銀皇
仮初の安寧にぬくぬくと浸かって浮かれながら育った、歪で独善に塗れた街並みが炎に包まれ崩れていく様は銀皇に胸の空くような快感をもたらしていた。
愉悦と狂喜に笑う銀皇の背後に、音もなくホオズキが現れる。
銀皇は動じない。一瞬一秒たりとも目の前に映る光景を逃すまいと前だけを集中して見ている。
「これから死ぬかもしれないってのに、随分と余裕じゃねえか」
「だからこそさ。死ぬかもしれないから、最後に見ておきたいものをこの目に焼き付けているんだ」
ホオズキの声に銀皇は振り向くことなく返す。
ホオズキが見定めるように銀皇の背後を行ったり来たりしていると、銀皇は不意に声をかけた。
「お前ら、月詠の間者だろ」
唐突に言われた真実にホオズキは表面上こそ何食わぬ顔をしているが、内心では冷や水を頭からかけられたように驚いていた。
「今までの流れを俯瞰して見ればすぐ分かる。全部月詠の都合のいい通りに動いているからな。老いてなお親馬鹿の幻月が神無に討たれ、神無も輝夜に敗北して殺された。大方、神無が幻月を討ったのもお前らが言葉巧みに誑かしたんだろう?
そして最後に月宮解放軍という逆徒も、暴動鎮圧の大義もあるから堂々と排除出来る。これで月界は、月詠にとってゴミのない綺麗な月界の完成となり一旦の幕を下ろす。何とも出来過ぎた筋書きじゃねえか?」
「……理屈としては分かるがよ、俺が月詠の間者だと言い切るにはまだ証言として不十分じゃねえか?」
「いいや、十分さ。何故ならお前らは頭が良すぎるからだ。そもそもお前らが精靈という時点でこれ以上ないほど怪しいが、この解放軍は言うなりゃ馬鹿と屑とならず者の寄せ集めだ。暴力の絡むことなら一人前でも、頭はてんで駄目だ。それが赫皇であっても。
なのにお前らは、非常に慣れた感じで部下どもを的確に動かしていた。場当たりなことしか出来ず、脊髄反射で物を考えるしか能のない解放軍にいるのに、だ。とても場違いで、とても浮いている。そんな奴らが指揮系統にお仲間の精靈どもと潜り込んでるともなりゃあ、……疑うなって方が無理な話だろ?」
ホオズキ自身も、解放軍を構成する面々が銀皇の言う通り馬鹿と一括りにされるほど頭の弱い感情に従って生きる者たちばかりであることは気付いていた。
しかし彼女たちの誤算は、銀皇という切れ者を見落としていたことだった。
最後の最後で思わぬ伏兵にしてやられたホオズキは、隙を見計らって暗殺をしようと目論んだ。
だが銀皇は両手を広げながら「けどよ」と言いながら、おもむろに振り返った。
「別に気付いたからといってお前らと戦う気はねえし、赫皇にだって伝える気はねえ。計画は最後まで続行する。元よりこの戦いは、最初から解放軍の詰みで決まっていたようなものだからな」
ホオズキは思わず眉を歪めた。あくまで平常を装いながら銀皇の言葉に耳を傾ける。
「今しがた言った通り、解放軍は馬鹿と屑とならず者の集まりだ。解放軍を束ねる俺の兄貴「赫皇」も例外じゃない。あんな向こう見ずの連中だ。ただでさえ最初から勝ち目なんか無いに等しかった。それでもどうにか勝ちを得るために右往左往したものの、神無が独占していた靈光泉の貯蓄分が奪えなかったこと。泉取針が奪えなかったこと。そして最後は月界が内外の渡航を禁じたことも相まって詰みは確定となった。決め手だったのは前二つではあるけどな」
「だがテメェらは天月絡繰を奪取して地球にいるじゃねえか。絡繰にだって泉取針の機能は備えているだろ」
「地球の支配者になるには靈光泉という星の動力源を人質にとることが鍵となる。それを吸い上げる泉取針無くして話は組めねえ。なのに靈光泉を取る手段が絡繰だけ。しかも輝夜が復活を果たして甲型と一割にも満たない乙型しか残っておらず、母星にも帰れないとなれば、誰がどう考えたって詰みだと分かるだろ。
