に作り出して甲型を真下から貫いた。
予想外の攻撃に甲型は大きく怯んで姿勢を崩す。
そこへ雷花は利き腕に四層の雷の輪を作り出した。
一層ごとに逆向きに回転している輪は、彼女が力を込めると回転の速さと大きさが増していく。
輪っかは雷花の身体を丸々囲えるほどの大きさになると、雷花はフッと息を噴いて甲型へ瞬時に距離を詰めて拳を叩き込んだ。
生み出した電気の輪が甲型に送り込まれる度に電撃の走る音が盛大に鳴り響く。
全ての輪が注ぎ込まれると甲型の体が青白く光りだし、高速で小刻みに震え出していく。
光があまりの眩さに目を覆うほどにまで光量が強まると、同じくらい光り輝く手で甲型の顔面を殴り付けた。
途端、甲型の巨体は抵抗や力学を無視したように勢いよく弾け飛んだ。
身体の至る所で内部から爆発を起こしながら、巨体は東京の地を揺らす。
体の損傷そのものは甲型からすれば大事ではない。問題は彼の機能そのものだった。
想定外かつ過剰な電撃と電磁波が短時間の内に流し込まれたことで彼の機能は軒並み麻痺を起こしており、地に伏せた彼の視界は無数に組み込まれたプログラムの誤作動によって絶えず安定しない色鮮やかな光景が広がっていた。
視界だけならまだしも四肢や指の一つにすらまともに動かせず、武器に至っては発砲は元より動作不良を起こす始末。回復プログラムが必死に修正しようとしているが、雷花はまたとないチャンスを逃すことはしなかった。
雷花は白く発光する両手を路面に付けた。
大地を光速で進む雷の蛇たちは甲型の体へ噛み付くと、あまりの高圧に巨体が小刻みに震えだす。
「これも奴を倒すためです。集い、従い、私の力となりなさい」
雷花の号令により区内の建物、街灯、あらゆる電気を介する媒体から雷花という雷の支配者一人へ電気が無条件に追従し、集約し、糧となっていく。
髪が真っ白に発光し、身体を雷蛇が奔り、真っ暗な世界を雷花が輝き灯す。
青白く輝く雷花に泣くのを忘れて釘付けになっている輝夜を背にしながら、雷花のかざした両手に光が集まった。
「消えて無くなれ! 終符、『雷極』!」
巨大な光がビー玉ほどにまで圧縮されると、耳をつんざくほどの低音と共に極太の電磁砲が甲型を飲み込んだ。
甲型の背後に建っていたビルは触れた瞬間に融解し、地平線の彼方まで電磁砲が貫いた。
光線が窄んでいき、残光はか細い光の線となって消えていく。
電磁砲によって甲型は影も形も無くなったが余波の威力も凄まじく、まず暖色色に光る道は近代化された東京の街並みを突っ切って地平線の果てまで続いている。
雷花の周囲にあった路面や街灯、街路樹などは触れてもいないのに融解し、建物に至っては外壁が溶け落ちている。
特に築年数が相当数経って老朽化している建物は、あまりの熱量によって火に包まれており、雷花の放った終符がいかに強力なものであったかを物語っていた。
しかし雷花自身にも跳ね返りは当然ながら存在する。
氷が水に浸かったような音を立てて、魔力切れが近いことを示す黒いヒビが顔に足を伸ばし、雷花はその場に足を折ってしまった。
荒い息遣いで必死に前を向く雷花だが、全身全霊の一発を放っただけに消耗は著しい。これ以上の戦闘続行は正直なところ彼女にとっても難しく、これで終わりであって欲しいと内心彼女は願っていそうであった。
しかし、現実とはいつだって無情で残酷だ。
雷花の終符は確かに甲型を完全に捉えて飲み込み、全て焼き尽くしたはずだった。
しかし先に雷花が電磁波を打ち込んでいた際、体の所々で起きていた爆発。そこからこぼれ落ちた部品をベースにして細かい粒子が光を帯び始めると、跡形も無く消し飛んだはずの甲型は五秒も経たないうちに再生したのだ。
「……そん……な……!」
驚異的なまでの再生機能は体のどこかさえ残っていれば発動する。それが例え手のひらに収まるネジの一本であったとしても。
まさしくチートじみた機能。
しかも甲型は身体が消滅したことで電磁波の影響を受けていた身体から脱却し、雷花と戦う前の完全体として復活しているという最悪の事態になっている始末。
大気を震わせる咆哮を上げて甲型は自分を不自由の枷に縛り付けた外敵に勝ちを誇るかのように、ゆっくりと迫っていく。
「……読みが……甘かった……か……。輝夜ちゃん……逃げて!」
雷花が囮になろうと輝夜へ振り向いて言うと、輝夜は両手で頭を抱えていた。
(……ま、まさか……私の終符の影響!? 輝夜さん!)
