紅蓮の大地に輝く月
「━━という訳で、貴女たちにとっても、日本にとっても。引いては世界にとっても長期的に見れば利点しかないお得な提案な訳なのだけれど、どうかしら?」
色白の少女『アザミ』は、少女らしい甘えたような表情と声、少女らしからぬ妖艶さを纏いながら四季皇護隊に詰め寄る。
その背後には張り付けたような笑みを浮かべている神楽が、険しい表情を微塵も弛ませずに睨む四季皇護隊を嘲笑うように悠々と佇んでいる。
四季皇護隊はアザミ率いる神楽からの提案に半信半疑であった。魅力といえば確かに魅力である。しかし規模の大きさや現実味のない内容に、疑心を抱くのは当然である。
一方でマナーモードにした専用の携帯には絶えず通知が送られている。
今も日本各地で混乱に乗じて暴徒と化した反政府活動家や、諸外国のスパイなどの鎮圧に皇護隊の部隊があたり、その報告が逐一角主である四人の元に来るのだ。
「……それで本当にこの過程は必要なの? 日本のみならず世界をこんなに滅茶苦茶に荒らして━━」
「━━もちろんよ。まずは国内にいるゴミを炙り出して、今後の交渉に出てくる雑音を少しでも取り除く。貴女たちだって、本当は国内に蔓延っていた寄生虫どもを取り除きたかったんでしょう? それに、私たちを人間風情が舐めてもらっては困るから、天月人という種がこの星のどこにも属さず、かつ本当に外から来た未来に生きる種であることを示すための、致し方ない犠牲と損失なのよ。
なぁに、心配なんかいらないわ。命以外のものならすぐに元へ戻るんだからちょっとの辛抱よ……」
アザミが言い終えた瞬間、その場にいた全員が同時に同じ方向へ顔を向けた。
「今の、なに? 今のもアンタらの用意したものなの……」
霧奈がアザミに問いかけようとすると、アザミと神楽の笑みが一際濃くなっていた。
見るからに邪悪な笑みを浮かべて明後日の方を見ている二人に、春子が「おい」とドスの効いた声で呼んだ。
「お前ら何を企んでいる。よもやこの私たちを騙している訳ではないだろうな」
「…………霧奈、と言ったかしら。仕事よ。靈の身体を駆使して暴れて来なさい。そして出来れば、雪下 龍吾と合流して彼を助けてあげなさい」
春子の呼びかけを無視してアザミが淡々と霧奈に命令する。
不服そうな春子を尻目に霧奈はため息を吐いて壁をすり抜け、外へと出て行った。
「彼女は心配いらないわ。少なくとも今の彼女は物理的に殺すことは出来ないのだから。さあ、貴女たちお話を続けましょう。月界と地球の今後について……」
※
燃え盛る街中で怒声と爆音、時々銃声が鳴り響く。
天月絡繰による襲撃で日本及び世界の機能は麻痺した。
混乱が弱き者の理性を焼き捨て、略奪や破壊行動などの野蛮が罷り通る世界へと染め上げ、無秩序と無法が跋扈するこの世の地獄が広がっていた。
暴徒からの防衛と鎮圧に当たっていた自衛隊員『白湯原 鈴人』は、徐々に衰勢していく自軍の中で少ない仲間たちと共に奮闘していた。
相手は未知の巨影に加え、反日感情を抱いている日本人と外国人の入り混じった暴徒の群れを相手取るという奇妙な状況下。
しかもおかしなことに相手は銃火器などの武器がやけに豊富であり、非殺傷の武器で応戦する自衛隊はジリジリと袋小路に追い詰められていった。
「白湯原ァ! 弾は! 弾ーッ!」
「もうすぐ無くなりそうです!」
「本部から伝令。本部から伝令。暴徒勢力の増強に伴い、発砲を許可。発砲を許可、とのこと」
「……遅ぇっつうの……!」
目の前には狂気に染まった暴徒たち。やらなければこちらがやられる。
しかし相手は抵抗を見越してか、暴徒の群れの後方で何人かがスマートフォンを嬉々として向けていた。
自衛隊員が一般国民に向かって発砲した瞬間を捉え、後々にSNSなどで拡散させ自衛隊の必要意義を根本から揺るがそうという魂胆だろう。
しかしこんな状況下で平時の振る舞いをすれば、それこそ命の危機は免れない。葛藤の果てに鈴人は実弾が込められた銃を手にし、迫り来る暴徒に雄叫びを上げながら引き金を引こうとした。
しかしその直前に、背後から完全装備した鈴人の身体が簡単に浮き上がるほどの衝撃が駆け抜けた。
吹き飛ばされた鈴人が振り向くと、天月絡繰乙型の一機が聳え立っていた。