今は良いだろうが必ず追い詰められる。輝夜がどういう状態かは知らんが、少なくともあの終符に匹敵する力を平常運転で放てるほどだし、何より……アイツの精神は破壊して間もない。それが一番脅威なんだ。恐らく……一時的とはいえ復活だってあり得る。だからこそ、俺たちの詰みは確定だと断言出来るわけだ」
常に無気力で消極的で皮肉屋を気取った風な印象しか持たなかった銀皇が、ここまで頭の回る存在だったことにホオズキは怖気を感じていた。
しかしそこまで分かっているなら必然的に湧き上がる疑問がある。それをホオズキは銀皇に問いただした。
「お前、そこまで分かってんならどうして輝夜たちに抗う」
「さっき言っただろ。死ぬかもしれないから最後に見ておきたいものを見ておくのさ」
「……こんな光景が、見ておきたいものなのか」
「そうとも。月界も悪くはなかったが、地球も割といい味を出すモンだ。
見なよ、自分たちの力や知恵を誇示するように建ち並ぶ街並みが、見るも無惨に炎に焼かれて崩れ落ち、炭になって灰と消えていく様を。地上で叫び右往左往する虫芥のような人々も、きっと平時は達観を装ってさぞ立派に街で振る舞っていたんだろうよ。
それがこのザマだ。一度混乱が世界を覆えばたちどころに人は理性を無くして狂気に染まる。装う余裕もなく、誰も彼もが醜い本性を露わにさせて、自分だけの安全を確保しようと敵も味方も関係なく振る舞う獣物に堕ちる。絢爛豪華に取り繕っていた仮面が崩れ、空虚で醜い中身が露呈していくように、街も壊れていく無様を高みから見ているのが……面白くて面白くて堪らねえんだ。ほら見ろ。人間なんて所詮、お行儀良くしているだけの獣じゃねえかってな」
全く理解できない訳ではないが、しかし明らかに異なる感性にホオズキは引いていた。
するとどこからともなく船の汽笛、あるいは警報に似た音が響き渡った。
「……来たか。結末は変わらなくとも引っ掻き回すことは出来る訳だから、精々最後まで楽しむとしますかね」
言うと銀皇は足下の影に沈んでいき、ホオズキの前から姿を消した。
得体の知れない悍ましさが消えたことで、ホオズキの張り詰めていた緊張が一気に解けて盛大に息を吐いた。
「霧奈だったっけか? おい、奴が雪下ン所へ向かったぞ。すぐに向かいな」
※
輝夜の圧倒的な力によって東京の空を支配していた天月絡繰は急激に勢いを弱め、絡繰塗れだった空は一時の静けさを取り戻していた。
興奮冷めやらぬ輝夜は、沈黙した空の上ではしゃぎながら龍吾たちに戦果を知らせている。
「おーーっ! おにいちゃん! ひなひな! みた? みた?! かぐやね、どーーんってやって! ぶわーーっ! ってやってね! わるいのばーーっ! ってやったの!」
「凄え……いや、本当に凄いよ、輝夜。よくやったな、輝夜!」
「えへへ……! おにいちゃん、もっともっーと……いっ……たッ!」
突然走った頭痛に輝夜は頭を両手で抑えて蹲ってしまい、龍吾が慌てて輝夜の方へ近づこうとする。
「どうした輝夜、頭が痛いのか?! まさかさっき戦ってたときに……!」
しかし龍吾の心配をよそに、輝夜はケロリとした表情で顔を上げた。
「……か、輝夜、大丈夫か?」
「……うん。なんかね、ズキズキーってなったの。でももうズキズキないよ?」
「そ、そうか……。雛月、これであの怪獣は全員倒したのか?」
「少なくともこの一帯にいた天月絡繰は全滅しました。ただ、地球に来た絡繰がこの一帯にいるので全てだとは思えません。この地域の絡繰が全滅した報せを受けて、第二波や第三波が来る可能性も十分に……」