鉛のように重々しい脚に喝を込めて立ち上がろうとする雷花。
しかし輝夜は頭を片手で抑えながら覚束ない足取りで雷花の前に立つと、迫り来る甲型に顔を上げて立ち塞がった。
「輝夜ちゃん! 貴女は戦わなくていいの! 早く龍吾さんのところへ逃げて!」
「……つ……つ……い、ふ……」
輝夜のドレスから白みがかった赤紫色の雷が奔り、身体の周りが仄かに光出していく。
輝夜の異常を察知した甲型が身体の全武装を展開し、前脚で雷花もろとも輝夜を薙ぎ倒そうとした。
しかし前脚が輝夜たちの直前まで振るわれた瞬間、甲型はまるで一時停止をかけられた映像のようにピクリとも動かなくなった。
恐る恐る目を開ける雷花と輝夜。雷花は魔力が枯渇間近で何も出来ず、輝夜も何が起きたのか分からないようでポカンとしている。
甲型の動きを止めた原因。それは輝夜たちのいる場所から数百メートル離れたビルの屋上にいた。
(やっぱりアレは輝夜だったか。あの服、それに雰囲気からして以前とは明らかに違う。それなら天月絡繰の甲型だってきっと倒せるだろう。貸しだぞ、輝夜)
単眼の天月人『単』の終符によって甲型の動きだけを止めているとも知らず、甲型の内部では必死になって動こうとプログラムがリアルタイムで可能な限りの策を講じて実行している。
対して訳は分からないものの好機と見た輝夜は、頭を軽く振ると両手を前に出して言った。
「終符『靈焔』」
輝夜を中心に風が舞い上がり、輝夜の背中に青白い月輪が浮かぶ。
甲型を包むように薄い光の柱が地上から立ち昇り、輝夜だけ世界の色が反転すると周りに水面の輪郭で無数の甲型の姿が不規則に映された。
我々のいるこの次元の甲型だけではなく、過去と未来、無限に存在する有り得たかもしれない別次元・並行世界にいる甲型も、輝夜の終符が全て捉えた。
そして水面が全て弾けて消えると、甲型を包む光の柱は燦然とした光となって甲型を全て飲み込み、世界を照らした。
空を突き抜け、宇宙の果てまで昇る光。
あまりの眩さに目を瞑る雷花と単。
光が弱まり世界を再び暗黒の帳が包むと、そこに甲型はいなかった。
再生することも、する気配もない。
当然だ。天月絡繰甲型は輝夜の終符によって、過去と共に並行世界含む全ての次元から消滅させられたのだから。
再生機能がいくら生きていても、再生機能を兼ね備えた甲型が生まれ落ちたという過去が消滅したことによって、甲型は初めからこの世にいなかったこととなった。
この世に生まれ落ちてもいないものは再生なんか出来るわけがない。ましてや別次元・並行世界にすら干渉してそれらも消滅させたなら尚更だ。
この世から甲型に関する記憶が全て取り除かれ、人知の及ばぬ速さで世界が森羅万象に整合性を無理やり取り繕っていく。
終符を発動した輝夜とて例外ではなく、魔力切れを示す黒いヒビが顔に出て一気に疲労と空腹に苛まれてはいるものの、何に終符を発動したのかは何も覚えていない。
「……う……うううーー!」
身体を容赦なく蝕む空腹と疲労に言葉を無くして大泣きする輝夜に、雷花は我に返って輝夜の元へと近づいた。
「輝夜ちゃん、大丈夫? あ……ヒビ……。輝夜ちゃん、まさか……終符を? でも……何に?」
「かぐや、おにいちゃんのとこかえる! もうかえるの〜!」
「大丈夫大丈夫。分かったよ。それじゃあ一緒に━━」
輝夜の手を握ろうとしたとき、雷花の第六感がけたたましい警鐘を鳴らした。
ふと雷花が顔を明後日の方を見ると、舞い上がっているチリや埃、立ち昇る煙を見えない何かが音もなく抉られている。
細かい砂塵を巻き上げて音もなく進んで来るソレは丸い球状をしており、雷花は異様な胸騒ぎに駆られ輝夜に体当たりをするように輝夜を突き飛ばした。
すると雷花の両足が綺麗に消え路面に円形の穴が空いた。
消えた両足は、まるでホワイトボードに書かれた文字をクリーナーで消したかのように無くなっている。
「……うっ……うああっ……! ……あ、足が……ッ!」
身体を巡るはずだった血が遅れて切断面から溢れ出る。
夥しい出血の最中に何者かが空から落ちてきた。
「天月絡繰が全てやられるとはな。だが、輝夜とそこの女もどうやら限界みたいだな」
今は亡き銀皇の目論見通りとなった現状に勝ちを確信しながら、赫皇はボロボロの二人へ最後の介錯を下そうと近づいた。