暴徒たちは来た道をUターンして逃げ出しく。
突然の襲撃に呆気に取られる鈴人は、目の前で見下ろす絡繰を前に固まっていた。
「な……なんだ……コイツはァ……!」
半身が無い隊長が最後の力を振り絞って引き金を引いた。
乾いた炸裂音と共に音速で放たれた鉛玉は、しかし絡繰の前には傷一つ付けることすら出来ていない。
絡繰は鬱陶しいと言わんばかりに前脚で隊長を踏み潰し、おもむろに鈴人の方へと顔を向ける。
目の前まで顔を近付ける絡繰に、逃げられないし逃げても無駄だと悟った鈴人は、その瞬間死ぬことを覚悟し、銃口を絡繰に向けた。
絡繰が口を開き、眩い光を口内に溜め込みだしたその時、不意に唸るような声を上げて絡繰は明後日の方を振り向いた。
それは鈴人も同じで、あれだけ集中していたにも関わらず何かに惹かれるように顔を同じ方へと向けた。
絡繰が完全に明後日の方へ身体を向け、けたたましい咆哮を上げた途端、落雷のような音と共に絡繰の半身が一瞬で消えた。
声も上げず、大それた爆発もせず力なく沈む巨体。
まさに刹那の出来事。何が何だか分からない鈴人は、燃え盛る黒煙で染まった空を見上げると、眩い輝きを放った一条の光が真上を通過するのを目にした。
「……女神?」
※
ほんの数分前。
空を覆う黒の中で照り煌めく薄藤の月。
残光を引いて奥多摩から首都東京に飛来した輝夜と龍吾、そして雛月は無数の天月絡繰がひしめく変わり果てた首都を目の当たりに、最後の突撃を敢行した。
「輝夜! あのいっぱいいる悪い怪獣! アレをやっつけられるか!?」
「うん! かぐや、できるよ! もうばーっ! とやって、どかーん! って!」
平時なら微笑ましいが、今だと不安に思える返事をする輝夜。
しかしそんな龍吾の不安をよそに、輝夜の眼が紫に輝く。
手には黒い雷がほと走り、輝夜たちの周りには雷の輪が形作られている。輝夜の終符『焔月』を放とうとしているのだ。
「か、輝夜様! その技は終符です! 今それを使われたら、魔力が枯渇してしまいます!」
「……ついふ? なあに、それ? かぐや、わかんないよぉ」
「え゛っ。あ〜……と……終符は、ですね! その……とってもすごい力なのです! でも、今使われるものではないとっておきで━━」
雛月の必死の忠告よりも前に、輝夜たちを捉えた絡繰が目の前に飛来する。
戦闘機のような姿で身体にエネルギーを纏い、体当たりを仕掛けてくる絡繰だが、輝夜は怯えもせず「あっちいってよ!」と一喝すると溜め込んでいた黒雷を出し惜しみせず全放出した。
エネルギーを纏っていた天月絡繰は歪な掌サイズの欠片へと変わり果て、轟々と燃え盛る街から舞い上がる煤に混じって街中へと落ちていった。
いきなり大技を出したのだから、輝夜の顔には魔力切れが近いことを示す黒いヒビが足を伸ばすかと思いきや輝夜の顔にはヒビ一つ出ていない。
それどころか息切れや疲労に倦怠感といった、魔力が減少している兆候や雰囲気などが一切見られない。
本来なら終符というハイリスクハイリターンの大技を使って、なお魔力減少の傾向も見られず痩せ我慢もしていないのならば、考えられるのはただ一つ。
「まさか……終符が通常の技になったのですか!? これも……転醒の力によるもの……?」
「おおおぉっ! どっかあーーんっ! おにいちゃんおにいちゃん! みた? みた!? かぐや、わるいのどーーんっ! ってやったの!」
「……す、すごい。本当に凄いぞ輝夜! そのまま他の悪いヤツらもやっつけてくれるか?!」
「うん! みてて、おにいちゃん!」
褒められて上機嫌になった輝夜が、龍吾たちに気付いて群れを成して四方八方から迎撃に向かって来る絡繰へ突っ込んでいく。
子供ならではの恐れ知らずな面に二人は気が気じゃないが、輝夜の周りから一斉掃射される焔月の前に、陣形も数量も関係なく撃墜されていく。
瞬く間に数を減らした天月絡繰の軍勢。異常事態と判断した絡繰の一体が甲高くけたたましい咆哮を上げると、世界各国で蹂躙の限りを尽くしていた絡繰の半数が日本へと向かい出した。
戦闘機やロケットよりも速く進撃する絡繰たちは、日本領空に侵入すると三方向に別れだした。時間差による挟撃作戦だ。