そこまで言いかけたとき、東京の空に汽笛のような音が鳴り響いた。
空襲警報にも似たその音を聞いて、興奮の渦中にあった輝夜は唐突に明後日の方向へと顔を向ける。
「機影、確認しました。すでに日本列島に侵入し、こちらに来るまで残り二分もありませ━━」
「━━雛月っ、下だ!」
まず雛月が顔を下に向けると、燃え盛る街並みの暗部と重なるように影で出来た巨大なムカデが龍吾たちに迫り、雛月たちが守りに入ろうとした途端輝夜たちの元へ向かって来ていた機影がその姿を現した。
黒雲を裂きながらやって来たのは、戦闘機のようなシルエットの天月絡繰甲型と乙型の群れ。
機体はスムーズな変形をしながら元の姿へ戻り、舗装された地面や乱立するビルなどの建物を薙ぎ倒しながら着陸の勢いを殺し、けたたましい咆哮を上げて輝夜へと向かっていった。
天月絡繰乙型に比べて数百倍はあろうかという巨体は、ラバーやプラスチックに似た素材で出来ており、乙型の重厚感あふれるメカニックなデザインに反して未来的なデザインとなっている。
輝夜は突然起きた複数の事態に混乱を起こしているが、影のムカデに連れられる龍吾は平静を装った面持ちで輝夜を景気づける。
「大丈夫だ輝夜! 俺はこっちの方を何とかするから、輝夜はあのおっきい奴をやっつけてくれ!」
龍吾の言葉で我を取り戻した輝夜は、都会の街並みに聳え立つ甲型に向き合う。
ムカデに連れられた二人は、建造中のビルの一角に下ろされ、影の中から現れた主と対峙した。
「よう。初めまして、だな。俺の名は銀皇。月宮解放軍副隊長で参謀の天月人だ」
ホームレスのような見た目の銀皇を前に龍吾の脳裏が鮮明に瞬き、瞬間湯沸かし器のように強い憎悪を銀皇に向けた。
それは暗符を発動した輝夜の中へ助けに向かった際、月影が潜んでいた輝夜の心の奥底で、月魄を犯していた輩の一人であったからだ。
「……お前……お前は……!」
「ん? 俺のことを知ってるのか。嬉しいねえ。かく言う俺もお前のことは知ってるよ。人間のくせに大したタマの持ち主じゃねえか」
「言いたいことはそれだけか。お前、輝夜の母さんを犯していた奴の一人だろ」
龍吾の言葉に雛月は目の色を変えて銀皇を睨む。方や銀皇は全く悪びれる素振りもなく「あぁ」と言いながら、懐かしむようにドス黒い笑みをしながら返す。
「よく知ってるじゃねえか。まあ俺も解放軍のよしみだから、しなきゃならなかったってのはあるけどよ。……まあ……月神の名に恥じねえ犯し甲斐のある逸品ではあったよ。あの女は」
二人から憎悪と敵意が爆発し、今まさに飛びかかって八つ裂きにしてやろうとしたそのとき、不意に床が揺れて太い爆発音が後方から轟いた。
振り返った龍吾は驚愕した。だが、恐らくこれは日本人なら否が応でも驚かざるを得ない事態でもあった。
「ふ、富士山が……噴火してる……!」
キノコ雲を上げながら富士の頂上が茜に染まり、灼熱に滾る星の血を天高く噴き上げながら富士が爆ぜている。
「ああ、いい頃合いだ。我ながら良く出来たモンだなあ」
「何をしたんだテメエ!」
銀皇はケラケラと笑いながら不敵な笑みを保ちつつ雛月を指差して答えた。
「さあなぁ? 何をしたんだろうか、忘れちまったなぁ。そんなことより、俺とお前らはこれから殺し合う間柄だろ? あんな山の噴火なんかどうでもいいだろうがよ」
戯ける銀皇だが、富士山の噴火が起こることは最初から計画通りであった。
雛月はボタンという神靈を従えている。
それでなくても彼女は複数の精靈や、補助と撹乱などの魔術を使え、真っ向から挑むには分が悪いというのは分かりきっていた。
だからこそ、雛月が離れざるを得ない条件を作り出したのだ。
太古の昔、輝夜が地球を去る前に渡した不死の霊薬は帝によって富士山に投げ捨てられてから悠久の時を経て、富士山の制御弁と化した。今日まで大規模な噴火が抑えられたのも、霊薬が瓶から滲み出ていたからである。
しかし霊薬が無くなれば今まで溜め込んだエネルギーが暴走して噴火を引き起こし、日本全土に甚大な被害が出てしまう。
それを止められるのは、神の力を従える雛月しか出来得ない。銀皇は、戦うにあたってすでにそこまで予期していたのだ。
「……なんて……ことを!」
「おい、無視はよくねえなぁ。従者なら礼節の一つや二つ、弁えているものだと思ったんだが……さて?」
銀皇は雛月がこの場を離れるのは時間の問題だと見た。雛月を離した後は、戦力を無くして途方に暮れる龍吾を能力と話術で簡単に丸め込めるだろうと睨んでいたが、龍吾は迷いもなく雛月の方へ向くと、急いで富士山の噴火を止めるように要請をした。
「俺がコイツの相手をする。雛月にしかあの噴火は止められない。だから、頼む」
雛月にとって無謀や無茶な願いは今日まで沢山されてきた。しかしそれを任せても大丈夫だという信頼は二人の間に深く、強く刻まれている。
雛月はおもむろに「はい」と答えると、脇目も振らず富士山の方へと飛び出した。
その様子を目の当たりにした銀皇は、己の企てが根底から揺らいだことに感心した。
「お前一人で俺に挑む気か」
「それ以外何が考えられるってんだ」
「天月人と人間だぞ? 人間同士で喧嘩するのとは訳が違うんだぞ」
「だから何だ。そんなの今日まで腐るほど味わってきた。怖いもクソもあるか」
闢光を取り出し、刀身を実体化させて銀皇と対峙する。
銀皇は知識として知っていても、龍吾がここまで魂胆のある人間だとは露とも思っておらず、良い意味で期待を裏切られたことに隠すことのない笑みを浮かべた。
「……面白えな、お前。たかが人間のくせに、そんな生意気な態度取るっていうなら……ますます屈服させたくなるじゃねえか?」
足下の影から両刃の大剣を引き上げ、蟲とも獣とも区別のつかない魑魅魍魎たちを呼び起こす。
緑と紫の毒々しい色に光る眼をした銀皇に、龍吾は一歩も引くことも恐れることもなく見定め、戦意を昂らせていく。
「だからお前みたいな糞餓鬼は、徹底的に痛ぶって……躾けなきゃあなぁ?」
ドス黒い邪悪と対峙する儚い光。
破滅の意志をプログラムされた機構たちと合間見える幼き月神。
燃え盛る東京で、最後の戦いが勃発した。
銀皇
身長:176cm
体重:61kg
血液型:地球でいうA型
誕生日:不明(本人も覚えていないと自称する)
出身地:月界ではあるがどこなのかは不明
好きなもの:燃える街並み 混乱する人々を見ること 騙すこと 思い通りにいかないこと
嫌いなもの:生意気な奴 思い通りに事が進む事 退屈 兄(赫皇)と月宮解放軍
能力値 =特 上 普 下 苦
腕力:下
走力:下
守備力:下
察知力:上
持久力:普
知識:特
能力名
初符:影囃
∟詳細:影の中から魑魅魍魎を呼び出し相手を貪り食わせる能力。暗い所だと本人から離れている所でも不意打ちを仕掛けられる。影なので決まった形が無く、虫や獣はもちろん、剣や銃火器にも姿を変えられる。また銀皇本人を影の中に溶け込ませ、離れている所へ高速で移動が可能。
∟弱点:影がない明るい場所では暗い所に比べて魑魅魍魎を出せない上、回避などの移動も出来なくなる。また光の照り付けているところには魑魅魍魎を向かわせることは出来ない。
終符:戯餌武禍手【げじむかで】
∟詳細:60階建の高層ビルに匹敵する巨大な影のムカデを生み出す能力。虫ならではの力で鉄すら難なく折り曲げ、口内の牙は質量を無視して万物を切り裂ける。
∟弱点:出現させると本人にも制御が出来ない