あっという間に東京へと襲来した第一波が、そこから更に分たれて輝夜に内蔵してある兵器を駆使して三百六十度全方位から弾幕を展開した。
実弾と光線と本体による体当たりの三重攻め。
逃げ場なしの怒涛の波状攻撃を前にしても、輝夜は動じない。
「おにいちゃん、ひなひな。あっちいってて。かぐや、みんなやっつけちゃう!」
「ひ……ひなひな?」
雛月の困惑をよそに輝夜はその場に残り、龍吾たちは真下に建つ半壊したビルへと降りた。
輝夜が腕を交差して上げると黒い光輪が頭上に現れた。
天使の輪っかと言うにはあまりに禍々しく物騒な見た目の輪は二重三重と数を増やし、やがて激しい稲光を瞬かせながら収束すると輪の一つから攻撃対象とみなしたものだけに向かって幾つもの黒雷が放たれた。
実弾も光線も本体すらも拮抗することなく雷に飲み込まれ、消滅していく。
強い技にはそれ以上の強い技で打ち勝てばいい。
単純明快にして唯一無二の事実に第一波は全滅。
少しの間を開けてやって来た第二波には、輪の一つが輝夜の手に宿り、煌々と輝く手を第二波に向かって薙ぎ払った。
超威力・超広範囲・超高速の光の剣。
絡繰たちは一閃のうちに沈黙し、攻撃されたと認識することなく爆散した。
東京の空を照らす爆発の光。真昼の如く世界に光をもたらした圧倒的な輝夜の力に、龍吾と雛月は驚嘆する。
短時間で一波と二波が全滅したのを確認した第三波は、途中で半分が急遽進行を中断して別方向へと進み、残った半分はそのまま特攻を仕掛けた。
もはや前哨戦にすら満たないほどに決まりきった戦いではあるが、それでも健気に絡繰たちは輝夜一人に向かっていく。
最後の輪っかが輝夜へ集約し、極限まで凝縮されたエネルギーを多方から攻めて来る絡繰から守るように全方位へ爆ぜ、逃げるには遅きに失した絡繰たちを光のなかへと包んでいった。
「……凄い……! つ、終符を完全に使いこなしています! 魔力も全く減っていません。これが……転醒した輝夜様の力!」
感嘆の声を上げる雛月と対象的に、龍吾はただ圧倒的な力を発揮する輝夜に見惚れていた。
遅れて増援に駆けつけた絡繰すら、輝夜は遊んでいるかのように倒していく。
天を駆け巡りながら無双の強さで地球外生物兵器を倒すその様は、神々しさや畏怖を想起させずにいられない。
しかしそれ以上に龍吾は、美しいと思っていた。それはかつてアーク森ビルにて終符を発動した舞浜相手に、単身で華麗に戦うかつての輝夜の面影と重なる。
確かにかつての輝夜はもういない。しかしその闘う姿には、確かに輝夜がそこにいて、まだ輝夜は生きていると龍吾に確信を抱かせた。
※
天月絡繰が次々となす術なく葬られていく様を眺めていた赫皇は、忌々しく思いつつも龍吾たちと同じくその光景に目を奪われていた。
一方銀皇は特段驚く素振りも見せず、手元のホログラムを起動させて操作をすると、その場を離れようとした。
「おい、どこに行く。絡繰どもが次々とやられていっているんだぞ。何か次の案はないのか」
「もう手は打った。甲型を奴にぶつける。この星の真裏にいるが、すぐに来るだろうよ。乙型も数は激減したが甲型と一緒なら十分だ。それに……甲型を倒すのはそんなに簡単じゃねえ。万が一倒せても、輝夜は今の状態でいられる可能性は限りなく低い。そこを兄貴が叩けば終了だ」
「……そんな簡単にいくのか?」
「いくさ。輝夜たちは俺らがいることを知らない。甲型の性能を目の当たりにすりゃあ、今までの戦法が通じない結論に絶対辿り着く。と、なれば。必然的に奴が温めている終符を発動せざるを得ない。終符を発動すれば魔力も減る。弱りきったところを真打の登場で有無を言わせず叩き込めば終了。何か難しいことでもあるか?」
「……それでお前はどこに行くんだ」
「輝夜の連れを倒して来る。美味しい役は兄貴に譲るよ」
何とも裏のありそうな話ではあるが、赫皇は何の疑いもなく銀皇の話を飲み、早くも月神の子である輝夜を倒して好き放題にする妄想に先走っていた。
その様を尻目にしながら、銀皇は黒い笑みを浮かべて言った。
「さようならだ、兄貴」
最期の挨拶を済ませた銀皇は同じく建設途中の高層ビルの屋上に場所を移し、鉄骨に腰掛けて燃え盛る首都東京の様相を屈託のない笑みを浮かべながら鑑賞しだした。




